中に入ってきた僕を見て、部下と話していたレナードが目を丸くする。そして部下を下がらせると感嘆の言葉を口にした。
「これは…お美しいです」
「ドレスがでしょ?ただの女装だよ」
「いえ、そのようなことは。ところで後ろにいる騎士は?クルト王子について来た者ですか?」
「そうだよ。この人を、ここで見張っていてほしい」
そう言って僕が横によけると、ゼノが少し前に出た。
魔法で拘束されているゼノの両手を、レナードが無言で見つめている。
「フィ…フェリ様、何があったのですか?」
「クルト王子のもう一人の部下が、僕に剣を向けた」
「なんと!しかし大丈夫…そうですね。トラビスかラズールが防ぎましたか」
「ラズールが僕をつき飛ばそうとしたけど間に合わなかった。不思議なのだけど…リアムは僕の左腕を斬り落とすことができたのに、先ほどの騎士の剣は、僕の身体に刺さらなかった。どうしてだと思う?」
「それは腕であったからであって、リアム王子の剣でも身体を傷つけることはできないのでは?」
「そう…なのかな」
レナードの考えに、半信半疑ながらも納得する。そうかなとは考えていた。痣は胴体を守ってはいるけど、手足は守れていないのだろう。では頭は?頭を矢で射抜かれると、僕は死ぬのかもしれない。
考え込んでしまった僕の傍で、ラズールがゼノの拘束を解いた。
レナードが驚いて大きな声で咎める。
「ラズール!何をしているっ」
「この者は三ヶ月前、バイロン国からフィル様を無事に逃がせてくれた恩人だ。失礼があってはならない」
「しかし、クルト王子の家来では」
「レナード」
「はっ」
僕が近づくと、レナードが返事をして片膝をついた。
「ゼノはリアムの側近だよ。クルト王子の家来じゃない」
「では、なぜクルト王子と共に来たのですか?」
「そうだね。僕もそれを聞きたい。ゼノ、教えて」
僕はクルリと向きを変え、今度はゼノに近づいた。
ゼノもレナードと同じように片膝をつき、頭を垂れる。
「ゼノ、顔を上げて。ねぇリアムは元気なの?今回のこと、なにか言ってた?」
ゼノの身体が微かに揺れた。ぎこちなく上げられた顔は苦しそうだ。
その顔を見て、僕の胸が不安に押しつぶされそうになる。早くなる鼓動を落ち着かせるように胸に手を当てて、ゼノに問う。
「…リアムの身に何かあったの?」
「あ…」と口を開いて、固く結ぶ。それを数回、目を伏せながら繰り返した後に、ゼノがまっすぐに僕を見つめてきた。
「フィル様…あなたが国に戻られてから、しばらくの間、リアム様は放心状態でした。しかし十数日経って、トラビス殿からフィル様が目を覚まして起き上がれるようになったと手紙をいただいて…ようやくリアム様もいつも通りに戻られたのです」
「トラビスめ…余計なことを」
ラズールが小さく文句を言ってる。
僕は心の中でトラビスに感謝しながら「続けて」とゼノを促す。
ゼノは頷いて再び口を開いた。
「クルト王子は、フィル様がイヴァル帝国の女王だということに薄々気づかれていました。女だと信じていましたが。なので逃げられたことが相当悔しかったのでしょう。リアム様が協力したことにも気づき、王に進言したのです。王はリアム様に激怒されました。…それで、リアム様は拒否されたのですが、俺とジルがリアム様を守るために、リアム様があなたの腕を斬り落としたことを話したのです…申しわけありません」
「謝ることはないよ。あれは、そうなるように僕が仕向けたんだから。それで王の怒りはおさまったの?」
「はい。ただ傷まで負わせたのに逃げられたのが情けないと、リアム様に謹慎を命じられました。リアム様は王城の自室にしばらくこもっておられました。その間にクルト王子が、此度のことを画策したのです。イヴァル帝国の女王をバイロン国の第一王子である自分の妃にすれば、労せずしてイヴァルが手に入るなどと安易でバカなことを…!」
ゼノが拳を地面に突き立てる。今回のこと、リアムもゼノも反対してくれていた。そのことが知れて嬉しい。
僕はゼノの肩に触れて「怒ってくれてありがとう」と微笑んだ。
ゼノが微かに首を振る。
「いいえ…俺は無力です。フィル様の耳に入る前に止めたかったのに、結局は使者を出されてしまった。さぞご不快な思いをされたでしょう…」
「驚いたけど、僕の身体の不吉な痣を見せればクルト王子から断るだろうと思ってたから…大丈夫だよ。それに、リアムも反対してくれたんだってね」
「当然です!リアム様はフィル様と将来の約束をされてるのですから!」
「うん…」
よかった。記憶を失った時に、婚姻の約束も忘れていただろうから、思い出してなかったらと少しだけ不安だったんだ。
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