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#役者パロ
1,200
322
文スト×ヒロアカ 3
午後のホームルームが終わるや否や、教室の空気はどこか浮き立っていた。
相澤消太は教壇に立つことすらせず、いつもの気だるげな様子で告げる。
「今日のヒーロー基礎学は俺とオールマイトと、あともう一人の教師で見る。」
生徒達が顔を上げた。
「学校敷地内だが、だいぶ離れたところにある場所で授業を行う。バス乗るからコスチューム持って外で集合な。」
それだけ言うと、相澤は本当にそれだけ言って教室を出て行った。
「えー、何するんだろー?」
芦戸が机に身を乗り出す。
「てか敷地内でバスって、ほんとこの学校どんだけ広いんだよ。」
上鳴が呆れたように言った。
中也は自席でコスチュームケースを手に取りながら小さく息を吐く。
(本当に素直な奴ばっかだな。)
前世では裏社会。今世でもマフィア。
そんな環境で生きてきた中也からすると、このクラスの連中は驚くほど真っ直ぐだった。
良くも悪くも。
そんなことを考えながら教室を出る。
ーーーーー
校舎前には大型バスが停まっていた。
「皆、列に並びたまえ!」
早速張り切っているのは学級委員長となった飯田天哉だった。
敵侵入事件の日以来、彼は以前にも増してやる気に満ちている。緑谷から正式に委員長を譲られたことが相当さ嬉しかったのだろう。
「秩序ある乗車こそ集団行動の第一歩だ!」
腕を振りながら指示を飛ばす飯田。
だが、
バスの扉が開いた瞬間、彼の動きが止まった。
「…………。」
数秒後。
がっくり…、本当にがっくりと膝をつく。
「まさか……このタイプの座席だとは……」
車内は観光バスではなく、向かい合わせの座席配置だった。
整列して座らせる作戦が開始前に崩壊したのである。
「元気出しなよ。」
「飯田ちゃん、ドンマイ。」
蛙吹と麗日が慰める。
中也は思わず吹き出しそうになった。
(委員長も大変だな。)
ーーーーー
バスが走り出す。
しばらくすると、自然と会話が始まった。
向かいの席では蛙吹が緑谷を見つめている。
「前から思ってたんだけど。」
「え?」
「緑谷ちゃんの個性って、ちょっと変じゃない?」
緑谷の顔が固まった。
「へ?」
「だって指折ってるじゃない。」
「ぐっ。」
「普通、そんな使い方しないもの。」
鋭い。
中也は思わず感心した。
蛙吹梅雨という少女は、案外観察力が高い。
「た、体質かな!」
「誤魔化した。」
即答だった。
その横では別の話題で盛り上がっている。
「爆豪ってさ。」
芦戸が顎に手を当てる。
「性格クソだよね。」
「クソだな。」
切島が即答する。
「クソを下水で煮込んだみたいな感じ。」
「そこまで言う!?」
上鳴が笑う。
爆豪本人は窓際で額に青筋を立てていた。
「テメェら聞こえてんぞゴラァ!!」
「聞かせるために言ったんだけど。」
蛙吹が真顔で返した。
中也は肩を震わせた。
(容赦ねぇな。)
そんな賑やかな時間は案外あっという間だった。
ーーーーー
「到着したぞ。」
バスが停止する。
外へ出た中也は思わず顔を上げた。
巨大だった。
白いドーム状の建築物。
その大きさは体育館などという次元ではない。
「うおっ……」
思わず声が漏れる。
「皆さん、待っていましたよ!」
出迎えたのは宇宙服のようなコスチュームに身を包んだヒーローだった。
「あっ!」
麗日の顔が輝く。
「スペースヒーロー・13号!」
「私好きなんだよねぇ!」
緑谷も興奮している。
「レスキュー活動の第一人者!」
「ブラックホールの応用技術が――」
いつものオタクモードが始まった。
ーーーーー
ドームの中へ入った瞬間。
A組全員が言葉を失った。
中央に巨大な広場。
その周囲には様々な施設。
「すげぇ……」
切島が呟く。
「USJかよ!」
上鳴が叫ぶ。
13号は満足そうに頷いた。
「水難事故、土砂災害、火災、その他諸々。」
両手を広げる。
「あらゆる災害を想定して私が作った演習施設です。」
そして胸を張る。
「その名も――」
一拍。
「嘘の(U)、災害や(S)、事故ルーム(J)!」
沈黙。
そして。
「ほんとにUSJだった!」
生徒達が一斉にツッコんだ。
盛り上がる生徒達の横で、中也はふと視線を向ける。
相澤が13号に何か耳打ちしていた。
二人は短く言葉を交わす。
13号が困ったような顔をする。
相澤が溜息を吐いた。
そしてこちらを向く。
「オールマイトが少し遅れる。」
生徒達がざわつく。
「だから授業は俺と13号で始める。」
そう告げると、13号が一歩前へ出た。
「それでは始める前に、お小言を一つ二つ――」
指を立てる。
「三つ、四つ……五つ……六つ……」
「増えた!」
教室ならぬ施設内にツッコミが響いた。
13号は楽しそうに笑う。
「皆さんご存知だと思いますが、僕の個性はブラックホール。」
宇宙服の指先を見つめる。
「触れたものを全て塵に変えてしまいます。」
「その個性で人命救助してるんですよね!」
緑谷が即座に反応する。
さすがヒーローオタクである。
13号は優しく頷いた。
「ええ。」
そして少しだけ声色を変えた。
「ですが、この超人社会において。」
空気が静まる。
「皆さんの個性も、私の個性も。」
「使い方を間違えれば人を簡単に傷付け、殺すことが出来る。」
生徒達の表情が引き締まる。
「だからこそ。」
13号は静かに言った。
「力は人を救うために使ってください。」
「皆さんの個性は、人を傷付けるためではなく、人を助けるためにあるのです。」
穏やかな声だった。
優しい言葉だった。
きっとヒーローとしては正しく模範的な考え方なのだろう。
だが。
(綺麗事だな。)
中也は心の中で呟いた。
守るために戦う。それは分かる。
だが、現実はもっと複雑だ。
守るためには傷付ける必要がある。時には殺さなければならない。合理的最適解を求めるなら尚更だ。そういう場面を、中也は何度も見てきた。
(それに……)
ちらりと13号を見る。個性、ブラックホール。全てを飲み込み、消し去る力。
中也の脳裏に浮かぶのは、己の異能の最終形態。
――『汚濁』。
重力の特異点。世界すら歪める災厄。
(人を傷付けるための力じゃない、か。)
少しだけ苦笑する。
(俺の中には、思いっきり人を殺しまくってた力があるんだよな。)
しかも現在進行形で。
(あー……気まずい。)
誰にも聞こえないように小さくため息を吐いた。
…その時だった。
USJの入口付近に、奇妙な違和感が生まれた。
それはほんの一瞬だった。
空気が揺らいだような。 空間そのものが歪んだような。
説明のつかない不快感。
中也は反射的に顔を上げる。
その瞬間――
バチンッ!!
