テラーノベル
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カムロドゥヌムの町に戻ったユーリは、本来の目的であるカレーの完成を推し進めた。
ファルトに頼んでおいた黄色マンドラゴラは、上手に乾燥されてスパイスになっている。
袋で運んできた唐辛子も、煙が立たないように慎重に扱って乾燥させた。今は改めて袋詰にして保管してある。
黄色マンドラゴラと唐辛子、それにシナモンは、ユーリ自身が毒見を数日続けて、なんともなかったので食用に踏み切った。ユーリが自分で食べると言うと周囲が反対すると思ったので、こっそりとやった。後でバレて、ナナが泣いてしまったので、悪いことをしたと思っている。
黄色マンドラゴラをターメリックとして加えたカレーは、やはり香り高く、一段階クオリティの良いものが仕上がった。
懐かしい日本のカレーと遜色ないものになり、ユーリも思わず「うん!」と拳を握った。満足できる出来上がりである。
カレー作りと並行して、ユーリは携帯食の改善にも取り組んだ。魔の森で食べた麦粥をもう一度食べたいとは思わなかったからだ。
しばらく考えて、思いついたのは『兵糧丸』である。
日本の古い時代の忍者が携帯食として使っていたと言われている食べ物だ。再現レシピがテレビで放映されていたのを、ユーリは覚えていた。
「携帯食を作るわ」
と、ユーリが言うと、ナナは不思議そうに首をかしげた。
「硬いパンとか、干し肉とかですか? そういうものじゃないと、持って歩けませんよね」
「持って歩くのを前提に、もっと栄養があっておいしさもそれなりにあるものを作るのよ。手伝ってね」
「はい!」
ファルトも一緒に兵糧丸作りを始めた。
本来の兵糧丸は、米やうるち米をベースに生薬や漢方になる植物、特に高カロリーなものを組み込んで作る。
ユピテル帝国の食材とかなりかけ離れた材料なので、ユーリは代替品を探した。幸い、ハーブ類は手元に揃っている。
「炭水化物、穀物のベースは麦として……。それ以外は、豆を使いましょう」
ユピテルでは豆の種類が豊富だ。レンズ豆やそら豆が多く、ひよこ豆や大豆もある。今回はタンパク質が豊富な大豆を使うことにする。
まず、大豆は煮て軽く潰す。
小麦粉と合わせて練って、ハチミツ、オリーブオイル、生姜と数種類のハーブを加えてさらに混ぜた。
すっかり混ざったら、幅二、三センチ程度の棒状に伸ばしてオーブンで焼く。日持ちをさせたいので、しっかりめに焼いた。
冒険者ギルドの厨房には簡易的なパン焼き窯があり、オーブンとして使えるのだ。
焼き上がったのは、堅焼きクッキーのようなもの。
「兵糧『丸』ではないけれど、食べやすい形だと思う」
日本の某バランス栄養バーくらいの大きさに切って、出来上がり。
「おいしい!」
ファルトが食べて喜んでいる。いくつも食べようとするので、ナナがぺしっと手をはたいて止めていた。
「おいしいです。案外お腹にたまりますね」
ナナはゆっくりもぐもぐと食べている。ユーリは微笑んだ。
「口の中の水分が持っていかれちゃうから、水と一緒に食べないとね」
「それでも、カチカチのパンよりずっと食べやすいですよ。この形なら、歩きながらでも食べられちゃう」
「スパイスを変えて味付けに変化を出せば、飽きないで食べられると思うのよ」
「いいですね、それ! 豆も他の種類なら味が変わりますから」
「そうそう、オリーブオイルの代わりにバターでもいいし。工夫のしがいがあるわね」
「カレーの出来上がりもバッチリなのに、こんなのまで作るなんて。ユーリ姐さんは本当にすごいよ」
ファルトは本当に嬉しそうだ。そんな彼の頭を、ユーリは撫でてやった。
「最初にファルトが『魔物肉を売ってみんなで食べよう』と言い出してくれたからよ。最初に思いつくのはとても難しいの。だから一番すごいのは、ファルト」
