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九鬼氏にホテルで会った日からもう、二週間も経ったなぁと思った。

昨日からの連休で絢斗君の家にお邪魔していた。今は絢斗君の家の近くにある、ちょっぴり高級なスーパーからの帰り道だった。


「この辺りだったら、一人で迷わない。大丈夫。次は駅方面を開拓してみてもいいかな」


さわさわと風に揺れる街路樹のケヤキ。

地元とは全く違う風景の並木道もやっと、見慣れてきた。


昼下がりでも眩しい太陽の光に目を細めながら、買い物バックを片手につらつらと考える。


少し前までは、あれやこれやと肩に力が入っていたと思う。


何しろ経緯を家族に説明して。念の為に職場の上司にも相談して。

地元を離れて絢斗君の家に身を寄せながら時折、実家の様子も見つつ。出来る限りの自衛をして、頑張らないと! と思っていた。


その間に九鬼氏や宇喜田弁護士から、何かリアクションがあるかと思えば。幸い何もなし。家にもイタズラなどはなかった。


「いい意味で肩透かしだったな」


ふっと笑ってしまう。

絢斗君は時間さえ合えば、仕事場や実家まで送り迎えしてくれて「大丈夫だから」「俺がついている」と、何度も言ってくれた。そのお陰もあって、段々と肩の力を自然に抜けるようになっていた。


