ルティが作る料理には大抵何かしらの効果が含まれる。それ自体に不安要素は無いが、薬となると事情がだいぶ異なってくる……。
まして薬師の知識を得たばかりのルティのことだ。とんでもなくおかしな効果を生み出す確率が上がったに違いない。
「それでは、お飲みくださいっ!!」
「お、おぉ……」
実を言うと薬は苦手で、あまり飲んだことが無かった。回復薬や解毒薬くらいなら飲んだことがあるが、決して美味しくは無いし味わうものでも無いからだ。
とはいえ、おれ自身いずれ薬師の知識くらいは得たいと思っているがそれは今じゃない。
「んぎゅっ……んぐぉっ」
「どうですか、どうですか~?」
飲んだ直後、何だか体が妙に熱すぎる。熱すぎて今すぐ着ているものを脱ぎ捨てたくなる――そう思って腕を動かすが、自分の腕がいつもより毛深くなっていっているのは気のせいだろうか。
あぁ、もうこのまま脱がずに我慢なんて出来るはずもない。こうなれば思いきって装備を全て脱ぐぞ!
おれは何の迷いも無く全てを露わにする。すると、いつもと違って遠くにいるであろう人間の強い気配がはっきりと感じだす。
まさかだよな?
「あああーーっ!? 間違えました!! アック様に飲ませたのは獣化の――」
【ドワーフの秘薬:試薬 獣化することが出来る 同化率100%】
これは――絶対確信犯だな。お試しで作った獣化の薬の実験にまんまと乗っかってしまったようだ。
「ガウッガァッガウゥ《おい待て、言葉が》!!」
「ええ? 今何と? ――って!? アック様が獣になってるじゃないですか!!」
困ったな。知能の欠片も無い獣と化してしまったせいか、言語能力が消えてしまったみたいだぞ。
「わらわ、毛むくじゃらは嫌なのなの!!!」
「ウガガ、ガゥゥ!《フィーサまでそんな!》……」
「何て言っているのかさっぱりなの。マスターが狼になるなんて、シャレになってないなの」
剣から人化するフィーサにそんなことを言われるとは。よほど獣が苦手なのか。
「そうですか? 狼さん、可愛いじゃないですか」
「毛深いマスターは駄目なの!」
呑気なことを言いたい放題か。ルティとフィーサではまるで話にならない。こうなれば同じ(と言っては怒るが)獣のシーニャを頼るしか。
「ウニャッ!? アック、アックはどこに行ったのだ!?」
どうやら向こうから見つけてくれるみたいだ。そもそも狼と虎の相性はどうだっただろうか?
もし悪ければシャレになりそうに無いが。
「ガウゥゥ……《困ったな》」
せめてシーニャと会話だけでも通じれば……。
心配しているおれに気付いたのか、前を歩くシーニャがこっちに戻って来る。
「何だお前? いつからそこに立っていたのだ?」
やはり戦闘は避けられないのか?
それならせめて気配で気付いてもらう。
「何だか生意気な態度をしているのだ。シーニャ、そんな態度は許せないのだ!」
「ガゥゥ、ガァァッ《く、くそう》」
こうなってしまうと簡単に話が通じるほど甘くは無い。しかし果たして獣と化した自分がシーニャとどこまで戦えるものか。「ウゥゥッ!」と唸りを上げながらシーニャが鋭い爪を尖らせ始めている。姿勢を低くして、一瞬で片付けるつもりがあるのだろう。
彼女の武器は自前の爪。全て切り裂かれそうな爪が、まさに今のおれに向けられている。
「一瞬で終わりなのだ!!」
地を蹴るシーニャがおれの懐を目指して突っ込んできた。獣となったおれが出来ることといえば、彼女を受け止めることくらいしかない。抵抗する間もなく彼女はおれにぶつかってくる。しかし衝撃の痛みが感じられない。彼女からの鋭い爪の攻撃が確実に当たっているはずなのだが。
「ウウ!? ま、全く攻撃が効いてないのだ!? な、何なのだ、お前……」
《おれだ、アックだ。シーニャ、おれだぞ》
「ウニャニャ!? アックなのだ? どうして獣化出来ているのだ!?」
おぉ、やはり通じ合えた。それまで警戒していた虎耳が途端にへたっている。
《これはな、ルティのせいなんだ。シーニャの力で何とか出来ないか?》
――とはいうものの、回復が出来る程度でどうにか出来る問題じゃない。しかし賢いシーニャなら別の方法を探してくれそうな感じがある。
「ふんふん……? シーニャの魔法で治せるか分からないのだ。ドワーフには治せないのだ?」
《ルティが作り出した薬でこうなったからな……》
「ウニャ~……シーニャ、どうも出来ないのだ」
ルティのせいなのにシーニャが頭を抱えて悩みだした。何だか悪いことをした感じだ。しばらく経って、虎耳をぴんと立てた彼女がとてとてと近寄る。
「アック! ガチャで何とか出来ないのだ?」
魔石ガチャをされることはあまり好きじゃないシーニャが、まさかの提案だ。しかし今の状態でするのはどうなのか。
《……獣化した状態でガチャを?》
「何でも試してみればいいのだ! その姿でもシーニャは好きなのだ!」
どうやら本気らしく、シーニャはルティのところに走って行ってしまった。腰袋はルティの所にあるからそれを取りに行ったに違いない。
「あれっ? シーニャ? アック様はどうしたんですか?」
「ドワーフ!! アックが狼になってしまったのだ! 何とか出来ないのだ?」
「失敗作の薬を飲ませちゃいまして、言葉が分からないんですよ~」
「そこを何とかして欲しいって、アックが言っているのだ」
「え? 会話出来ていたんですか? てっきり戦いを始めてしまったとばかり~」
シーニャの慌てぶりを見る限り、身振り手振りで説明しようとしているようだ。しかし肝心のルティに慌てた様子は見られない。おれが獣化してもいつもと変わらないとは随分と呑気なものだな。
「戦っていたのだ!! でも、アックには勝てそうにないのだ」
「さすがアック様! うう~ん、だけど獣化を戻せる薬は作れないんですよぉぉ」
やはりルティは事の重大さを理解していないか。それにしても魔石ガチャか。魔石を上手く握れそうにないが、ガチャをしてみるしかないんだろうな。フィーサはまるっきりおれに近付いても来ないし。
これはもしかしなくてもお手上げ状態なのか?
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