テラーノベル
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放課後の、もう誰もいない階段の踊り場だった。赤く染まりはじめた光が、曇った窓越しに二人の影を曖昧に映していた。
「お前さ、本当に俺のこと好きなんじゃないかって、たまに思うんだよな」
蓮司が笑って言った。声にからかいの色を滲ませて。
日下部は壁に背を預けたまま、何も言わなかった。
その無言を承知で、蓮司はわざと歩み寄る。靴音が乾いた廊下に跳ね返った。
「喋らないからって、何も思ってないわけじゃないよな? そういう顔してる」
「……」
「怖いのか、それとも……気持ちいいのか、どっち?」
沈黙は続いた。だがその沈黙が、蓮司にはたまらなかった。
どうしようもなく、嗜虐的な愉悦が胸の奥から滲み上がる。
蓮司は手を伸ばし、日下部の顎に指をかけた。
「なあ、どうして何も言わないの? ほんとは、もっとやって欲しいんだろ?」
すると──不意に。
日下部がその手を乱暴に払いのけた。打ちつけられた蓮司の手首が乾いた音を立てた。
蓮司は目を見開いた。痛みではなく、その突き放すような眼差しに。
「……俺が黙ってるのは、お前の言葉に価値がないからだ」
まるで唾を吐き捨てるような声音だった。
「勝手に熱くなって、勝手に満足して……滑稽だよ、お前」
そして日下部は、無表情のままその場を去ろうとした──
が。
その背中に、蓮司が叫んだ。
「じゃあ、見せてやろうか? “本当に壊れる”ってことを」
そのとき。
階段の下、誰かが立っていた。
遥だった。
階段の陰に隠れていたはずのその存在が、蓮司の言葉に引き寄せられたように、少し顔を上げていた。
ほんのわずかに揺れた視線。
蓮司はそれを見逃さなかった。
「……いいタイミングだな」
蓮司がにやりと笑った。
遥の存在を、また新たな劇の観客──いや、舞台装置に組み込むかのように。
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