施設全体の照明が一斉に落ちた。
「っ!?」
誰かの息を呑む音。
巨大なドーム内部が薄暗闇に包まれる。
先ほどまで明るく照らされていた人工都市や河川地帯が影に沈み、生徒たちの間にざわめきが広がった。
「な、何だ!?」
「停電!?」
「設備トラブルか!?」
混乱する声。
だが、中也だけは違った。
視線は真っ直ぐ一点を捉えている。
USJ中央広場。
そこにあった。
黒い靄。
まるで空間に穴が開いたような異様な闇。
見覚えがあった。
忘れるはずがない。
職員室で遭遇した、あの男の個性。
(黒霧――!)
全身の毛が逆立つ。
脳が危険信号を鳴らした。
これは事故じゃない。
訓練でもない。
本物だ。
「イレイザー!!」
中也の声がUSJに響き渡った。
ほぼ同時だった。
相澤の表情が一変する。
眠たげな目は消え失せ、鋭利な刃物のような視線が黒い靄へ向けられた。
そして。
「全員固まって下がれ!!」
鋭い怒声。
それは教師の指示というより、戦場で飛ぶ警告に近かった。
生徒たちは一斉に振り返る。
「え?」
「な、何?」
「どうしたの!?」
戸惑う声が飛び交う。
だが相澤は繰り返した。
「早くしろ!!」
その迫力に押されるように、生徒たちが後退を始める。
しかし状況を理解できていない者も多い。
芦戸が首を傾げた。
「え、何これ!?」
上鳴も笑い混じりに言う。
「入試みたいな実はもう始まってるパターン!?」
その言葉を、
中也は即座に否定した。
「違う!!」
全員の視線が向く。
中也は黒い靄を睨みつけたまま言った。
「あれは敵だ!」
空気が凍り付く。
敵。
その一言の重みは大きかった。
「は……?」
緑谷の顔から血の気が引く。
「敵って……」
飯田も目を見開いた。
「まさか本物の……!?」
有り得ない…誰もがそう思った。
ここは雄英高校。
日本最高峰のヒーロー育成機関。
現役プロヒーローが常駐し、最高水準の警備システムを誇る場所。
そんな場所に敵が侵入するなど――
普通なら考えられない。
だが。
現実は目の前にあった。
黒い靄がゆっくりと広がる。
闇の中から現れた敵を見た瞬間だった。
中也の呼吸が止まった。
頭を鈍器で殴られたような衝撃。
視界が白く染まる。
心臓が激しく脈打つ。
どくん、どくん、と嫌な音を立てながら。
足元が揺れる。
世界が遠くなる。
「中原?」
耳郎の声が聞こえた。
だが、意味を理解できない。
音が歪む。
水の中から聞いているように遠い。
「ちょっと、大丈夫!?」
肩を掴まれそうになっても反応できない。
ただ。
ただ一人だけを見ていた。
黒い靄。
そして、その隣に立つ男。
「あーあ。」
気怠そうな声。
「なんだよ、オールマイトいねえじゃん。」
首を掻く白髪の青年。
その隣で。
黒い靄の男が肩を竦める。
「あらら、ほんとだね。」
柔らかな声。
聞き慣れた声。
絶対に忘れられない声。
「どうするの、弔くん。」
――ああ。
中也の思考が止まる。
――その声は。
――その姿は。
「え、ちょっと!?」
耳郎の顔が青ざめた。
「中原……ッ!」
ふらり、と中也が歩き出したからだ。
敵へ向かって。
一直線に。
耳郎が慌てて腕を伸ばす。
だが。
その手は空を切った。
「中也ちゃん!?」
麗日が叫ぶ。
「おい、中原!」
切島も声を張り上げる。
「危ねぇから戻れって!」
「よせ、中原!」
飯田まで飛び出そうとする。
だが。
中也の耳には届いていなかった。
ただ。
目の前の人物だけを見ていた。
そして。
震える唇から零れ落ちる。
「だざ……」
誰にも聞こえないほど小さく。
「太宰……」
その瞬間だった。
黒霧の隣にいた男が固まる。
ぴたり、と。
時間が止まったように。
そして。
ゆっくりとこちらを向いた。
「……え?」
黒霧が目を瞬く。
死柄木も怪訝そうな顔になる。
だが。
男だけは違った。
瞳が見開かれる。
信じられないものを見るように。
震える声。
「……ちゅう、や?」
中也が立ち止まる。
そこでようやく。
周囲の声が耳に戻ってきた。
ハッと我に返る。
「……。」
数秒。
沈黙。
そして、中也は振り返った。
心配そうに見ているクラスメイト達。
警戒を崩さない相澤。
混乱する13号。
中也は苦笑した。
「……俺は大丈夫。」
そう言って肩を竦める。
「悪ぃ。」
申し訳なさそうに笑った。
「どうしても会わなきゃなんねぇ奴がいるんだ。」
そして親指で後ろを指す。
「なんかあったら飛んで帰ってくるからよ。」
ニカッ。
いつもの笑顔。
その言葉に。
誰も返事ができなかった。
理解が追いつかない。
敵がいる。
危険な状況だ。
なのに。
中也はまるで恋人と再会したような顔をしている。
そして、
再び歩き出した。
その時、
「ちゅう……や?」
震える声が響く。
「あ……」
男の顔が歪む。
「ちゅうや…!中也!…中也!!」
次の瞬間。
男が走り出した。
黒霧が目を見開く。
「太宰さん!?」
死柄木も叫ぶ。
「おい何してんだ!?」
だが止まらない。
男――太宰は一直線に駆け出した。
USJ中央へ続く階段。
静かに降りていく中也。
泣きそうな顔で駆け上がる太宰。
そして。
二人が階段の中腹で出会った瞬間。
ふわっ。
太宰が中也を抱き締めた。
強く。
壊れ物を抱くように。
必死に。
「「「「!?!?!?」」」」
全員が固まった。
A組、ヴィラン連合、13号、相澤……誰一人として理解できない。
敵と生徒が、抱き締め合っている。
意味が分からない。混乱しかない。
太宰は中也の首筋へ顔を埋めた。
まるで迷子の子供のように。震える声で呟く。
「中也……。」
ぎゅう、と抱き締める。
「中也……会いたかったよ。」
その声は掠れていた。
「ずっと……。」
中也は何も言わない。
ただ。
ぽん、ぽん…と太宰の背中を叩く。
赤ん坊をあやすように。
優しく。
静かに。
「おう。」
短い返事。それだけだった。
だが。
太宰は泣きそうな顔をしていた。
その様子を見て、女子達の脳内で何かが爆発した。しかしながら当人たちは何も気にしていない。
二人だけの世界。
太宰は中也の肩を掴む。何度も顔を見た。確認するように、信じるように。
「中也だ……。」
震える声。
「本物の中也だ……。」
中也は苦笑する。
「よくこんな姿で俺だと分かったな。」
今の中也は少女の姿をしているのだ。前世とは似ても似つかない。
だが。
太宰は即答した。
「分かるよ。」
当たり前のように。
「だって君は君だもの。」
その笑顔はどこか泣きそうだった。
「ずっと会いたかった……。」
小さく呟く。
「まさか此処で会えるなんて思わなかった。」
周囲は完全に置いてけぼりだった。
((((なんか二人の世界入ってる!?))))
