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深冬芽以
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パトカーの赤色灯が、雨に濡れたアスファルトを毒々しく染めている。
連行されていく美波とエリカ。
かつて校舎の頂点で私を見下ろしていた「女王」と「側近」が
今は無惨に髪を乱し、警察官に腕を掴まれて車に押し込まれていく。
その光景を、一台の高級セダンの陰から見つめる影があった。
沙織
エリート秘書として隙のないキャリアを築き、今やグループの中で最も「まともな社会人」の面皮を被っている女。
彼女は震える手でスマートフォンを取り出し、短縮ダイヤルを押した。
相手は、彼女が長年、心と体を捧げてきた勤務先の副社長──
彼女が「真実の愛」だと信じている不倫相手だ。
「……助けて。美波たちが捕まったの。10年前のことが全部バレるかもしれない…ねぇ、あなた、聞いてるの?」
だが、スピーカーから返ってきたのは
低く野太い男の声ではなく、鈴を転がすような、若く瑞々しい女の笑い声だった。
『……あら、沙織さん? こんな夜遅くに、彼のプライベート携帯に電話なんて。マナー違反ですよ?』
沙織の顔が、一瞬で土気色に変わる。
「…誰?なんであなたが彼の電話を……」
『私? 今日から彼の専属秘書になった者です。副社長は今、シャワーを浴びてますよ。「古い書類女はシュレッダーにかけておけ」って言われちゃいました』
沙織の呼吸が浅くなる。
「嘘よ…彼がそんなこと言うはずない。私は彼のために、汚い仕事も全部……っ!」
『汚い仕事? ああ、あの「交換殺人アプリ」の件ですか?』
女の言葉に、沙織は受話器を取り落としそうになった。
「な…なんで、それを……」
『彼、あなたのことがずっと重かったみたい。
だから、私とパンドラが少しだけ背中を押してあげたの。
「彼女の過去をバラせば、綺麗に別れられますよ」って』
電話は一方的に切れた。
絶望に打ちひしがれる沙織の背後に、私は音もなく立った。
傘の影から、彼女のうなじを見つめる。
沙織は、グループの中で最も冷徹だった。
直接手を下す美波やエリカの横で
彼女はいかに効率的に私を孤立させるか、いかに証拠を残さず精神を破壊するかを「立案」していた軍師だ。
私は、ホワイトボードを彼女の視界に割り込ませた。
『沙織さん。捨てられちゃったね。あなたの“完璧なキャリア”も、全部彼に握られてるのに』
沙織が弾かれたように振り向く。
「栞……!あんた、パンドラと繋がってるのね!?愛華を殺して、エリカを狂わせたのも、あんたなんでしょ!」
私は何も答えず、ただ静かに微笑んだ。
沙織のスマホが再び震える。社内一斉メールの通知だ。
【重要:社員の不祥事および解雇通知】
添付されているのは、沙織が副社長の指示で手を染めた「架空請求」と
彼女が10年前に私をいじめていたときの「音声記録」。
軍師として完璧に立ち回っていたはずの彼女が、自分自身の「記録」によって、社会的に処刑されようとしていた。
「あああ…っ!!嫌、嫌あああ!」
エリートの仮面が剥がれ、沙織はその場に泣き崩れた。
そこへ、ゆっくりと歩み寄る靴音。
九条刑事だ。
彼は、泣き叫ぶ沙織の前に立ち、名刺を差し出した。
「沙織さん。君の会社の副社長から通報があってね。君が会社のお金を横領し、それを隠すために周囲を脅迫していた、と。……詳しく聞かせてもらおうか」
沙織は九条の靴にしがみつき、なりふり構わず叫ぶ。
「違う!私はやらされたの!あの男に! 栞、あんたからも言ってよ! 私は、私は……っ!」
私は、冷たくなった沙織の目を見つめ、ゆっくりと唇に指を当てた。
「シー」のジェスチャー。
(……声が出ない私は、貴方を助ける言葉も持ってないの。残念ね)
パトカーに押し込まれる三人目の生贄。
残るはあと、二人。