「えへへ……。俺さ、魔物肉でお金を稼いだら、故郷に仕送りしたいんだ。俺の村は貧しくて、いつでも暮らしに困っているから。お金でも食べ物でも送ってやって、父ちゃんや母ちゃんに楽をさせてあげたい」
「うん。きっとできるわ」
カレー事業はカムロドゥヌムの町の食糧改革として、アウレリウスと話を詰めながら進めている。一般に売り出す他、軍団兵の食事に組み込む計画もあった。
食材や売る場所の確保なども進んでおり、働き手はファルトのような少年も多く雇う。力仕事ではなく、危険もないから少年や少女でもできる仕事になる。
カムロドゥヌムは冒険者が多いため、冒険者である親を亡くしてしまった子供も少なくない。ある程度は冒険者ギルドで面倒を見ているが、浮浪児になったり犯罪に手を染める前に、彼らをすくい上げる有効な方法として仕事の割当が期待されていた。
折しも季節は六月後半。夏至を間近に控えた季節だった。
時間は少し前後する。
魔の森の採集から帰ってきたユーリたちは、白いポメラニアンを連れてアウレリウスの執務室へ向かった。
「魔の森で妙な奴を見つけた」
開口一番、ユリウスが切り出す。剣の鞘で遺物の首輪を引っ掛けて、執務机の上にずいと乗せる。小犬はきまり悪そうな顔で机に尻を乗せた。
アウレリウスは眉をしかめたが、尋常ではないユリウスの態度を察して、話の先を促した。
「鑑定してみてくれ。こいつは何に見えるか」
「……? ただの小犬だろうが、まあいい」
小犬を見る彼の紫の目が、微かに青みを帯び――途端、ぐらりと体がかしぐ。
「アウレリウス様!」
ユーリが駆け寄って支えようとするが、アウレリウスはどうにか持ち直した。
「なんだ、それは……?」
明らかな警戒の眼差しで、小犬をにらんでいる。
ユリウスが尋ねた。
「どう見えた?」
「鑑定の結果は『犬』で間違いなかった。お前の言葉がなければ、それで終わる程度のありふれたものだった。だが、細かく見ようとした瞬間に強烈な違和感に襲われた。表現し難いが……あえて言うならば、濃すぎる魔力の渦に無防備に手を突っ込んだような感覚」
「やはり、そうか。こいつは魔物だよ。それも恐らく規格外に強力だと思われる個体」
「なに!? ユリウスよ、お前、そんな危険なものを町に持ち込んだのか!」
アウレリウスが立ち上がった。視線だけを小犬にやると、その周囲に魔力の防壁が張り巡らされる。防壁は小犬を閉じ込めた。
ユリウスは肩をすくめた。
「僕も迷ったんだけどね。殺そうとしても一筋縄ではいかないし、なによりもユーリに懐いている。無理に追い払ったり殺してしまったりしたら、彼女が悲しむと思って」
「冗談でしょ……」
くすくす笑っているユリウスに、ユーリはげんなりして言った。彼が遠慮のない殺気を放っているのは、何度も見ている。今更という感じだった。
「まあ、それは冗談半分本気半分で。僕が思ったのは、こいつは魔王竜の手がかりになるかもしれないということさ」
アウレリウスは無言で目をそばめた。端正な顔から完全に表情が消えて、まるで彫像のように佇んでいる。
ユリウスは続けた。
「幸いにして、こいつは今は害意がないらしい。ユーリが言うには、ユーリの故郷に何かの関係があるかもしれないと」
ユリウスの視線を受けて、ユーリはうなずく。彼女がヤヌスの選定で異世界から転移して来たことは、ユリウスと仲間たちには話してあった。
「私の故郷で、この小さい白い犬のマスコットが人気だったんです。何匹かいて、赤い首輪の子もいました。偶然とは思えない」
「……異世界の?」
アウレリウスの感情のない声に、ユーリは気圧されないよう必死で答えた。
「私の世界には、魔物なんていませんでした。もしかしたらこの子は、私以外のヤヌスの英雄に由来するかもしれません。もしそうであれば、この子は人間の味方です。たとえ魔物の姿であっても」
