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「檜垣」
「随分早い到着だな」
「真彩はどこだ?」
真彩が倉庫へ連れて行かれてから数十分後、理仁は惇也の元に辿り着く。
「さあな?」
「居るんだろ?」
「知らねぇよ」
惇也が居るのは港近くにある古い三階建てのビルの一室。ここは八旗組が第二の事務所として使っているビルで、三階が若頭である惇也専用のフロアとなっている。
一緒にやって来た朔太郎は理仁に言われて外で待機している為、室内には一人で乗り込んで来た。
フロアには惇也と理仁二人の他に八旗組の組員が一人惇也の側に控えている。
「お前、一体何が目的なんだ?」
「……呆れたな。鬼龍組の組長さんは敵である俺の事を何も調べてねぇのかよ?」
「お前が数年前に俺が関わった女の男だったという事は調べが付いてる。まさか真彩とも関係があった事には驚いたがな。それと、東堂を巻き込んで俺を殺そうとでもしたんだろうが、協力を求めた相手が悪かったな。敵対している組織とはいえ東堂は話せば分かる相手だ。あの件は片がついてるから期待しても無駄だ」
「別に期待なんてしてねぇよ。東堂は扱い易いから使っただけだ。失敗したならもう用はねぇさ」
「お前、よく東堂の事をそんな風に言えるな? あれでも箕輪の若頭だぞ?」
「それが何だって言うんだよ? 俺は箕輪の組長にも可愛がって貰ってるんだ。多少の事は大目に見てもらえるんだよ」
「大した自信だな」
一向に真彩の居場所を話さない惇也に苛立ちを感じつつも、それを表情には出さず冷静に対応する理仁。そんな彼の反応を楽しむかのように惇也は話を続けていく。
「真彩の事が気になるか?」
「当たり前だろ」
「真彩に話したぜ、お前が俺から女を……奈々葉を奪った事、不必要になったらゴミのように捨てた事をな」
「あの女は俺が何かした訳じゃない。俺が情報を集める為に通っていた店で働いていて、勝手に俺に付き纏ってきた。要は自分から俺の方に付いたんだ。俺が奪った訳じゃねぇよ。お前が捨てられただけなんじゃねぇのかよ」
「嘘つくんじゃねぇよ! 奈々葉は俺に入れ込んでたんだ! 俺に彼女がいる事を知っても俺と付き合いたい、生活の全てを自分が保証するから彼女と別れて自分の元へ来て欲しいって! アイツが俺を裏切る筈無かった! お前が裏で手を回したんだろうが!」
「……話にならねぇな。そう思いたければそれでもいい。だがな、その事で俺を恨むなら俺だけを狙えばいいはずだ。真彩を巻き込むな」
「馬鹿か? お前をただ痛めつけても殺しても面白味がねぇんだよ。お前を絶望させて、その表情を見てから殺す。それにはお前の一番大切なモノが必要だろ?」
「…………お前はどこまでも性根が腐ってるようだな」
「何とでも言えよ。お前には身内も居ねぇし浮いた話もなくて、その辺は苦労してたんだ。囲ってる女の存在を噂で聞いてはいたけど、その女が真彩だったなんてな。神は俺を見捨てて無かったって事だ」
「……頼む、真彩だけは助けてくれ」
「へぇ? 鬼龍の組長さんが八旗の若頭ごときの俺にお願いですか? そうだな、それじゃあ真彩に選ばせるか。俺が真彩を殺すか、それとも、真彩がお前を殺すか」
「何だと?」
「まぁその二択、真彩なら自分が殺される事を選ぶだろうけどな」
「下衆が!」
「何とでも言えよ。おい、女を連れて来い」
「はい!」
惇也に言われて組員が部屋を出て行く中、今にも殴り掛かりたい衝動を必死に抑え込む理仁は考えていた。この最悪的状況をどう乗り越えるかを。
「理仁さん……」
「真彩、無事か」
「はい……その、もう、大丈夫なんですか?」
「ああ、それよりも、何故勝手に出て行ったんだ」
「……書置きの通りです……狙いは私だって分かったから――」
「おいおい、俺が居ること忘れてんのか? 勝手に話してんじゃねぇよ。真彩、来い!」
「きゃあっ!」
下っ端の男に連れて来られた真彩が理仁と勝手に会話をしている事に腹を立てた惇也は真彩の腕を掴むと、乱暴に自分の元へ引き寄せる。
「真彩、鬼龍の組長さんはお前をどうにかして助けたいらしい」
「理仁さん……」
「けどな、俺はそれじゃあ納得出来ねぇんだよ。ただな、組長さんは自分が犠牲になる代わりにお前を助けて欲しいそうだ」
「そんなっ! それは駄目です!」
「そうだろう? お前はそう言うと思ったよ。だからな、俺はお前に選ばせてやる事にした」
「選ばせる……?」
「檜垣、いい加減にしろ!」
理仁の制止も虚しく、惇也は話を続けた。
「俺が真彩を殺すか、それとも、真彩が鬼龍の組長を殺すかをな」
「なっ……」
その言葉に真彩は絶句した。どちらを選んでも、自分たちに明るい未来は無いからだ。
「優しいだろ? わざわざ選ばせてやるんだから」
「…………っ」
「真彩、悩む事はねぇ。俺を殺せばいい。そもそもこれは俺が招いた事だ」
「何言ってるんですか!? そんなの、出来るわけないです……」
こんな重大な事をすぐに決められる訳はないのだけど、なかなか決まらない事に惇也はだんだん苛立ちを覚えていき、
「お前らさぁ自分の置かれてる立場分かってんのかよ? 決められねぇって言うなら、俺がこの場で二人共殺すぞ!? 残されるのが嫌なら片方殺してからすぐに殺してやるよ。それが一番良いだろ!」
銃を取り出した惇也は銃口を真彩に突き付けた。
「真彩!」
「動くなよ!? 少しでも動けばすぐに引き金を引く」
「……っくそ……」
「どうだ、真彩。もう一度だけ聞く。このまま俺に殺されるか? それとも、お前がアイツを殺すか?」
銃を突き付けられている真彩は恐怖から身体が震えていた。殺されるのは怖い。けれど、自らの手で理仁を殺す事も出来ない。どうすればいいのか決めかねていると、理仁と視線がぶつかり合う。
声は発していないのだが、真彩には理仁が言いたい事が分かった気がした。