全員の心が一致する。
そんな中。
太宰はしみじみと頷いた。
「転生して女の子になっても、中也は変わらないね。可愛くって、小さくっ――」
ゴッ!!
鈍い音。
太宰の身体が吹っ飛んだ。
数メートル先の床を転がる。
「俺は!!」
中也が怒鳴る。
「チビじゃねぇ!!」
びしっと指を突き付けた。
「成長期なだけだ!!」
静寂。
そして。
(((そこは通常運転なんだ……)))
全員が同じ感想を抱いた。
吹き飛ばされた太宰は頭を掻きながら立ち上がる。
ケロッとしていた。
「ひどいなぁ!愛してるの一言くらいあってもいいじゃないか!」
「ねぇよ!」
太宰は両手を広げる。先ほどのしんみりとした空気はどこへやらである。
「言ってごらんよ!」
無駄にキラキラしていた。
「会いたかったよマイダーリン♡って!」
「言うか!!」
即答。
「この青鯖!!」
太宰は大袈裟に胸を押さえた。
「酷い!」
「酷くねぇ!」
中也の怒りは止まらない。
「お前には散々やられてきた鬱憤があんだよ!」
「例えば?」
「執務室の机の引き出しにカマキリの卵入れやがっただろ!!俺の八十年物のワインをトマトジュースに変えやがった!!極めつきに愛車に爆弾仕掛けて木っ端微塵にしたのも忘れてねぇからな!!」
「芸術は爆発というじゃないか。というか、そんなことまだ覚えてたわけ?執着強い奴は嫌われるよ?相変わらず蛞蝓だな〜中也は。」
「誰が蛞蝓だ!阿保馬鹿太宰!!」
太宰は満面の笑みを浮かべる。
そして。
親指を立てた。
「これも愛だよ✨」
「アホか!テメー!」
しかし太宰は止まらない。にっこり笑う。
「それに、中也は僕の狗なんだから…ご主人様の言うことはちゃぁんと聞かないとね♡」
再び沈黙。
そして、
「誰が狗だァァァァァァ!!」
中也が再び拳を振り上げた、その時だった。
「待て待て待て待て!!」
上鳴電気の絶叫がUSJ中に響き渡った。
「何二人の世界入っちゃってんの!?説明してくれますかなお姉さん!?」
「そうだぜ!!」
切島鋭児郎も勢いよく前へ出る。
「ちゃんと説明してくれ!!」
その言葉にA組の生徒達が一斉に頷いた。
本当にその通りだった。
敵襲の真っ最中。ヴィランが大量に侵入している。
なのに、敵側の男がクラスメイトに抱きつき、再会を喜び、挙句の果てには痴話喧嘩みたいなやり取りをしている。
意味が分からない。
全く分からない。
すると太宰は首を傾げた。
「え?」
きょとん。
心底不思議そうな顔。
「説明も何も見たまんまだよ?」
にこり、と微笑む。
「僕らは運命の二人だからね。」
沈黙。
そして。
「「あんたに聞いてねぇよ!!」」
上鳴と切島のツッコミが完璧なハモリを見せた。
「えぇ……。」
太宰は胸を押さえる。
「ひどくない?」
「ひどくねぇよ!!テメェがそんなんなのが悪りぃんだろ。」
呆れたような声で中也が言った。
そして。
ふと表情が変わる。
先ほどまでの怒鳴り合いとは違う。
真剣な眼差し。
静かな声音。
「太宰。」
太宰が視線を向ける。
「……あっちにいたって事は。」
言葉が続かない。
死柄木の隣にいた。ヴィラン側にいた。
それはつまり――。
中也の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
犯罪・殺人・裏切り…
やっと再会できたのに、監獄行きで会えなくなるなどお笑いだ。
そんな不安。
そんな恐怖。
それを察したのだろう。
太宰は少しだけ目を見開いた。
そして。
ふっと。
優しい笑みを浮かべた。
ゆっくりと手を伸ばす。
ぽん。
中也の頭に手が乗った。
「安心してよ、中也。」
穏やかな声だった。
「僕は此処に来て一度も悪に手を染めてないよ。」
中也の瞳が揺れる。
数秒。
その言葉を噛み締めるような沈黙。
そして。
「……そうか。」
小さく息を吐いた。
肩から力が抜ける。
本当に安心したように。
中也はそっと太宰の胸元へ額を預けた。
ぎゅっとではない。
ほんの少しだけ。
だが。
それだけで十分だった。
「「「「きゃあああああああ!!!」」」」
女子陣が爆発した。
「なになになになに!?」
「待って待って待って!!」
「尊い!!」
「今の見た!?」
「見た!!」
芦戸は既に大興奮である。
耳郎は頭を抱えていた。
麗日は顔を真っ赤にしている。
八百万は頬を押さえて固まっていた。
蛙吹だけが比較的冷静だった。
「仲が良いのね。」
「その感想で済ませる梅雨ちゃんもすごいよ!?」
耳郎が思わず突っ込んだ。
だが。
そんな空気をぶち壊すように。
「どういうことだ太宰!!」
怒号が響いた。
死柄木弔。
顔に貼り付いた手の隙間から血走った瞳が覗く。
「お前……裏切ったのか!?」
苛立ちが隠せない。
「しかもその餓鬼!」
中也を指差す。
「昨日俺達の邪魔をした奴じゃねぇか!!」
空気が張り詰める。
だが。
太宰は振り返ることすらしなかった。
中也を抱きしめたまま。
ただ静かに笑う。
「裏切る?」
くすり。
「僕は別に君たちの仲間になった覚えは無いよ。」
さらりと言った。
まるで天気の話でもするかのように。
「先生とやらが勝手に拾って、勝手に育てただけでしょう?」
そして、
にっこり。
「あ、でも衣食住はありがとね。」
死柄木の表情が完全に消えた。
怒りを通り越している。
黒霧ですら絶句していた。
「……。」
沈黙。
そして。
死柄木の肩が震え始める。
「あぁ。」
掠れた声。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
頭を掻き毟る。
「イライラする!!」
叫び声がUSJ中に響く。
「脳無!!」
その瞬間だった。
広場中央にいた異形の怪物が動く。
筋肉の塊のような巨体。
露出した脳。
人間離れした威圧感。
生徒たちの顔色が変わる。
「なっ……!」
「来る!!」
脳無は地面を砕きながら跳躍した。
一直線。
狙いは中也と太宰。
「中原さん!!」
緑谷が叫ぶ。
直後。
轟音。
ドゴォォォォォンッ!!
