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『ロウェルの森』の中心部では、獣王ガロンを討伐し、更に同調していた獣人達の殲滅も無事に終了。シャーリィはアスカを抱きしめながらその場に座り込み、マリア率いる教会一団が周囲を警戒しつつ事後処理に動いていた。
「取り敢えず、おつかれさん。長い二日間だったな、シャーリィ」
ルイスがシャーリィとアスカに水筒を手渡しながら労い、隣に座る。
「ありがとう、ルイ。濃密な二日間でしたよ。流石に疲れました」
シャーリィも疲労を見せ、アスカは一心不乱に水筒の水を飲んでいる。
「だがこれでスタンピードの原因は潰せたな。お嬢の下に付いた時は、魔物や獣人を相手にするとは思わなかったなぁ」
ベルモンドも苦笑いを浮かべつつ三人の傍で然り気無く周囲に気を配る。
「私もですよ、ベル。勇者様の力があったから勝てたのです。まあ、ブラッディベアの方が強敵でしたけど」
「完全に封印が解かれていなかったからよ。完全復活してたら危なかったわ」
シャーリィの言葉に答えたのは、側に寄っていたマリアであった。マリアにも疲労の色が見えたが、まだ立って事後処理を行う魔族達を眺めていた。
「どうでも良いことです。大事なのは二度と獣王が私の前に現れないこと。それだけですよ」
「それなら安心して良いわよ。完全に消滅したから。今度は封印じゃないから、復活も出来ないわね」
二人は視線を合わせようとしないが、会話は成り立っている。
「それは何よりです。非常に不快ですが、今回は助かりました。お礼を言わせてください」
「やめてよ、寒気がするわ。どのみちあのまま放置なんて出来なかった。不本意だけど、あなた達の頑張りがあったから悲劇を防げたのも事実。お礼を言うのはこっちよ」
「気持ち悪いことを言うのはやめてください、朝食を戻してしまうかと思いましたよ」
「ふんっ……それで、その娘の事を教えてくれるわよね?」
マリアは視線をシャーリィに抱きしめられて水を飲むアスカに向ける。
「よく分かりません。二年前にベルが連れてきたんです。まあ、経緯はどうあれ私の大切なものですが」
「連れてきた?」
マリアは視線をベルモンドに向ける。
「ああ、裏取引でな。アスカはその時の商品だ。黙って見過ごすのが一番良いんだが、結果は厄介事にお嬢を巻き込んで怪我させてシスターに殺されかけたな」
肩を竦めながら説明するベルモンドに、シャーリィが視線を向ける。
「そのお陰で『エルダス・ファミリー』を潰す切っ掛けとなりました。お義姉様、『オータムリゾート』と友好関係を構築できましたし、アスカも仲間になった。悔いはありませんよ」
「ありがとな、お嬢」
「裏取引の……商品!?」
目を見開くマリアにシャーリィが初めて視線を向ける。
「人身売買ですよ。この街では珍しいことではありません。うちは手を出していませんが」
「売るより人手が欲しいもんな」
ルイスも苦笑いを浮かべる。
「人身売買の場にフェンリルの子供!?大事件だって自覚はあるのかしら?シャーリィ」
「だから、経緯に興味はないと言いませんでしたか?そもそも、フェンリルとは何ですか?」
アスカの頭を撫でながら問い掛けるシャーリィ。
「幻獣と呼ばれる非常に珍しい種族の一つよ。獣人の中で、狼獣人達にとっては神様みたいな存在だと思ってくれて良いわ」
「ほほう、アスカは神様ですか」
当の本人は首を傾げている。
「ただ、分からないのはその身なりよ。フェンリルは人化すると雪のように美しい真っ白な髪をしていると言い伝えられているの。でもその娘は黒髪だから、不思議に思って」
「ああ、これですか。アスカの地毛は確かに雪みたいに真っ白な髪ですよ。銀髪とも違って面白いですよね」
「は?」
マリアが唖然とした表情を浮かべるが、シャーリィは気にせずアスカの頭を撫でながら続けた。
「何度も一緒にお風呂に入ってるんです。黒く染めているだけで、地毛は真っ白ですよ。なにか事情があると思っていつも染め直しているんですよ。そんな事情があったんですね?アスカ」
「……?」
本人は首をかしげるばかりだが、その素性を隠すべく誰かが行ったことは明らかだった。
「隠していた、と言うことね。認識した今なら分かる。この神々しい感じは間違いなく神獣ね」
「ふむ、アスカの正体が分かっただけでも今回の成果となりますね」
「で、神獣なら保護したいんだけど」
「……は?」
シャーリィの口から冷えきった言葉が漏れる。
「神獣はその名の通り、信仰の対象になるの。出来れば教会で保護して里があるなら返してあげたいのだけれど」
「アスカは私の大切なものです。本人が望まない限り、手離すつもりはありません」
シャーリィは冷ややかな視線をマリアに向けて、マリアもまた同じように返す。
「裏社会に居させるわけにはいかないわ。それだけその娘は大切な存在なの。わがままを言わないで引き渡して」
「はっ!下らない。それなら私から奪ってみますか?いつでもいいですよ」
二人が険悪な雰囲気となるが、シャーリィの隣に座っていたルイスがシャーリィの肩を抱き寄せる。
「ルイ?」
「シャーリィ、やめとけ。シスターさん、何の因縁があるか分からねぇが、止めてくれねぇか?こう見えてシャーリィは滅茶苦茶疲れてるんだ。休ませてやりたい」
「……」
「俺も口を挟みたくはないんだけどさ。これ以上続けるなら俺はアンタを殴らなきゃいけなくなる」
「……ごめんなさい」
「謝んなって。シャーリィ、お前も止めろよ。立てないんだろ?」
「……ん、止めます」
ルイスの仲裁により事なきを得る。事実シャーリィの疲労は極限に達しており、なによりブーストの重ね掛けを繰り返したので肉体にも影響を与えていた。
「……彼氏さんの顔を立てて、今回は引き下がるわ。けれど、諦めないから」
「諦めてください、手離すつもりはありませんから」
「ふんっ。黄昏の街に寄らせて貰って良いかしら?弔うのを手伝いたいし、私の治癒魔法は役立つはずよ」
「それは助かりますが、何を企んでいるのですか?」
「貴女に借りを作りたくないだけよ。これで貸し借りは無し。良いわね?」
「では相応の対価を払います。善意なんて望みませんから、受け取るように」
「よし、取引成立だな。なら握手だ」
「「は?嫌だ」」
ルイスの言葉に見事なシンクロを見せて互いに不愉快そうに顔をしかめ、ルイスは笑い声をあげた。
「やれやれ、仲良くできそうな気はするんだけどな」
「いつか仲良く出来るようになるさ。お互いが因縁を立ちきれば、必ずね」
そんな少年少女達を眺めながらベルモンドとダンバートは言葉を交わす。
撤収準備を進めながらもう少し休ませてやろうと皆が見守る中、『ロウェルの森』に穏やかな風が流れるのであった。