そんな中、リアクションを起こしたのは松井さん、いや。松井さん達。


先日、週刊誌とwebニュースにて沼地議員の汚職事件をすっぱ抜いたのだった。

そこに誰がどれだけの情報を調べたかなんて、名前が出るわけじゃ無かった。


それでも、私は松井さんだと確信していたし。絢斗君は「流石だ」と、ニュースを見て褒めていたから間違いない。


事前に知っていたとは言え、驚きを隠せ無かった。


汚職事件がメディアに露出すると、すぐさまに警察が介入して政界はもちろん。世論も大騒ぎになり。それは連日、各メディアを大いに賑やかしていた。


沼知議員と関わりを持っていた黒い有志達は多く。九鬼史郎の名前もしっかりと、その中に名を連ねていた。

世間のバッシングは議員と関わった人達に向けられ、関係者はノーコメントを貫き。マスコミのインタビューに追い回されていた。


悪事が明るみに出たと思った。

あの音声がもし、役に立っていれば嬉しいと思った。


「記者の人達って凄いな」


ぽつりと呟き、長い並木道から道を逸れ。

横断歩道を渡ると、視界にはにょっきりと。絢斗君と私が住む、他とは一線を画す。背の高いマンションがはっきりと見えた。


家はもう直ぐ。

家に着いたら一息つかせて貰おうと思いながら、頭は事件の事を考えてしまう。


事件そのものは明るみに出たが、警察が介入したとはいえ沼知議員の闇は大きく。全貌を掴むのは容易ではないそうで。

これから捜査が進み、逮捕者が出るだろうと言うのが、ニュースやワイドショーの見解だった。


こうして政治の闇を暴いたのは、松井さんの他にも。色んな人達の成果の賜物だと言うのは、想像にかたくない。


その松井さんとは、あれ以来顔を合わせていない。

約束どおり私のところや実家に、マスコミ関係者が尋ねて来ると言うこともない。

松井さんは元気にまた変装なんかして。あちこち奔走しているのかと思った。


「ちゃんとお礼言わないとね」


絢斗君からも裁判の行末も何も問題ない。例の答弁書も揃ったと今日、母に良い報告をすると言われていた。


これならば当初の絢斗君の目測通り。つつがなく裁判は終結すると思った。


そうして事の成り行きを見守る日々だった。


マンションのエントランスに辿り着き。

最近やっとここの、コンシェルジュの人への挨拶をスムーズに出来るようになっていた。


挨拶を交わし、ホールを抜けてエレベーターに乗り込む。


「今度は一人でラウンジを使ってみようかな」


このマンションにはジムエリアやパーティルームも完備されている。特にジムエリアは、絢斗君が休みを利用して良く利用しているのを知った。


半同棲をして絢斗君との生活リズムも掴み始め。

何とか妻としての一歩を踏み出せるかな、と言う進捗だった。


軽い電子音と共に、エレベーターの扉が開いた。その先のシックな通路の光景も、目に馴染んだなと思いながら部屋に戻る。


鍵を開けて家の中に入ると。

円錐型のガラスのフラワーベースに、ピンクのダリア三輪が出迎えてくれた。


「ただいま。まだまだ君は元気で綺麗ね」


ちょんと花を触って靴を脱ぐ。


この様子だとダリアはあと三日ぐらいは、大丈夫だろう。このほかにも、ダイニングテーブルや水回りにも花を飾らせて貰っていた。


本当は絢斗君の書斎とかにも飾って、癒しになれば良いとは思っているけど。

絢斗君の職業を考えると、仕事部屋も兼ねた書斎には立ち入ることは無かった。


唯一。この家に来てから足を踏み込んでない部屋。


「ちょっとだけ興味あるけど。お仕事の邪魔はしちゃダメだしね」


それでも好きな花を自由に飾らせて貰い。絢斗君とこの家に受け入れて貰えたようで、嬉しかった。


玄関から一直線にキッチンに向かい。

手を洗ってから、絢斗君がオムライスが食べたいと言うリクエストを受けて、買って来た食材を冷蔵庫の中に入れた。


「よし。ひとまずはこれで大丈夫」


食材を冷蔵庫に入れて一安心。

少し休憩しようと紙パックのカフェオレと。食材と一緒に購入した、週間雑誌を片手にソファに移動する。


購入した雑誌をローテーブルの上に置く。その表紙には大きく『沼知議員の裏金問題。徹底解剖』と『記者Mが九鬼史郎に迫る!』と書かれていた。


「記者Mって松井さんだったらいいな」


小さな笑みがこぼれる。

カフェオレを飲みながら、一番興味を引いた記者Mのページを開く。

記事に目を通して行くと。九鬼氏の名前が出る度にハラハラしつつ。

松井さんが私に教えてくれた、九鬼氏の地元でのトラブルがより詳しく書かれ。泣き寝入りした人が立ち上がり、九鬼氏を集団で訴えること。


そしてクリーンな社会を実現する為には私達が社会の一部であり。時には戦うことも重要だと、小気味良い文章で実に良く纏め上げられていた。


記者Mが書いた、記事以外の雑誌の内容はニュース番組で連日放送されているものと、さほど相違なかった。


この雑誌にもどこにも、松井さんの名前は出て来なかった。

それでも記者Mから、松井さんの気配を感じるのには充分で、胸が熱くなる思いだった。


そうしてソファで雑誌を読み耽っていたら、横に置いてあったスマホが鳴った。

画面に母の名前が表示されていて、直ぐにスマホの通話ボタンを押す。

ひょっとして、絢斗君からの連絡があったのかなと思った。


「はい。もしもし。お母さん、どうかした?」


『もしもし。真白ちゃん。今、いいかしら。黒須先生からさっき連絡があってね。相手側の弁答書がほぼ、こちらの言い分を全て受け入れる方向で、和解と言う形で勝利確実だって。先生がそう仰ってたわ』


スマホの向こう側の母は声を弾ませていた。


「本当に? それは良かった!」


私も明るい声を出して母の喜びに応える。

やっぱり、絢斗君からの連絡を受けての報告だった。

これも事前に知っていたとは言え。こうして、母の嬉しそうな声を聞くと私も嬉しくなる。


『これできっと大丈夫ね。ほら。ニュースの裏金問題。やっぱり神様は。いえ、お父さんがちゃんと見ていて守ってくれたのよ。お父さん、正義感が強い人だったもの』


母の明るい声といつもの調子の父への想い聞くと、まだ裁判が終わった訳じゃないけど。これで概ね母の悩みは取り除かれたんだと安心する。


そのまま視線をぱっと、机の上に置いていた雑誌に向け。

母の報告も聞いて安心して。見開いていた雑誌を静かに閉じた。


「うん。ちゃんと見守ってくれてる人のおかげと、お母さんがしっかりと裁判するって決断してくれたらだよ」


松井さんや黒須君の協力もあったからこそと、思うけど。この事は胸に秘めていようと思った。母には舞台裏の事情は知らなくてもいい。


そのまま、耳を傾け。

おばあちゃんも喜んでいる。華道教室は来週には再開予定だと嬉しい報告が続き。この調子なら、松井さんへの協力をそろそろ、切り出してもいいかと思っていると。


『真白ちゃん。それでね。今、真白ちゃんは《《お友達》》のお家に世話になっているのよね?』


お友達と言う、イントネーションが強調されていて妙にドキリした。

思わず「う、うん」と。戸惑いの返事をしてしまった。


『真白ちゃんがお世話になっているんだから、一度。挨拶がしたいわ。お礼を言わなくちゃ。今度お相手の方が迷惑じゃなければ、家に連れて来なさい。《《大事な人》》だったら、お父さんにも報告しなくちゃね』