階段が崩壊する。
土煙が吹き上がる。
視界が真っ白になる。
「中也ちゃん!!」
麗日の悲鳴。
駆け寄ろうとした瞬間。
黒霧のワープゲートが広がった。
「っ!」
生徒たちは強制的に別方向へ飛ばされる。
相澤も中央広場で大量のヴィランを相手取っている。
助けに行けない。
誰も二人の安否を確認できない。
土煙だけが広がる。
死柄木は口元を歪めた。
「終わりだ。」
そう呟いた瞬間。
煙の向こうから。
聞き慣れない声が響いた。
「ちょっと中也!」
太宰だった。
「反応が遅いんじゃないの!?」
次の瞬間。
「うっせぇよ青鯖!!」
中也の怒声が返ってくる。
「手前が離れねぇからだろうが!!」
ドカァァァァァン!!
凄まじい衝撃音。
煙幕が吹き飛んだ。
そして。
巨大な何かが空を舞う。
脳無だった。
数十メートル。
いや、それ以上。
砲弾のような速度で吹き飛ばされていく。
中央広場。
ヴィランと戦っていた相澤たちの頭上を通過し。
遥か彼方へ叩き飛ばされた。
「な……。」
死柄木の声が震える。
煙が晴れていく。
その中から二つの影が現れた。
一人は少女。
夕焼け色の髪を揺らしながら立つ中也。
その隣には。
包帯を巻いた青年。
太宰治。
二人とも無傷だった。
死柄木の瞳が見開かれる。
「なんで……ッ!!」
理解できない。
脳無が負けた。
たった一撃で。
太宰はゆっくり笑った。
「悪いねぇ、弔くん。僕らは…」
中也も口元を吊り上げる。
その瞬間。
二人の声が重なった。
「「最強の“双黒”なんだ。」」
USJの空気が変わる。
まるで長い眠りから怪物が目を覚ましたような。
圧倒的な存在感。
中也は拳を握る。
そして隣を見る。
「太宰。」
短い呼びかけ。
それだけで十分だった。
太宰は笑う。
昔と変わらない笑みで。
「仰せのままに、相棒。」
その言葉と共に。
脳無の群れが、崩れた瓦礫の向こうから一斉に姿を現した。
「……チッ」
中也は舌打ちしながら一歩前へ出る。
重力が空気を押し潰すように広がり、地面の破片が浮き上がった。
だがその瞬間、隣で太宰が小さく息を吐く。
「やれやれ……本当に面倒だねぇ」
軽い口調とは裏腹に、その視線は冷えていた。
「死柄木弔くーん。君、センスないよ。もう少し上手く隠れなよ」
「……殺す」
死柄木弔の声が低く震える。
顔に張り付いた“手”の隙間から覗く目が、赤黒く歪んでいた。
「脳無」
その命令と同時に、異形の怪物たちが一斉に地面を蹴る。
次の瞬間、空気が爆ぜた。
「──遅ぇんだよ」
重力が跳ねる。
中也の一撃は、ただの蹴りだった。
しかしその一蹴で、最前列の脳無が壁ごと吹き飛ぶ。
「なっ……!?」
緑谷の叫びが遠くで響いた。
「何だあの威力……!」
「見てる場合かよ!」
峰田が歯を食いしばりながら叫ぶ。
その間にも脳無は次々と押し寄せる。
だが中也は動じない。
「先生、生きてるか?」
倒れている相澤消太の首筋に手を当て、呼吸を確認する。
「……生きてるな」
無理やり脳無の突進をいなし、瓦礫の陰へ蹴り飛ばす。
そして視線だけで、隠れていたA組の生徒たちを捉えた。
「おい、こっちだ」
「で、でも中原さん……!」
緑谷が震えながら声を上げる。
「中原ちゃんだけじゃ……!」
「いいから行け」
低い声。
だが怒鳴りではない。
「飯田がさっき外に出た。すぐ応援が来る。それまで足止めする」
「でも先生でも勝てなかった相手なんだよ!?」
麗日が叫ぶ。
その瞬間、脳無が咆哮した。
「──来るぞ!」
「っ……!」
だがその前に。
軽い足音が落ちる。
「はいはい、うるさいうるさい」
黒いコートの男が、いつの間にか隣に立っていた。
「……太宰!」
死柄木が目を細める。
だが太宰は気にもしない。
「このチビは強いからね。小さいけど」
「誰が小さいだ!!」
「ほらね」
肩をすくめる。
そして一瞬だけ、生徒たちへ視線を向けた。
「君たちは戻っていいよ。ここから先は“大人の喧嘩”だから」
「……でも!」
「いいから」
その声は柔らかいのに、有無を言わせない力があった。
数秒の沈黙の後、ようやく生徒たちは後退する。
「気をつけてよ……!」
「無茶しないで!」
背中に声が飛ぶ。
中也は軽く手を振った。
「わかってる」
生徒たちが離れたのを確認すると、空気が一気に変わる。
広場の中央。
中也は脳無の群れの前へ。
太宰は死柄木の前へ。
まるで境界線を引くように、二人は並び立った。
「太宰……殺す」
死柄木の声は憎悪に濁っている。
だが太宰は肩をすくめた。
「やだなぁ。君の個性は強いけど、本体は弱いじゃないか」
「……ッ!」
「“私”に勝てるかな?」
その言葉に、死柄木の顔が歪む。
「脳無!!」
叫びと同時に、さらに数体の異形が出現した。
圧倒的な物量。
だが中也はそれを見て、静かに息を吐く。
「……面倒くせぇな」
(全部まとめて潰すか)
脳裏に浮かぶ“力”。
重力の深淵。
黒く濁る破壊衝動。
だが。
「ダメだよ、中也」
太宰の声が、それを遮った。
視線の先。
太宰は死柄木を見たまま、しかし確かに中也へ言っている。
「“アレ”は使うな」
「……」
中也は舌打ちした。
「分かってる」
だが脳無は止まらない。
次の瞬間。
太宰の手が中也の腕を掴んだ。
意外なほど強い力。
「やめて」
その声は少しだけ揺れていた。
「それは駄目だ」
「……太宰」
中也は視線を落とす。
太宰の指が、わずかに震えている。
いつもの軽薄さはない。
ただ“止めたい”という意思だけがそこにあった。
中也は小さく息を吐く。
そして、その手に自分の手を重ねた。
「分かった」
短く。
だが確かに。
「やらねぇよ」
視線を合わせる。
「だから離せ」
太宰は数秒だけ見つめ返し、そしてようやく手を離した。
「おい、お前らぁ……」
死柄木の声が低く響く。
「俺達の存在、忘れてんじゃねぇぞ」
その瞬間。
空気が張り詰める。
だが中也は振り向きもせず、軽く肩を回した。
「悪ぃな」
そして横にいる太宰を一瞥する。
