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僕がほっと胸を撫で下ろしていると、ゼノが「しかし」と続けた。
「クルト王子がイヴァル帝国の女王を妃に迎えるという話が、謹慎中のリアム様の耳に入り、リアム様は結界を破って部屋を飛び出し、クルト王子に会いに行かれました。俺は謹慎中の間もずっと、リアム様の傍を離れずにいましたから、もちろん追いかけました。今思い返すと不審だとわかるのですが、クルト王子はリアム様を追い返さず、こころよく部屋に招き入れたのです」
ゼノの話を聞き始めてから、最初に感じていた不安な気持ちが薄らいでいたのに、ここにきてまた不安な気持ちが湧き始めた。この先、ゼノはなにを語るのか。
僕は手のひらに爪がくい込むほど、固く握りしめた。
「リアム様は激しく抗議されました。イヴァルの女王とは前から会っていて、恋仲であること。婚姻の約束もしていること。兄上はデネスやトルーキルから然るべき姫を妃に迎えればいいと思ってること。それを聞いてクルト王子は高笑いされた」
「どうして?」
「恋仲であるということは、やはりおまえがあの者を逃がしたのだな、と。これは我が国に対する反逆だぞ、と。リアム様はあなたを逃がしたことをお認めになり、誰にも渡さないと断言された。クルト王子はしばらく考えて、わかったと言われたのです」
「…え?」
「冷静に考えれば、クルト王子の性格からして素直に納得されるなどあり得ません。しかしリアム様は興奮されてましたから、わかってもらえたと喜んで、すすめられるままに出された酒を飲みました」
「まさか…その中に…」
「はい…毒が入ってました。普段なら口に入れる前に気づかれるのに、あの時は口に含んでしまわれた。すぐに気づいて吐き出されましたが、真っ青になって倒れたのです!」
「そ…んな…っ」
僕は全身を震わせて、その場に座り込んだ。足に力が入らなくなったからだ。
「フィル様!」
ラズールがすぐに駆け寄り、僕を支える。
第一王子がここに来たということは、そういうことなの?リアムとはもう、会えないの?
「ゼノ…ゼノ…リアム…は」
「フィル様、大丈夫です。生きておられます。ただ…すぐに解毒薬を飲ませたのですが、完全には解毒できず。身体に力が入らず手足が痺れた状態のまま、牢に入れられております」
「そんな!王子なのにっ?」
「王は厳しい方です。たとえ息子であっても、罪を犯したのであれば許しはしません」
「じゃ、じゃあ!リアムを殺そうとしたクルト王子にも罰を与えるべきではっ」
「クルト王子は狡猾です。使用人が持ってきた酒をリアム様と二人で飲もうとしたら毒が入っていて、先に口にしたリアム様が倒れたと王に話されたのです」
「でもっ、ゼノは見てたんだろ?」
「俺は…クルト王子に屈したのです!リアム様を助けたければ、言うことを聞けと言われてっ」
悔しそうに叫んだゼノの目から、涙がこぼれ落ちた。
しかしすぐに涙を拭って、顔を上げる。
「情けないところをお見せして、申しわけありません…。リアム様に仕えていたジルや他の者達も、クルト王子に脅されて国境まで進軍してきた軍の中にいます」
そういえば先ほど、ゼノが天幕の外に向けてジルと呼びかけていた。確か僕の腕が斬られた時に、僕が魔法を使ってしまった騎士の名だ。
でもゼノは、勝手にジルに言ってバイロンの兵を国境まで引かせてしまったけど、大丈夫なの?
そう不安に思って聞いた。
「ゼノ、クルト王子の許可なく兵を引かせてたけど、そんなことしてリアムに何かされない?」
少しだけ考えて、ゼノが「大丈夫です」と頷く。
「リアム様が倒れた直後は、どのような毒を飲まされたかわかりませんでしたし、解毒薬もすぐにほしかったので、リアム様を助けるためにクルト王子の命を聞くと約束したのです。ですが今は、何の毒を飲まされたかわかってます。リアム様の叔父上に連絡を取って、よりよい薬を入手していただくようお願いしてます。叔父上のラシェット様が王城に行き、なんとかリアム様を牢から出すとも仰ってくれてますので、この先はクルト王子の言いなりにはなりません」
「そうなの?それならよかった…」
僕は安堵の息を吐いた。
叔父上とはきっと、リアムと二人で見た、あの美しい湖がある土地をおさめている方だ。まだお会いしたことはないけど、リアムの話しぶりから素晴らしい方だとわかる。どうか、リアムを助けてほしい。牢から出して、ゆっくりと養生させてあげてほしい。
僕はしばらく考えて、ラズールを呼んだ。
「ラズール」
「はい」
「クルト王子を返す代わりに、リアムを寄越せというのは…」
「ダメです」
「どうして?」
「そんなことをしては戦になりますよ。第一王子は屈辱を忘れません。きっと仕返してやると攻めてきます。それに今の話を聞く限り、第二王子は罪人として扱われている。バイロンの罪人をイヴァルが引き取ったとなると、攻め込まれるよい理由になると思いますが」
「じゃあ、こういう手は使いたくないけど、クルト王子を殺されたくなければリアムを使者としてイヴァルに来させよというのは?」
「無駄です。バイロンの王は、第一王子を見殺しにすると思います。敵に捕まるような情けない王子など捨て置かれると思います。そうだな?ゼノ殿」
「ラズール殿の言う通りです。王は王子達に愛情がない。どちらかの王子がいればそれでいいと思っています」
「そんな…」と僕は胸を押さえた。