大事な人。これはもう母に、私が交際しているとバレバレだったと恥ずかしくなった。


「わかった。そのうちちゃんと紹介するから、待ってて。色々と話したいこともあるし」


『ええ、真白ちゃんの大事な人ってどんな人かしら。楽しみだわぁ。おばあちゃんと一緒に待っているわね』


ふふっと、笑われて。

やっと真白ちゃんに春がきた。今度は真白ちゃんの良い報告ねと、また含み笑いをされる。


「もう。お母さんったら」


照れ隠しに、カフェオレを一口飲む。

そこから少し雑談に花を咲かせた。


私の『友達』と言う表現はあっさりと、看破されていたんだと思う恥ずかしい気持ちと。

その大事な人とは『黒須先生』なんだけども。

流石に母はそこまで気付いてないようだった。


絢斗君を紹介すると、絶対にびっくりするだろうなと思い。何とも言えない気持ちになった。


でも、絢斗君ならすんなりと母や祖母の信頼も勝ち取るだろうなと、容易に想像出来た。


雑談を終えて、またねと。母の明るい声の余韻を耳に残しながら、通話ボタンを切った。


静かにスマホを横に置いてふっと、ソファに深く背を預ける。


これで九鬼氏の問題もスッキリと終わるだろう。

何しろこれだけの騒ぎになっていて、世間のバッシングも風当たりも強い。


裁判後もきっと、これだけマスメディアに叩かれていれば当分の間世間の目から、隠れようと思うはず。これで事件は収束を迎えたと思った。


「そうして、お母さんに絢斗君を紹介して行って……私はいよいよ本格的に絢斗君の契約妻に。私、黒須真白になるのね」


南の苗字から櫻井になって。次は──黒須。

これで苗字が変わるのは最後にしたいと、

思うのだった。

母との通話が終わり。洗濯物を取り込んでから、ゆっくりと夕食の準備を始めた。


広いダイニングテーブルの中央に、今日は白のアストロメリアと黄色の姫金魚草のミニブーケを飾らせて貰った。


その周りにしっかりと卵を焼いたタイプの、昔ながらのオムライスとキャベツとベーコンのコンソメスープ。食べ応えがあるミモザサラダ。


それらを今では慣れた手つきで、配膳出来るようになった。


今日も絢斗君が食事を喜んでくれるといいなと思っていると、絢斗君が帰って来た。

絢斗君を出迎えると、絢斗君は上着などを部屋に置いたら、直ぐにダイニングテーブルの席に着いてくれる。


そして『何か変わったことは無かったか』と、毎回私を気に掛けてくれるのが嬉しかった。


「絢斗君。今日、お母さんから連絡があった。とても喜んでいたよ」


とくとくと、ピッチャーからジャスミンティーを二つのグラスに注ぎながら食事の準備を進める。


「そうか。それは良かった。それでも気を抜かず、最後まで担当する。些細なことでも何かあれば、すぐに言ってくれ」


絢斗君はいつものようにジャケットを脱いで、シャツとパンツスタイルで向かいに座って、二つの小皿にサラダを取り分けてくれていた。


「ありがとう。それと、お母さんが私が男の人と、お付き合いしているって言うのを察していて、挨拶したいから連れて来なさいって言ってたの」


さらりと、軽く言ってみると絢斗君はサラダトングを動かす手を止めて。


「真白とご家族の方が迷惑じゃなければ、俺はいつでも行くよ。ただ、時期的には裁判が終わってから、俺から真白のお母様にお伝えしたいと思っている」


私もその方がいいと思い「うん。急いでいるわけじゃないから」と、微笑む。


絢斗君は弁論より緊張するかもしれないと、くすりと笑ってまた、サラダを皿に盛り付ける。


広い部屋にオムライスの甘くも香ばしい香りと。スープの優しい香りがふわりと漂い。今日も上手く出来たと思った。


「そうだ、あと松井さんにもお礼をしなくちゃって思っていて。いつかまたお会い出来たらって、でも記者の人って忙しそうだよね」


ジャスミンティーが入ったグラスを絢斗君に差し出すと、代わりに見目よく。盛り付けてくれたサラダを差し出されて交換する。

こう言った、何でもないやり取りもタイミングも息が合って来て嬉しかった。


「お礼は俺がするから。悠馬に会わなくていい。真白はそうやってすぐに、俺に焼きもちを焼かせたがる。俺を惑わす小悪魔とか思ってしまうけど──真白は可愛いから仕方ないのかな」


絢斗君は前半は少しだけ困った顔をして、最期にはいつものように優しく微笑む。


ここに来てから絢斗君は、私が他の男性の名前を出すとあからさまに眉間に皺を寄せたりしていた。


それは私のお店に男性の常連のお客様から、大口の進物ギフトを受けて凄い大変だったけど、楽しくて。売上が凄かったと意気揚々と話すと『俺に言ってくれたら、花を全部買い占めるのに』『真白の接客を受ける客が羨ましい』と、冗談とも本気ともつかない言葉を口にしていた。


それらの言葉は間違いなく、私を想う故の言葉。多分、嫉妬心だと思っている。

そんな小さな嫉妬心がなんとも、こそばゆい気持ちになったりした。


ただ。

──九鬼氏の名前は御法度。

絶対に言ってはいけない名前。


一度、一緒にテレビを見ていてニュースの報道が流れ。私がホテルでの一件を思い出して。

ふと九鬼氏の名前を口にすると絢斗君は、冷た過ぎる表情で『個人的には極刑を求めたい』と。ポツリと言葉をこぼしていた。

それを聞いてからは、この家では話題にするまいと思った。


そもそも、話題にしたい名前じゃない。


それを省いても、分かりやすい絢斗君の嫉妬は口では言えないけど。

こんなカッコいい人が私に焼きもちを焼いてくれるなんて、嬉しくもあったりして。


ちょっぴり、可愛いなぁと思ってしまうのだった。



弁護士・黒須絢斗は契約妻を甘く淫らに絡めとる

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