「俺のダーリンは心配性でな」
太宰はにこりと笑う。
「やだなぁマイハニー。僕はただ生徒を巻き込みたくないだけだよ」
「言ってろ」
「君だってそうでしょ?」
「さぁな」
二人の間に、ほんの一瞬だけ昔と変わらない空気が流れる。
「それに、もうすぐ真打の登場だ」
太宰が呟いた途端、バンッ、と大きな音と共にドームの扉が開いた。生徒たちが歓喜に沸く。
「もう大丈夫。私が来た‼︎」 「ほらね」「ゲームコンティニューだ」
太宰と死柄木の楽しげな声が重なった。
ーーーーー
オールマイトが到着してからの展開は、一瞬だった。
圧倒的だった。脳無の拳が振るわれる。
普通のヒーローなら防御に回るしかない一撃。
だがオールマイトは真正面から受け止めた。
轟音、衝撃波…USJ全体が揺れる。
それでもなお、オールマイトは笑っていた。
「私が来た!」
その一言だけで空気が変わる。
生徒たちの表情に希望が戻る。
ヴィランたちの顔には焦りが浮かぶ。
そして、
「なんでだよ……!」
死柄木が歯噛みした。
「弱ってるんじゃなかったのかよ……!」
苛立ちと困惑。計画は狂い始めていた。
その様子を、中也と太宰は少し離れた場所から見ていた。
崩れた瓦礫の上。
戦場から一歩引いた位置。
「俺がやった方が早ぇのにな。」
中也がぽつりと呟く。
脳無も死柄木も。本気を出せば終わる。
少なくとも中也自身はそう思っていた。
だが、
隣の太宰は首を横に振る。
「まぁいいじゃないか。」
穏やかな声だった。
「ヒーローの見せ場を奪うのは野暮というものだよ。」
「別に奪う気はねぇよ。」
「それに──」
太宰の言葉が少しだけ途切れる。
視線は戦場へ向いている。だがどこか遠くを見ているようにも見えた。
「もう君にアレは使わせたくないのだよ。」
中也は黙る。
「少なくとも。」
太宰が続ける。
「僕がいないところではね。」
その声は軽い。いつも通りの調子。
けれど、
その瞳だけは違った。
揺れていた。
ほんの僅かに。
不安そうに。
怖がるように。
中也はその横顔を見つめた。
脳裏に浮かぶ。
森鴎外の話。
尾崎紅葉の話。
自分が死んだ後の太宰。
(……。)
中也は視線を逸らせない。
太宰は相変わらず戦場を見ている。
だが、
どこか寂しそうだった。
まるで、また失うことを恐れているように。
そのことに気付いてしまって。
中也は少しだけ胸が苦しくなった。
すると、
太宰がちらりとこちらを見る。
「なぁに?」
口元が緩む。
いつもの胡散臭い笑顔。
「そんなに熱烈に見つめちゃって。」
「……は?」
「照れるなぁ。」
「誰が。」
「やっぱり中也も久しぶりの再会で──」
「自意識過剰だバーカ。」
即答だった。
太宰は肩を落とす。
「ひどい。」
「ひどくねぇ。」
「もっとこう、『会いたかった』とかあるだろう?」
「ねぇよ。」
「『太宰がいなくて寂しかった』とか。」
「あるわけねぇだろ。」
「『毎晩枕を濡らしてました』とか。」
「殺すぞ。」
「照れなくても──」
「殺すぞ。」
二回言った。
太宰は口を閉じた。
しかし、今言ったもの、全て本当はした、思っていたものである。本人には決して言うつもりはないが。
だが数秒後。
「でも。」
「?」
「君が生きてて良かった。」
中也が目を瞬く。
太宰は前を向いたままだ。表情も見えない。
だからこそ、
その言葉だけが妙に真っ直ぐ耳に届いた。
「本当に。」
小さな声。
中也は少しだけ黙り込む。
そして、
ふっと鼻で笑った。
「そりゃどうも。」
ぶっきらぼうな返事。
けれど、
それだけで十分だった。
太宰もそれ以上は何も言わない。
二人は並んで戦場を見つめる。
遠くではオールマイトの拳が脳無を吹き飛ばし、死柄木が叫び、ヴィランたちが撤退を始めていた。
戦いは終わりへ向かっている。
けれど中也は思う。
(まさか本当に会えるとはな。)
転生して。
世界が変わって。
姿まで変わった。
もう二度と会えないと思っていた。
それなのに。
隣には太宰がいる。
鬱陶しくて。
うるさくて。
どうしようもなく面倒で。
それでも。
確かに大切な相棒が。
今ここにいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
USJでの事件が終息してから数時間後。
雄英高校の一室では、何とも言えない空気が流れていた。
相澤消太。 オールマイト。 13号。 そして数名のプロヒーロー。
そうそうたる面々が集まる中、話し合いは行われている。
本来ならば緊張感に満ちた場になるはずだった。
本来なら。
「さて、今後の君……ええと」
オールマイトが言葉を探す。
「太宰、太宰治です」
にこやかな笑顔で答えた青年に、オールマイトは頷いた。
「紹介ありがとう。太宰君のことに関してだが……」
そこで言葉が止まる。
全員の視線が自然と同じ場所へ向かった。
「……あの」
オールマイトが慎重に口を開く。
「なぜ中原少女を抱えているんだ?」
沈黙。
太宰はきょとんと首を傾げた。
まるで何を聞かれているのか分からないと言わんばかりである。
しかし、現在の二人の様子を見れば、この質問は当たり前であった。
太宰の膝の上。
そこには当然のように中也が座っていた。
しかも太宰は後ろから抱き込むような体勢で中也を腕の中に収めている。
完全に囲い込んでいた。
一方、中也はというと。
「俺が聞きてぇよ」
呆れたように答えた。
答えたのだが退こうとはしない。全くしない。
太宰の腕の中に収まったまま普通に会話へ参加している。
周囲のヒーロー達の頭に疑問符が浮かんだ。
何故退かない。何故それが自然なのだ。
「気にしないでくれ給え」
太宰がにっこり笑う。
「私たちは二人で一つのようなものだから」
「気にするわ!」
思わずミッドナイトがツッコんだ。
だが当人達は気にしていない。
中也など「まあそういう時もあったな」くらいの顔をしている。
もう考えるのをやめよう…相澤はそう判断した。長年教師をやっていると、時々理解を放棄した方が早いこともある。