「なるほど。一応は筋が通っている。――ヤヌスの英雄は過去に五人。剣聖マーティン、巫女ヨハンナ、軍師シンロン、鍛冶師オサフネ、そして大魔道アイリ。最も古い英雄は巫女ヨハンナ、およそ八百年前の建国期の存在だ」
アウレリウスの言葉に、ユーリは反応した。
「オサフネという人は、私と同じ日本人かもしれません。刀鍛冶の一派で有名な名前です。あと、地球とユピテルは必ずしも同じ時間ではないのかも」
白犬は日本でそれなりに歴史のあるマスコットだが、それでも数十年程度だ。何百年も前のヤヌスの英雄たちが持っていたとしたら、異世界の間では時間のズレがあると考えるのが妥当である。
「なるほど、きみの考えは興味深い。……オサフネは特殊な剣の打ち方をユピテルに伝えたと言われている。ただ材料の調達が困難だったこともあり、作られたものはごくわずか。現存しているものは一本もない」
「オサフネの剣が見つかったら大変だよ。剣士の間で奪い合いになるだろう」
と、ユリウス。
「ついでに言うと、大魔道アイリは僕らグラシアス家の祖先でね。五百年前に魔の森を一度は平定してみせたすごい人物さ。活躍の途中でブリタニカの地の青年と結ばれて、グラシアス家を作った。アウレリウスもそうだが、うちの家系に魔力持ちが多いのは彼女の血筋だろうね」
(アイリ。アイリーンかしら? それなら英語圏の女性だったのね)
ユリウスの言葉を聞きながら、ユーリはそんなことを思った。
ユリウスは続ける。
「ユーリの意見もあって、この犬の危険度はとりあえずは低いと見ている。それよりも特異な魔物だ。調べられるだけ調べて、魔王竜につながる何かを引き出せないかと思ったんだ」
「……ユリウスよ。ユーリの心情を抜きにして、この犬を殺せるか?」
アウレリウスが平坦な声で言ったので、ユーリは驚いた。
ユリウスは軽く首を振る。
「分からない……。実は一度、とどめを刺すつもりで剣を抜いた。だがあっさり逃げられたよ」
「お前に殺せぬのであれば、誰の手にも余るだろう。……承知した。町に置くのを許可しよう」
小犬の周囲の魔力障壁が解かれた。ポメラニアンは嬉しそうに立ち上がって机を飛び降り、ユーリの足元までやって来る。
「ユーリよ、よく見張っておいてくれ。今となってはきみの意見と善意を信じるしかないようだ」
「はい。根拠がなくて申し訳ないけれど、私は大丈夫だと思っています。この子がどうしても、悪いものには思えなくて」
ユーリは小犬を抱き上げる。小犬は小さい舌を伸ばして、彼女の鼻の頭を舐めた。
「ふふっ。……あ、そうだ。お前の名前を決めてやらないとね」
小犬は期待に満ちた目でユーリを見上げている。
「元のマスコットの名前は、まずいか。うーん。それじゃあ、真っ白でふわふわだから『シロ』!」
ユピテル語ではなく日本語で『白』。久々に口に出した故郷の言葉に、ユーリは胸が切なくなる。
「シロ? 変わった響きだね」
ユリウスが不思議そうにしている。
「私の故郷の言葉なの。意味はそのまま、白。よろしくね、シロ」
「ワン!」
シロは名前が気に入ったようで、小さい尻尾を千切れるばかりに振っていた。
羽海汐遠
11,195
ぬくみおんせん
21
#センチネルバース
かんな
976
#魔道具職人
こはる
208
コメント
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# 第38話 感想 カレー完成おめでとうございます〜!!✨ ユーリがこっそり毒見してナナちゃん泣かせちゃったエピソード、なんか微笑ましくて笑っちゃいました😭💕 兵糧丸の試行錯誤もすごく丁寧で、ファルトくんの故郷への想いにもう胸熱…!! そしてなんといってもシロちゃん登場!! アウレリウスが魔力障壁張るシーンめっちゃ緊張したけど、ユーリにぺろってするシロちゃん可愛すぎてきゅん死にしました🐶💕 日本語で「シロ」って名付ける切なさも相まって、もう…最高です!! 今後の展開が気になりすぎる…!!