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教室の空気は、放課後の熱をまだ孕んでいた。誰もいない教室の一角、カーテンが風に揺れている。
窓際に立つ日下部の背中を、蓮司が斜めに見つめていた。
「……さっき、教師にちょっと言いすぎたんじゃない? お前」
皮肉とも憐れみともつかない声だった。
日下部は返事をしない。窓の外ばかり見ている。無視ではない。聞いている。だが、沈黙を選ぶ。
「本当に優等生だな。……でも、何も背負ってないように見えるやつって、案外、えぐいことしてるよね」
蓮司は机の上に無造作に腰を下ろす。
「お前、殴られたことある?」
日下部の指がわずかに震えた。
蓮司は続けた。
「俺さ、小三のとき、親父に蹴られたんだ。急所。吐いた。……そんとき、ああ、殺されるって思ったよ」
それでもどこか飄々としていて、痛みを話しているのに、まるで人の記憶のように平坦だ。
「で? お前は? どうせ無傷? きれいごと?」
「やめろよ」
やっと日下部が口を開いた。声は低く、力がこもっていた。
「……そういうの、蓮司が一番嫌いだろ」
「違うよ」蓮司は笑う。目が細まる。
「俺が嫌いなのは、そういうのから目を逸らして、さも『理解してます』って顔するやつ」
日下部が振り返る。目と目が合った瞬間、そこには友情でも敵意でもなく、共犯者の眼差しがあった。
「やろうか」蓮司が囁いた。「あいつを巻き込むやつ」
日下部の睫毛が揺れた。
「お前が黙ってるから、あいつ、もう逃げられないんだよ」
「……」
「お前、もう『何もしない』って選べる位置にいないって、わかってる?」
どちらが支配していて、どちらが操られているのか。
その境界はすでに曖昧だった。