「……話を戻すぞ」
疲れた声だった。
「もう一度確認する」
赤い目が太宰を捉える。
「君は犯罪を起こしていないんだな?」
「もちろん」
即答だった。
包帯の隙間から覗く片目が細められる。
冗談を言っている様子はない。
「では何故ヴィラン連合にいた?」
その質問に太宰は「ああ」と小さく頷いた。
「僕の個性?」
わざとらしく首を傾げる。
「まあ、正確には少し違うかもしれないけれど」
そして肩を竦めた。
「なかなか特殊なのだよ」
視線が相澤へ向く。
「おそらく貴方と似ているね」
「……何?」
「簡単に言えば」
太宰は淡々と言った。
「あらゆる能力を消すことができる」
部屋の空気が変わった。
相澤の眉が僅かに動く。
オールマイトも目を見開いた。
能力無効化。
それだけでも極めて希少な個性だ。
「なるほど」
相澤が低く呟く。
「だから狙われたのか」
「その通り」
太宰は笑った。
しかしその笑みには温度がなかった。
「例のハゲ頭のジジイ」
誰のことかは何となく全員察した。
「どうやら僕を欲しがったらしい」
言いながら中也を抱え直す。
ぎゅう。
自然な動作だった。
「おい」
「なんだい?」
「重くねぇのか」
「全然」
即答。
「むしろ軽すぎて心配になるね」
「ぶっ飛ばすぞ」
「可愛いなぁ」
「話進めろ!」
太宰は楽しそうに笑った。
そして何事もなかったように続ける。
「だから二歳になる前かな」
その声音だけが少し静かになる。
「家を襲撃されて誘拐された」
誰も口を挟まなかった。
「それから今まで」
淡々と。
本当に淡々と。
「十三年以上監禁生活だよ」
部屋が静まり返る。
軽く言った。
まるで大したことではないように。
けれど、その内容は決して軽くない。
十三年。
普通の子供なら人生のほとんど全てだ。
オールマイトが拳を握る。
13号も表情を曇らせた。
だが太宰本人だけが平然としていた。
むしろ周囲の反応を不思議そうに見ている。
その空気を破ったのは中也だった。
「お前」
太宰を見上げる。
「逃げなかったんだな」
単純な疑問。
だがそれは中也だからこその質問だった。
太宰なら逃げられる。
前世から知っている。
鍵があろうが監視があろうが。
抜け道を探すことに関しては天才だ。
太宰は少しだけ目を細めた。
「あー」
考えるように視線を上げる。
「まあね」
肩を竦める。
「ピッキング使えば逃げられたは逃げられたんだけど」
さらりと言う。
周囲のヒーロー達が一斉に反応した。
「待て」
相澤が遮る。
「今なんと言った」
「ん?」
「ピッキング」
「「「………」」」
沈黙。
太宰は首を傾げた。
「できるよ?」
当たり前のように言った。
「何で?」
「何でって何だ!?」
プレゼント・マイクが叫んだ。
オールマイトが頭を抱える。
相澤は深々と溜息を吐いた。
中也だけが呆れた顔をしている。
「だから言っただろ。こいつ昔からこんなんだ」
「いや説明になってない」
相澤は即座に否定した。
太宰は気にせず続ける。
「まあ逃げられたとしてもリスクが高すぎたからね」
今度は真面目な顔だった。
「失敗したら死ぬ」
「……」
「それに」
太宰は少しだけ目を伏せる。
「外に出たところで、一人だったから」
その言葉に。
中也だけが小さく眉を動かした。
十三年。
監禁生活。
外の世界を知らない子供。
逃げた先で生き延びる保証などどこにもない。
だから太宰は待った。
機会を。
確実に生き残れる瞬間を。
そして今日。
ようやくその機会が訪れたのだ。
「まぁこうして待ったお陰で中也に会えたのだけどね!」
「キモい!どけ!」
また喧嘩を始める二人に呆れつつも、根津校長が話し始める。
「とりあえず経緯は分かったのさ。しかし、君の身柄はどうするか……」
オールマイトが腕を組みながら唸る。
ヴィラン連合との接触歴はある。
しかし本人は被害者であり、犯罪歴も確認されていない。
保護は必要だが、扱いは慎重に決めなければならない。
部屋には重い沈黙が落ちた。
「それなら……」
中也が口を開く。
だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
コンコン。
不意に扉がノックされる。
そして返事を待つことなく扉が開いた。
「彼は我々が保護します。」
静かな声だった。
だが、その場にいたプロヒーローたちの空気が一瞬で変わる。
「――っ!」
「貴方は……!」
視線が一斉に入口へ向けられた。
そこに立っていたのは、スーツ姿の男だった。
整えられた髪。
四角い眼鏡。
そして慢性的な寝不足を思わせる疲れた顔。
しかしその目だけは鋭い。
「あ! 安吾じゃないか!!」
太宰がぱっと表情を明るくした。
「色々聞いてはいましたが……」
男――坂口安吾は苦笑を浮かべる。
「変わらないようで良かったです。」
その声音には安堵が滲んでいた。
「安吾……」
オールマイトが眉を寄せる。
「あんた、確か……異能特務課の……!」
プレゼント・マイクが思わず声を上げた。
坂口安吾は静かに頷く。
「その通り。異能特務課です。」
その一言だけで空気がさらに張り詰めた。
異能特務課。
異能力者を管理・監督する政府直属機関。
ヒーロー社会において知らぬ者はいない。
いや、知らないでは済まされない組織だ。
安吾はゆっくりと太宰へ視線を向ける。
「そして、こちらの太宰君は、我々が保護すべき……」
一拍置く。
「というより回収すべき“異能力者”です。」
その言葉に部屋の空気が凍った。
「そちらの中原さんと同様に……ね。」
異能力者。
その単語が重く響く。
プロヒーローたちの表情が変わった。
誰もが知っている。
だが深く関わることは滅多にない存在。
政府によって秘匿・管理される特殊な人間たち。
「ま、まさか……」
ミッドナイトが目を見開く。
「政府直々の推薦だったのは……!」
中也が小さく肩を竦めた。
「その通りだよ、ミッドナイト先生。」
あっさりと認める。
