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阿炎快空
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けれども、次の瞬間——
「ぐええええええっ!?」
猫喰いは、モノさんを苦しそうに吐き出しました。
「うわあっ!?」
唾液塗れのモノさんが、石畳をごろごろと転がります。
その背中に生えた翼は、眩い純白の光に包まれていました。
「な、なんだてめえ!?天使かなんかが化けてやがるのか!?」
猫喰いが、額に青筋を浮かべて怒鳴りました。
そう言えば私が翼を生やして復活した際、幸村汐梨さん——とても頼りになる拝み屋のお姉さんです——もこんなことを言っていました。
『ふむ——確かに幽霊というよりは、どことなく天界の使いにも似た気配を感じますね』
どうやらモノさんや私に生えている翼は、猫喰いにとってはあまり歓迎できない類のもののようです。
「凄い!それどうやってるんですか、モノさん!?」
「いや、全然わかんないっス!なんか、必死にジタバタしてたら、急に翼が!」
「凄い凄い!今ならあんな化け物、目じゃないですよ!」
「俺も何だか、そんな気がするっス!えーい!」
勇ましく叫びながら、猫喰いに向かっていったモノさんでしたが、
「舐めるなっ!」
「ぎゃあっ!?」
触手の一閃に跳ね飛ばされ、モノさんの体が私のすぐ近くまで弧を描いて戻ってきました。
「モノさんっ!?」
私が叫ぶ中、モノさんの体が、石畳の上で二、三度跳ねます。
「モ、モノさんっ!大丈夫ですか!?」
「す、すんません……自分……ギブアップっス……」
ぐったりとするモノさんの翼から、徐々に光が消えていきます。
「フン——翼が生えてる奴を食うのはやめだ!お前ら二匹は、じわじわと嬲り殺しにしてやる!」
そう残忍に言い放ち、猫喰いが私達の方ににじり寄り始めた、その時でした。
鳥居の向こうから、幼い少年の声が響き渡りました。
「にゃーーーはーーーはーーーうーーーぺーーーっ!」
まるで意味不明な呪文のような叫びでしたが、私はその声の主を知っていました。
そして、その単語の意味するところも。
「何だあ……?」
眉を顰めた猫喰いが、背後を振り返るより早く。
その空飛ぶ小さな影は、鳥居を潜ってこちらの空間へと侵入し、猫喰いの頭上を猛スピードで通り過ぎました。
見た目は真っ赤なマントを羽織り、腰に剣を携えた二足歩行の白猫です。
彼の名前はにゃははうぺーさん。
修さんのお付き合いされているクラスメイト、椎名由宇さんの生み出したイマジナリーフレンドです。
由宇さんの高い霊力によってこうして実体化することが可能であり、陰陽師の式神や魔術師の使い魔の様に、由宇さんを守ってくれる存在なのです。
にゃははうぺーさんは空中で勢いよくUターンすると、腰から小さな剣を抜き、猫喰いの顔めがけて突進しました。
「ぎゃああっ!?」
剣の切先が猫喰いの右目に突き刺さり、猫喰いは悲痛な叫び声をあげました。
触手が緩み、私を含め、猫達が一斉に解放されます。
「にゃははうぺーさん!どうしてここに!?」
「話は後だよ」
にゃははうぺーさんは私のすぐ近くにフワリと着地をすると、猫喰いから目を離さずに言いました。
「ここには猫しか入れないみたいだけど——どうやら鳥居さえ潜ってしまえば、姿を変えても問題ないようだね」
「こ……この、糞猫があ……!」
潰れた右目から緑色の血を流しながら、猫喰いが残った左目でにゃははうぺーさんを睨みつけます。
「子供の落書きみてえな、ふざけた姿しやがって……お前なんかが、本気で私に勝てると思ってんのか!?」
「いいや。僕じゃあ無理だろうね」
にゃははうぺーさんはあっさり認めると、ニヤリと笑って続けました。
「だから——選手交代だ」
言い終わるが早いか、その体を真っ黒な影が包み込みました。
にゃははうぺーさんは見る見る内にその体を肥大化させ、あっという間に猫喰いと同じくらい大きな、漆黒の鼠へと変身してしまいました。
彼の名前はヂューダさん。
にゃははうぺーさんと同じく、由宇さんのイマジナリーフレンドです。
姿は違っても、二匹とも言わば由宇さんの分身のような存在。
だから役割に応じて、この様なバトンタッチも可能なのです。
——グルゥアアアアアアアアッ!
