コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「いいお天気ね」
「ああ」
晩秋。
山の紅葉もすでに終わり観光客も少なくなった箱根の温泉街を、私は空と2人で歩いていた。
うちの社長と平石のおじさまの計らいでとった3連休。
仕事も少し落ち着いているし、空も大きな案件が一息ついたところらしくてすんなり休むことができた。
「温泉なんて久しぶりだな」
いつものスーツと違い綿のパンツとシャツの上にジャケットを羽織った空。
「私は初めて」
「え?」
やはり驚かれた。
「ほら、私の実家は両親が離婚しているし子供の頃にどこかへ行った記憶はないの。それに、大地を産んでそれ以降は子育て一筋だったじゃない」
家族で旅行なんて考える余裕もなかった。
「今度は大地も連れて三人で来ような」
「うん」
そういってくれる空の気持ちがうれしい。
今回の旅行だって「大地も連れて三人で行こう」と言ってくれたのは空の方だった。
たまたまうちの会社が協賛しているアニメのイベントと重なって、社長が「プレイベントに招待されているから大地も行くか?」と誘ってくれたから残してきたけれど、空は大地のことを本当に大切にしてくれる。
「そうだ。大地宿題をやったかしら?」
多少勉強ができるからって、宿題をさぼろうとする大地。
まだ三年生だから仕方がないのかもしれないけれど、声を掛けないと本当にしないんだから。
「ちゃんと俺が言ってきたから大丈夫だろう」
「そう」
ならいいけれど。
「気になるなら電話しとこうか?」
「ダメよ、社長もお母さまもまだ仕事中でしょ」
「はぁー」
一歩前を歩いていた空の足が止まって、私を振り返った。
***
「礼、いい加減直せよ」
「あ、ああぁ」
最近、プライベートでは社長と呼ぶんじゃないと何度も注意されている。
わかってはいるんだけれど・・・
「俺達だけならいいけれど、大地が真似するだろ?」
「うん」
確かに何度か大地が社長って呼んでいるのを聞いたことがある。
きっと私の真似をしたんだろうと思う。
「おじいちゃんでもお義父さんでもいいから仕事以外ではちゃんと呼ぶようにしてくれ」
「はい」
そういえば、空も大地の前では社長のことをおじさんと呼ばなくなった。
大地に向かっては「じじ」とか「おじいちゃん」なんて言っているし、直接呼ぶときもおじさんとは言わない。
さすがに「お父さん」とは呼べないみたいでぎこちない感じだけれど、気を付けてくれているのはわかる。
「空、ありがとうね」
まだ若いのにいきなり小学生の親になるなんて、覚悟のいることだと思う。
生意気盛りの子に戸惑うこともあるだろうに、ちゃんと大地を受け入れてくれるのがありがたい。
だからこそ、私は柄にもなく恋をしてしまったんだ。
「バカ、行くぞ」
再び歩き出した空。
私は駆けよって腕を絡めた。
***
「それにしてもすごいわね」
見渡す限りの日本庭園を眺めながら、言葉に出た。
普段なかなか二人っきりになることができない私たちに、社長が用意してくれた温泉旅行。
大地のことまでお任せして申し訳ないと思いながら、初めての旅行はうれしかった。
「箱根ならうちの常宿があるから予約しておくよ」と言われ、すべてお任せした。
「ちょっと贅沢過ぎないかしら」
広大な敷地の中にある離れの個室。
広い畳の部屋と大きなベットルーム。部屋から続くウッドデッキの先には露天風呂まである。
一泊いくらだろう。つい、そんなことを考えた。
「たまにはいいさ。思い出作りだ」
「でも・・・」
きっとこれって社長の、じゃなくてお父様の支払いなのよね。
そう思うと申し訳ない。
「こうでもしなきゃ旅行なんてこれないだろ」
「うん、まあそうね」
空も仕事が忙しくて休みもなかなか取れないもの。
大企業の重役なんて楽して大金をもらっているように見えるけれど、実際すごい激務だし。
予定したお休みだって、急に仕事なんてことも珍しくない。
それだけ重たい責任を抱えている。
「これからも、一緒にいれるときにはなるべく家族で過ごそう」
「はい」
軽そうなふりをして、人一倍仕事熱心で妥協をしない空。
それは生き方にも言えることで、誰よりも自分に厳しい。
最近では大地もその影響を受けていて、はっきりと自分の意見を言うようになったし、スポーツにも勉強にも熱心になった。
これも空のおかげね。
***
「そうだ、この間お父様が大地にパソコンを買ってくださったの。知ってた?」
「ああ、大地から聞いた」
フーン、空には報告していたんだ。
私は知らなかったのに。
「じゃあ学校に持って行ったのは?」
「はあ?」
ピクッと空の顔が引きつる。
「いや、間違えてカバンに入れただけでわざとじゃないって大地は言っているんだけれど、先生から連絡があったの」
「大地の奴」
マズイ、怒らせたかも。
「ちゃんと私が話をしたから、大地のこと怒らないでね」
この間空に怒られてから大地の反抗的な態度はかなり改善した。
もちろん口答えもするし言うことを聞かないときもあるけれど、本当に困ったら「空さんに言うよ」って言うとおとなしくなる。
だからと言って空を怖がっているわけじゃなくて、すごく懐いている。
慕っていて、尊敬しているからこそ、空の言うことは絶対。本当にいい関係を築いている。
「むしろ小3にパソコンを買ってやる方に問題があるだろう」
「まあ」
そうね。
「お父様にも余計なこと言わないでよ」
「どうしようかなあ」
「はあ?」
急にいたずらっぽい声で返されて、睨んでしまった。
ククク。
「冗談だよ。でも、困ったらまず俺に話して」
「わかってる」
この数ヶ月で私は空が隣にいる生活にすっかり慣れてしまっているんだから。
***
ギュッ。
後ろから空が抱きしめる。
お互いに付き合っていると認識して二ヶ月ほど。
子供じゃないんだから、それなりに関係も持った。
十年以上経験のなかった私は四歳も年下の空に翻弄されるばかりで思い出しただけで顔が赤くなるけれど、そんな関係にも少しずつ慣れた。
「お風呂一緒に入ろうか?」
「えぇ」
恥ずかしい。
「ほら、行くよ」
「あぁ、ちょっと」
結局腕を引かれ部屋から続く露天風呂に連れていかれた。
「礼、座って」
言われるままにふろ場の椅子に座り緊張していると、
「流すよ」
え?