「俺は異能力者。」
そして淡々と続けた。
「異能力者の組織である“ポートマフィア”の五大幹部の一人だ。」
沈黙。
誰も言葉を発せない。
頭が理解を拒否している。
雄英高校一年A組。
推薦入学。
十五歳の少女。
その正体が――
マフィア幹部。
普通なら冗談にしか聞こえない。
だが異能特務課が認めた今、否定できる者はいなかった。
「……」
オールマイトが額を押さえる。
ミッドナイトは絶句している。
プレゼント・マイクは口をぱくぱくさせていた。
そんな中。
「中也くんの言う通りさ。」
新たな声が響いた。
全員が振り返る。
そこには一人の男が立っていた。
柔らかな笑み。
黒い外套。
医者のような穏やかな雰囲気。
だが、その存在感は異様だった。
「そして、これからは太宰君も……だね。」
その言葉に。
太宰の顔が露骨に歪む。
「げっ。」
心底嫌そうな声だった。
「森さんじゃん……」
「久しぶりだね、太宰君。」
男はにこやかに微笑む。
「迎えに来たよ。」
太宰は思い切り顔をしかめた。
それとは対照的に。
男の笑顔はさらに深くなる。
「あなたは……!」
ミッドナイトが息を呑む。
オールマイトも目を見開いていた。
「政府公認ヒーローの……!」
男は優雅に一礼した。
「申し遅れました。」
穏やかな声音。
だが部屋の誰もが耳を傾ける。
「政府公認ヒーロー兼――」
ゆっくりと名乗る。
「政府公認異能組織、“ポートマフィア”首領。」
そして。
「中原中也君と太宰治君の保護者。」
にっこりと笑った。
「森鴎外です。」
部屋の空気が完全に停止した。
情報量が多すぎる。
政府公認ヒーロー。
マフィア首領。
保護者。
どこから突っ込めばいいのか分からない。
そんな中。
太宰だけが即座に反応した。
「いや。」
真顔。
「僕まだ保護されてないんだけど。」
森は満面の笑みで答える。
「書類上じゃもうなってるから✨」
「キッモ。」
即答だった。
その瞬間。
中也の拳が机を叩く。
「テメェ!!」
ばんっ!
部屋中が揺れた。
「首領になんて口利きやがる!!」
怒号が飛ぶ。
だが森は両手で頬を押さえた。
「太宰君に嫌がられた…傷ついちゃうなぁ……♡」
本人たちはいつもの調子で言い合いを続けていた。
だが、その一方で。
プロヒーローたちの頭の中は、完全に混乱の渦中にあった。
政府公認ヒーロー。
その存在自体は知られている。
だが一般的なヒーローとは根本的に立場が違う。
異能特務課直属。
表に出せない任務。
ヒーローでは対応できない案件。
そして時には――殺しすら含む特殊任務を担う者たち。
人数は十数名程度。
詳細は秘匿されているが、この場にいるプロヒーローの多くは一度や二度、共闘した経験があった。
だからこそ理解できない。
「まさか……政府公認ヒーローって……!」
ミッドナイトが呆然と呟く。
その言葉に答えたのは坂口安吾だった。
眼鏡をくい、と押し上げる。
「ええ。」
淡々とした口調。
「政府公認ヒーローとは、異能者が自由に問題なく異能を使えるよう、異能者専用に創設された制度です。」
さらりと言う。
まるで当たり前のことのように。
「つまり――」
安吾は一度言葉を区切った。
そして静かに告げる。
「全員が異能力者です。」
沈黙。
部屋が静まり返る。
誰も言葉を発せない。
数秒後。
ぽつりと。
「……異能力者って。」
ミッドナイトが呟いた。
「実在したのね……。」
夢でも見ているような顔だった。
「しかも。」
プレゼント・マイクが頭を抱える。
「まさかそれが自分の生徒になるとは……。」
「推薦枠が政府直々だった理由も分かったが……。」
相澤が額を押さえる。
「納得したくないな。」
「気持ちは分かる。」
オールマイトも珍しく疲れた顔をしていた。
情報量が多すぎる。
異能力者。
ポートマフィア。
政府公認ヒーロー。
五大幹部。
保護者。
探れば探るほど新情報が飛び出してくる。
理解が追いつかない。
そんな空気をものともせず。
「まぁ、とりあえず。」
森鴎外がにこやかに手を打った。
キャピッ、という効果音が本当に聞こえてきそうな笑顔である。
「太宰君は我々が保護するってことで。」
その場にいる誰も反論できなかった。
異能特務課が来ている。
保護者も来ている。
法的にも問題ない。
むしろ異論を挟める立場ではない。
だが。
その時。
「最後に。」
オールマイトが口を開いた。
部屋の空気が少しだけ引き締まる。
「最後に確認したい。」
視線は真っ直ぐ太宰へ向いていた。
「太宰治君。」
静かな声。
「君は――」
一呼吸置く。
「君はこれからどうしたい?」
太宰は黙った。
膝の上に座る中也の手。その指先を弄っていた太宰の手が止まる。
そして。
ゆっくりと顔を上げた。
オールマイトを見る。ふざけた様子はない。冗談もない。ただ静かに考える。
数秒。
そして。
「僕は……」
小さく息を吐いた。
「仲間に会いたい、です。」
部屋が静まり返る。
太宰は続けた。
「だから。」
ちらり、と森を見る。
露骨に嫌そうな顔になった。
「森さんのとこなのは嫌だけど。」
「酷くない?」
「黙って。」
即答だった。
そして再びオールマイトへ向き直る。
「ポートマフィアに入ります。」
真面目な声だった。
冗談ではない。
本心だった。
森が満足そうに微笑む。
「当然じゃないか。」
穏やかな声音。
「私たちは家族なのだから。」
そう言って。
くしゃり。
太宰の髪を撫でた。
普段なら嫌がるはずだった。
だが太宰は振り払わなかった。
少しだけ目を細める。
ほんの僅かに。
そして。
「言っておくけど。」
不満そうな声。
「ポートマフィアはついでだから。」
森の笑顔が微妙に固まる。
「探偵社のみんなに会いたいだけだからね!」
言い切った。
堂々と。
迷いなく。
その瞬間。
中也がちらりと太宰を見る。
そして気付いた。
太宰の耳が少し赤い。
頬もほんのり染まっている。
十三年間。
一人だった。
監禁されて。
仲間もいなくて。
家族もいなくて。
