テラーノベル
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テラモンの神殿は、以前にも増して騒がしくなっていた。
原因はもちろん――。
「おい、バカテラモン!」
朝っぱらから神殿中に怒鳴り声が響く。
「またチキンの骨その辺に捨てやがって!」
「あ。」
テラモンが床を見る。
チキンの骨。
骨。
骨。
食べかけ。
骨。
「あれぇ?」
「『あれぇ?』じゃねぇ!!」
1x1x1x1は頭を抱えた。
「なんで神殿中チキンだらけなんだよ!」
「昨日いっぱい食べた。」
「片付けろ!」
「やだ。」
「やだじゃない!」
テラモンは床に寝転がったままごろごろ転がる。
「放っとけばビルダーマンが掃除するでしょ。」
「しねぇよ!」
「するって。」
「毎回俺が掃除してるだろうが!」
「そうだった。」
「思い出すな!」
ぷんぷん怒りながらも、1xはしゃがみ込んだ。
半透明の緑色の手で骨を拾い集める。
身体から漏れる黒緑の炎が、骨や紙くずをパチパチと燃やし、跡形もなく消していく。
「まったく……。」
ぶつぶつ文句を言いながらも手は止まらない。
「油汚れまで残しやがって……。」
「ごめん。」
「謝るくらいなら散らかすな。」
「はい。」
「返事だけはいい。」
テラモンは頬杖をつきながら、その姿をぼんやり眺めていた。
(変なやつ。)
自分が捨てた感情。
嫉妬。
執着。
欲望。
醜さ。
もっと恐ろしい怪物になると思っていた。
なのに。
毎日怒って。
毎日文句を言って。
毎日掃除して。
毎日自分の世話ばかり焼いている。
「……なぁ。」
「なんだ。」
1xは床を磨きながら返事をする。
「お前さ。」
「ん?」
「俺のこと嫌いなんだよな。」
ピタッ。
掃除の手が止まる。
「当たり前だ。」
振り返った赤い瞳がぎろりと睨む。
「世界で一番嫌いだ。」
「へぇ。」
「能天気。」
「うん。」
「適当。」
「うん。」
「何でも笑って誤魔化す。」
「うん。」
「自分の都合が悪くなると逃げる。」
「うん。」
「そんな奴好きになるわけねぇだろ!」
「なるほど。」
テラモンは少し笑った。
「じゃあさ。」
「?」
「なんで毎晩、俺が寝るまで部屋の隅で座ってるの?」
「……。」
「見張ってるよね。」
「……。」
「俺が寝たあとも。」
「……。」
「朝まで。」
ぼっ。
1xの炎が一気に燃え上がった。
「こ、拘束だ!」
「うん。」
「逃げないように監視!」
「うん。」
「だから見張ってるだけ!」
「へぇ。」
「変な勘違いするな!」
「耳まで赤い。」
「燃やすぞ!」
テラモンは笑った。
1xは真っ赤になって背中を向ける。
「……笑うな。」
そんな穏やかな空気は。
数時間後、一瞬で壊れる。
ドゴォォォォン!!
神殿の壁が爆発した。
「テラモォォォン様ぁぁぁ!!」
「また壁ぇ!?」
瓦礫を突き破って現れたのは、今日も元気なドゥームブリンガーだった。
「遊びに参りました!」
「ノックしろ!」
「しました!」
「爆発で!?」
ドゥームブリンガーは笑顔で頷いた。
「もちろんです!」
「もちろんじゃない!」
その時だった。
ドゥームブリンガーの視線が、テラモンの隣に立つ1xへ向く。
笑顔が消えた。
「……。」
神殿の空気が変わる。
「テラモン様。」
低い声。
「お下がりください。」
地獄の炎がゆらりと燃え上がる。
「あの存在。」
じっと1xを見る。
「あなた様と同じ神力を感じます。」
「へぇ。」
「ですが。」
その炎がさらに大きくなる。
「あまりにも醜い。」
1xの眉がぴくりと動く。
「濁りきった悪意。」
「……。」
「不快なバグ。」
「……。」
「今ここで消去します。」
「はぁ?」
1xの導火線に火がついた。
「誰がバグだ、このデカブツ!」
「あなたです。」
「俺はテラモンから生まれた!」
「偽物でしょう。」
「違う!」
「本物のテラモン様はお一人だけです。」
「違う!」
「あなたは紛い物です。」
その一言で。
時間が止まった。
「……偽物。」
1xが小さく呟く。
「……。」
胸の奥。
黒い肋骨の中心で脈打つ核が、不安定に明滅し始める。
(そうだ。)
(俺は。)
(捨てられた。)
(いらないって。)
(邪魔だからって。)
(切り捨てられた。)
「……消えろ。」
声が低くなる。
「何です?」
「消えろ。」
ゴオオオオォォォッ!!
黒緑の炎が爆発した。
床が腐る。
柱が黒く染まる。
世界を構成するコードそのものが溶け始める。
「あっ。」
テラモンの顔から笑みが消えた。
「まずい。」
炎は止まらない。
「うわぁぁ!?」
ドゥームブリンガーも一歩下がる。
「コードが腐食している!?」
「1x!」
テラモンは駆け出した。
「やめろ!」
伸ばした右手。
「落ち着け!」
その腕を掴もうとして。
スッ。
指先は何も触れなかった。
「……え。」
もう一度。
掴む。
スカッ。
また抜ける。
半透明の身体を。
自分の手は何度伸ばしても、すり抜けてしまう。
「そんな……。」
1xも、自分の腕を見下ろしていた。
「……あ。」
炎が少し弱まる。
「そうか。」
乾いた笑い。
「俺。」
自分の身体を見る。
「触れられないんだ。」
黒い炎が一滴。
涙のように頬を伝った。
「俺は。」
自嘲するように笑う。
「バグなんだ。」
「違う!」
テラモンは叫ぶ。
「1x!」
「来るな!」
赤い瞳が涙で揺れる。
「触るな!」
「俺は!」
「哀れむな!」
震える声。
「お前が!」
怒り。
悲しみ。
寂しさ。
全部が混ざる。
「お前が俺をこうしたんだろ!!」
テラモンは言葉を失った。
「いらないって。」
「邪魔だって。」
「捨てたんだろ!!」
「……。」
「俺は大嫌いだ。」
黒緑の炎がまた揺れる。
「この身体も。」
拳を握る。
「お前に拒絶されたことも。」
唇を噛む。
「全部。」
涙がこぼれる。
「全部、お前のせいだ。」
そう言い残し。
1xは炎をまとったまま神殿の奥へ駆け出した。
「1x!」
呼び止めても振り返らない。
小さな背中は暗闇へ消えていった。
神殿には静寂だけが残る。
テラモンは、その場に立ち尽くしていた。
ゆっくりと右手を見る。
さっきまで必死に伸ばしていた手。
何も掴めなかった手。
そこにはまだ、黒緑の炎の冷たい余韻だけが残っていた。
「……俺。」
ぽつりと呟く。
恐怖を捨てた。
嫉妬を捨てた。
執着を捨てた。
それで楽になれると思っていた。
なのに。
どうして今。
胸の奥が、こんなにも痛いのだろう。
生まれて初めてテラモンは知る。
切り捨てた感情は、消えたのではない。
形を変え、泣きながら、自分の手の届かない場所で傷ついていたのだと。
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