頭の上からお湯が流れてきて、びっくりしているうちにシャンプーがかけられた。
「どうしたの急に?」
いきなりシャンプーなんてされてびっくりした。
「いいからじっとしていて」
頭を洗ってくれる空の手つきはとっても上手で、本当にかゆいところに手が届く。
美容院で洗ってもらっているみたいに心地いい。
「気持ちいいだろ」
「うん、とっても」
つい最近まで大地の頭を洗ってやっていたけれど、自分が洗ってもらうのは美容院でだけ。
こんな風に洗ってもらったことはなかったから。
「流すよ」
もう一度声がかかり、ゆっくりとシャワーがあてられる。
その後リンスまでしてもらって、今度は私が空の髪を洗ってあげた。
「体も洗おうか?」
「嫌よ、自分でできるわ」
そんな恥ずかしいことができるはずがない。
さすがにまだ羞恥心はある。
ククク。
なんとも楽しそうにおなかを抱えて笑っている空が、少し憎らしい。
私は完全におちょくられているんだ。
***
お父様が用意してくださった高級旅館。
そこは広くて立派で、とっても奇麗だった。
食事も離れの廊下の先に専用食事棟があり、2人でゆっくり堪能した。
「和風の旅館なのに、フレンチなのね」
お箸でいただくフランス料理が意外で、聞いてしまう。
「おふくろの好みなんだ。ここに来たらフレンチって決めているらしくて、和食がよかったら明日は和食にしてもらおうか?」
「いえ、いいの。とっても美味しいし、家ではフレンチは食べられないから」
「そうだな」
空のお母様は出版社にお勤め。
自分の仕事を持っているからこそ平石の性になることは望まず、事実婚を選択した。
だから空はお父様のことをおじさんと呼び続けた。
「大人しそうに見えて、こだわりの強い人だから」
「そんなこと」
きっとお母様のことを言っているんだろうと曖昧な返事をした。
一つ一つに手の込んだ美味しい料理とワインをいただきすっかり気持ちがよくなってしまった私。
食事が終わって部屋に帰るころには空に抱えられるほどに酔ってしまっていた。
***
「少し飲みすぎたな」
「うん」
普段ワインなんて飲まないからよく回ってしまった。
こんな日はゆっくり眠るに限るなとベットに倒れ込むと、
えっ。
空が上から覆いかぶさった。
「まさかこのまま寝る気じゃないよな?」
「いや、それは・・・」
そりゃあまあねえ、泊りだし、2人きりだし、
チュッ。
空の唇が私の口をふさぎ、一旦離れていく。
「頭で色々考えるな」
頭上から降ってきた言葉。
考えるつもりはない、むしろお酒のせいで考えられない。
「素直に俺を感じてくれればいいんだ。お願いだからいい子にしてて」
耳元に口を寄せ、直接鼓膜に響かせた声。
くすっぐったくて逃げようとした私は、空の手で止められた。
「逃げるな」
「だって・・・」
それ以上の言葉は続けられなかった。
空から与えられる刺激と、アルコールの酩酊感が体を支配していった。
もうだめだからと何度言おうとしても言葉にならない。
そのうちに自分でもわからないような声が出て、次第に我を忘れていった。
空といると、今まで知らない自分を発見させられる。
弱い部分や恥ずかしい現実を思い知らされるようで赤面することもあるけれど、空にとってはそんな私を見ることが幸せらしくてしつこいくらいに虐めてくる。
***
「礼大丈夫?起きられる?」
朝、ベットの上で動けない私を見下ろす空。
「大丈夫じゃない。朝方まで誰かさんに虐められたから動けない」
ギロリと睨みながら嫌味を言ってみる。
「煽ったそっちが悪いんだろ。何なら今からもう一度抱こうか?」
「えええ」
とっさにはね起きた。
冗談じゃない。そんなこと絶対に無理。
「わかったから、朝食に行くよ。いつまでもそんな格好していたら本当に襲うぞ」
ポンと投げられたバスローブ。
ん?
「ギャアー」
ベットの上で裸でいる自分に悲鳴を上げた。
「礼、うるさいって。そんなに誘ってくれなくても、今夜又いただくから」
「え、あ、その・・・」
もう耳まで血が上って熱くなってしまった私はもう一度ベットの中に潜り込んだ。
何なんだろうこの感じ。
こそばゆくて、恥ずかしくて、でも幸せだな。