それでも。
ずっと覚えていたのだろう。
武装探偵社のことを。
仲間たちのことを。
…中也のことを。
だから。
今の太宰は珍しく年相応だった。
十五歳の少年らしく。
少し照れくさそうに。
少し嬉しそうに。
未来の話をしていた。
その姿を見て。
中也は小さく口元を緩める。
「……そうか。」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
だが。
太宰だけは聞き逃さなかった。
だから。
ほんの少しだけ笑った。
「とまあ、こういうわけだ。」
中也はそう言いながら、太宰の前に置かれていた湯呑みを当然のように手に取った。
自分の分は用意されていない。
だからと言って遠慮する理由にもならないらしい。
一口。
普通に飲む。
「おい」
太宰が眉を上げる。
「それ僕のお茶なんだけど。」
「知ってる。」
「間接キスだね♡」
「黙れ。」
即答だった。
太宰は嬉しそうに笑い、中也は露骨に顔をしかめる。
そんな二人を前に、ヒーロー達はもはや何も言わなかった。
言う気力が残っていなかったのである。
中也は湯呑みを机へ戻しながら続けた。
「コイツの身柄はこっちでどうにかする。」
一口飲んでから、中也は肩を竦める。
「色々聞きたいこともあるだろうが、今日は勘弁してくれ。」
その隣で太宰がぐでっと中也にもたれ掛かった。ここがどこであろうがなんであろうが、一時も離れたくはないようだ。
「太宰君には、これから異能特務課関連とポートマフィア関連、そして探偵社関連で書いてもらわなければならない書類がありますからね。」
安吾が淡々と告げた。
そして手帳を開く。
「……ざっと百三十七枚。」
部屋が静まり返った。
太宰も静かに固まる。
数秒後。
「……僕、ヴィラン連合に戻ろうかな。」
ぽつり。
心底疲れた声だった。
安吾の額に青筋が浮かぶ。
「現実逃避って知ってっか?」
中也が即座に突っ込む。
「知ってるよ。」
「じゃあ今のお前だ。」
「ひどくない?」
「事実だろ。」
その言葉に、室内にいたヒーロー達は顔を見合わせる。
聞きたいことなど山ほどあった。
異能力者とは何なのか。
ポートマフィアとは何なのか。
ヴィラン連合との関係は。
太宰治という少年は何者なのか。
だが、今この場で質問攻めにするのは得策ではない。それがヒーロー側の総意でもあった。
やがて、
「……今度情報共有の場を設けさせてもらうのさ。」
根津校長が静かに口を開く。
「構わないかい?」
森は穏やかに微笑んだ。
「ええ、構いませんよ。」
柔らかな声。だがその奥にあるのは一組織の長としての顔だった。
「ただ、その場合はこちらにお越しになっていただくという形になりますが。…よろしいですか?」
「了解なのさ。」
根津校長が頷く。
それだけで話はまとまった。
雄英高校とポートマフィア。
二つの組織の長同士による取り決め。
その光景に、ヒーロー達は改めて現実味のなさを感じていた。
「さて。」
安吾が立ち上がった。
「帰りますよ、太宰君。」
「その前に。」
太宰が挙手する。
嫌な予感しかしなかった。
「近くに良い川があったんだ。」
「却下。」
中也が即答する。
「まだ最後まで言ってないんだけど。」
「入水だろ。」
「軽く入水してきても――」
「ダメに決まってんだろ糞鯖。」
即死だった。
太宰は深々と溜息を吐く。
「世知辛い世の中だなぁ。」
「お前だけだよ。」
ヒーロー達は既にぐったりしていた。
情報量が多い。
会話のテンポが速い。
ついていけない。
そんな空気を察したのか、安吾が額を押さえながら口を開く。
「はぁ……いい加減にしてください。」
疲労の色が滲んだ声だった。
「文句を言わずに帰るなら。」
ちらりと森を見る。
「森さんに、太宰君を中也さんと同室――」
太宰の目が輝いた。
「若しくは隣室を自室にさせてあげてください、と頼んであげるつもりだったのですが。」
一瞬。
太宰の動きが止まる。
そして次の瞬間。
「さあ、何をグズグズしてるんだい?」
立ち上がった。
「早く帰ろう。」
恐ろしいほどの即決だった。
「切り替え早ぇな。」
中也が呆れる。
「当然だろう?」
太宰は真顔だった。
「人生には優先順位というものがある。」
「ねぇよ。」
「あるんだよ。」
そして当然のように中也へ抱きつく。
ぎゅう。
「お前、今俺が女であること忘れるなよ?」
中也が眉をひそめる。
だが離れようとはしない。
太宰はにっこり笑った。
「分かってるさ。」
嫌な予感しかしない笑顔だった。
「分かってるから入籍もできて都合がいいな〜とか思ってるんだよ。」
部屋が静まり返る。
オールマイトが咳き込んだ。
ミッドナイトが吹き出した。
プレゼント・マイクが机に突っ伏す。
安吾は眼鏡を外して額を押さえた。
森だけが笑顔だった。
中也は拳を握る。
「お前の思考回路が気色悪りぃよ。」
「愛だよ。」
「違う。」
「運命だよ。」
「もっと違う。」
「夫婦の――」
「殴るぞ。」
「は〜い。」
素直だった。
だが全く反省していない顔だった。
しかし、中也も中也で振り払わない。離れる気配がない。距離感がどう考えてもおかしい。
それを見ていたオールマイトがぽつりと呟いた。
「君ら……本当に仲が良いんだね。」
その言葉に。
太宰は振り返る。
そして、
満面の笑みを浮かべた。
心の底から嬉しそうな顔だった。
「だって――」
隣の中也を見る。
中也は呆れた顔をしていた。
けれど、その横顔はどこか柔らかい。
太宰は笑う。
本当に幸せそうに。
「百年ぶりだもの‼︎」
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太宰さんとの再会シーン、本当に胸が熱くなりました…!二人だけの世界に入ってしまう感じ、そして「双黒」って呼ばれる瞬間のカッコよさがたまらなかったです。中也さんが女の子になっても、あの絶妙な距離感と信頼関係は変わらないんだなって感動しました。次が待ち遠しいです!