唸り声をあげながら、影でできた大鼠が猫喰いへと飛びかかりました。
肉の触手達が、ヂューダさんの体に一斉に絡みつきます。
見たところ、力は互角——いや、猫喰いが少々押しているでしょうか。
二匹が激しく取っ組み合う中、私は何か自分にできることがないかと必死に考えました。
さっきモノさんが放った光——あれを私も放つことができれば、一気に形成を逆転できるかもしれません。
光れ、光れ、光れ、光れ、光れ——
必死に頭の中で念じますが、体には何の変化も訪れません。
やっぱり駄目か、と諦めかけたその時、頭の中で声が響きました。
〝ただ光ろうとするんじゃ駄目だ!邪悪な相手を滅するという、確固たる意思を持たないと!〟
それは、にゃははうぺーさんの声でした。
どうやらヂューダさんに主導権を渡した後も、私達を見守ってくれているようです。
にしても、困りました。
〝宵闇の魔女〟と闘った時は、修さんに恩を返したいのと、由宇さんを救いたいという思いから必死に闘いましたが、闘争心という単語から最も遠いのがこの私です。
とは言えこのままでは、私だけではなく、他の猫達まで死んでしまいます。
それだけは何としても避けなければなりません。
思えば、私の飼い主であり友人である修さんも、いつもは穏やかで優しい性格ですが、大切な人達の為なら、思いもよらぬ勇敢な一面を見せます。
私も負けてはいられません。
「えーい!光れーーーーーっ!」
目を閉じ、声の限りに叫んだ次の瞬間——体がほんのりと暖かくなり、背中のあたりから眩い閃光が迸りました。
やりました!
翼が光ったのです!
それも、モノさんの光よりも何倍も強く!
私の発光に気がついたヂューダさんは、触手に締め上げられながらも、猫喰いの上顎と下顎をガッと掴み、口を無理やり大きく開かせました。
「ぐあっ——な、何を——」
慌てる猫喰いの口の中を目掛け、私は翼を羽ばたかせながら、一直線に突っ込みました。
純白の矢となった私は、猫喰いの真っ暗な体内を突き進み——闇の中で、翼のみならず全身を輝かせ——そして——
「ぎ——ぎゃあああああああああっ!!!!!」
——断末魔の叫びと共に、猫喰いの体は内側から爆発四散したのでした。
幸い、モノさんは気を失っていただけのようで、すぐに目を覚ましました。
猫喰いの飛び散った肉片は、気がついた時には既に跡形もなく消失していました。
私が猫喰いを倒したのを知ると、モノさんは、
「マジっスか?くそー、俺もヒーローになりたかったっス」
と悔しがっていました。
ちなみに私の翼の光は、猫喰いを倒した直後に消えてしまいました。
何度か「光れ」と念じてみましたが、ちっとも反応しません。
どうやら、この新たな力を使いこなすには時間がかかりそうです。
一方のヂューダさんは、今は再びにゃははうぺーさんに姿を変えています。
私はにゃははうぺーさんに、どうして私がピンチなのがわかったのかを尋ねました。
にゃははうぺーさんが言うには、授業中の由宇さんが、予知能力で私の危機を察知したそうです。
(何だか、最近になってますます〝力〟が強大になっているようです。これは修さんも、由宇さんに隠れて悪いことはできませんね)
にゃははうぺーさんは由宇さんに頼まれすぐさまねこ稲荷へと急行しましたが、流石に結界の中へ入る方法まではわからなかったとのこと。
途方に暮れていたところ、鳥居から緑色の猫が突然現れ、正しい道順を教えてくれたんだとか。
(にゃははうぺーさんも「彼、いい声してるね」と感心していました)
「由宇ちゃんや修君、それに蒼梧君も、君を助ける為にこっちに向かってるよ」
なんと!
私の為に学校を早退させてしまうとは。
申し訳ない半面、やはりちょっぴり嬉しくもあります。
トメさんがにゃははうぺーさんに仲間の猫達を紹介しているのを眺めながら、私は修さんに今日の冒険をどう伝えようかと考えていました。
まずは無事なのを伝えて、次に心配をかけたことを謝って——
それから、胸を張ってこう言おうと思います。
「修さん!今日は友達がいっぱいできました!私がみんなを守ったんですよ!どうです、ちょっとしたもんでしょう?」
「僕らの境界奇譚」番外編
「オーマの休日」完
コメント
1件
まあ、猫喰いとの決着、すごかったですね…! にゃははうぺーさんの登場から、まさかの選手交代・ヂューダさんへのバトンタッチには驚きました。そして最後は主人公が光の矢になるなんて、もう胸が熱くなりましたよ。修さんに「友達ができた、みんなを守った」って報告するラスト、じーんと来ました。番外編なのに、本編と同じくらい濃くて楽しかったです!