テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ダンジョン
#ファンタジー
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
王妃たちが入浴を終えた頃にはパンが焼きあがっていた。
白と茶色と黒という色合いも個性的な3個の食パンは、それぞれの王妃がそれぞれの城へと持ち帰った。
ランナは自室に戻ると、リビングのテーブルの上に茶色い食パンの乗ったお皿を置く。
(今日は楽しかったな。モニカ様とポーラ姉さんとも仲良くやっていけそうで嬉しい)
テーブルの上に向けていた視線を壁掛け時計に移すと、時刻はもう午後5時を過ぎてしまっている。
出来立てのパンをヒルに食べてもらいたかったが、明日の昼までおあずけになってしまった。
そんな事を考えていると、いつの間にかテーブルの前にカレンが無言で立っていた。
いつもの事だが、カレンはいつ部屋に入ってきたのか分からない。それほどに気配がないが、必要な時には側にいてくれる。
「あ、カレンさん。ちょうど良かった。このパン、明日のお昼に食べるから保存しておいてほしいの」
「……ランナ様がお作りになったのですか」
「うん! モニカ様とポーラ姉さんと一緒にパン作りしたの。上手くできたでしょ?」
「…………」
笑顔のランナとは対照的にカレンは少しも笑わない。それどころか険しい表情にすら見える。
カレンは無言でテーブルの上の皿を手に持つと、そのまま部屋を出て行く。
カレンが無感情で無表情なのはいつもの事なのでランナは特に気にしない。
部屋を出たカレンは階段を下り、一階の城の裏口のドアを開けて外へと出る。
すでに薄暗い夕方、城の裏側は人の気配がない。カレンは鉄製のダストボックスの蓋を開けると、その中に食パンを丸ごと落として捨てる。
「任務完了」
誰に報告する訳でもなく、カレンは感情のない黒の瞳で独り言のように呟いた。
次の日の朝になった。その日もいつもと何も変わらずにランナは部屋で一人で朝食を食べる。
起床してからヒルが部屋に来る昼12時までの時間は、ランナにとってはいつも退屈な時間だった。
アサから借りた本の続きを読もうとしてソファに座ると、部屋のドアが唐突に開いた。
この時間に部屋に訪れるのはカレンくらいだが、今までにない乱暴なドアの開け方で驚いてしまう。
予想通り、部屋に入ってきたのはメイド服姿のカレンだったが、いつも無感情なはずの表情が険しい。
「カレンさん、どうしたの? 何かあったの?」
「……ランナ様が昨日お作りになったパンは、1個だけではなかったのですか」
「え? 私とモニカ様とポーラ姉さんで1個ずつ作って持ち帰ったけど」
王妃の三人で合計3個のパンを作ったが、なぜ昨日のパンの数を問われるのか分からない。
カレンは激しく動揺している様子で、黒の瞳を揺らしながら眉をしかめて唇を噛み締めた。
「そういう事ですか……ランナ様、申し訳ありません。私がいながら、こんな事に……」
「え、ちょっと待って、何があったの?」
「今朝、アサ様が昨日のパンを召し上がりましたが……パンには毒が盛られていました」
「え……!?」
ランナは急いで朝の城へと向かい、アサの自室の扉を開ける。
部屋に入って寝室まで進むと、アサのベッドの前にはモニカ、そしてポーラの姿があった。
大きな白いベッドにはアサが仰向けで眠っているように見えたが、嫌な予感でランナの鼓動と呼吸が乱れてくる。
「モニカ様……アサ様は……?」
ランナは震える声でモニカの背中に問いかける。ベッドの前で両膝をついて座っていたモニカが振り返ると、その頬は涙で濡れている。
「朝食に昨日のパンを召し上がったのですが……それから苦しみだして、今は意識がないのですわ……」
「で、でも……モニカ様も食べたんですよね?」
「はい……私は何ともないですし……アサ様のお食事は必ず誰かが毒味しますし……」
涙声で声が震えているモニカを補足するかのように、横に立つポーラが冷静に付け加える。
「これは魔法薬の毒による症状よ……パンに魔法薬を仕込んだのね」
ポーラの突き刺すような視線と冷たい口調は、明らかにランナを疑っている。
ランナは何を考えるよりも先に薬師の本能で体が勝手に動いてしまう。アサのベッドに近付くと毛布の中に手を入れて彼の手を握る。
思えばアサの生気の色を確認するのはこれが初めてだが、ヒルの色ともヨルの色とも全く違う。朝日のように眩しい純白だが、生命の光は消えかけている。
「これは、魔法薬による中毒症状……」
ランナは思っている事を独り言のように口に出してしまった。それを聞いた隣のモニカの瞳が覚醒したように見開く。
特定の人格だけに効く毒薬なんて魔法薬しかありえない。そして人格を殺す毒薬を調合できるのはランナしかいない。
次の瞬間、ランナは強い力の衝撃を受けて床に倒れた。信じられない思いで顔を上げると、モニカが自分を突き飛ばしたのだと確信した。
「ランナさん、あなたですわね!? あなたが、アサ様を毒殺しようとした!!」
「モニカ様、ちがう……」
「あなたしかいませんわ!! 何が約束よ、何が薬師よ! 人殺し!!」
穏やかで天使のようだったモニカの口から、信じられないような罵声が浴びせられる。悪魔のような言葉を吐いて泣き叫ぶモニカは正気ではなかった。
そんな中でも冷静に感情を保っているポーラがランナを追い詰める。
「自白したわね。こんな毒の魔法薬は、あんたしか作れないのよ」
ランナはそれを否定できない。確かにファイア国王の時には呪いの効果を殺す『毒薬』が調合できた。王妃の中で特殊な毒薬を調合できるのはランナだけ。
だがランナは、微かな別の可能性も否定できない。信じたくはないし認めたくないが、先ほどのアサの生気の中に微かにポーラに似た生気を感じた。
(もしかして、ポーラ姉さんも毒薬を調合できるように……?)
ランナ以外で魔法薬を調合できるのはポーラのみ。昨日のパン作りの最中に、材料の小麦粉を密かに調合して毒薬に変えていたとしか考えられない。
それをランナが口に出したとしても信憑性は全くない。それよりもアサの命を救う方が先決だと思った。
「解毒の薬を調合するので、米粉か小麦粉を……」
ランナが言いかけたところで、ベッドの端にいたポーラが一歩前に出て怒声を上げる。
「いい加減にしなさい! あんたの薬なんか信用できないでしょ!?」
責め立てるポーラの気迫に押されたランナは涙を浮かべながら後ずさる……が、それ以上は下がれなかった。
いつの間にか後方には何人もの兵が控えていて、一斉に動くとランナを拘束して捕らえた。