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食事の準備が整い。
あとはオムライスにケチャップを掛けるだけ。
私はケチャップを掛けたいけど。
絢斗君はどうかなって思いながら、ケチャップ片手に尋ねる。
「そうだ。絢斗君はケチャップいる? いらない? 中のチキンライスにはしっかりと味が付いているけど」
「真白が用意してくれてるなら、使うよ」と。言ってから──そこでじっと私を見て「そうだな。折角だから真白にケチャップを掛けて貰うかな」と。
絢斗君のオムライスのお皿が、私の前に差し出された。
「うん。分かった」
じゃあ、ケチャップを掛けようと思ってはっとした。
これは、普通にケチャップを掛けるのが正解なのか。もしくはハートや猫とか。お絵描きをするのが正解なのかと迷ってしまった。
(お絵描きじゃなくて。あ、あやとLOVEとかって書いたらいいのかな? こ。こんなことをした事がないからわかんないっ!)
じっとしているとお料理が冷めるし、変に時間を掛けると余計に変に思われる思い。
勢い任せでばっと。ハートを描いて絢斗君に差し出した。
「えっと。これでいいかな。め、召し上がれ?」
すごく恥ずかしい。まさか、オムライスでこんな目に遭うとは思ってなかった。
すると絢斗君は口元を押さえ。物凄く神妙な顔つきになりなってから、素早くポケットからスマホを取り出して。料理と私をパシャパシャっと写真を撮った。
「っ! あ、絢斗君。またそうやって私の写真を撮る! は、恥ずかしいからダメだってば」
「ごめん。あまりにも可愛くて。小悪魔、いや、天使かと思った。そんな可愛い真白の写真を沢山集めておきたいんだ。大丈夫、誰にも見せない。俺だけの宝物だから。食べるのが本当に勿体無いけど、さぁ食事をしようか」
すっと、スマホをまたポケットに戻して。
ニッコリと満足気に笑い。代わりにスプーンを持つ絢斗君を見るともう、何も言えなくなる。
これも惚れた弱味ってヤツかなぁと、思いながら。私もスプーンを手に取って「いただきます」と、食事を始めた。
こそばゆい気持ちで食事を始め。
絢斗君のスプーン運びを見ると、上手く行ったとほっとする。
「おかわりまだあるから、言ってね」
「そうさせて貰う。それにしても、こんなに美味しいオムライスは初めてだ。真白は料理の才能もあるんじゃないか?」
真顔でべた褒めしながら、パクパクとオムライスを食べる絢斗君に笑ってしまう。
「ふふっ。褒め過ぎだと思う。でも嬉しい。明日は出勤だけども、早番だから。また夕ご飯作りたいなって。何かリクエストあるかな?」
「充分だよ。無理はしなくていい。真白がこの家に帰って来てくれるだけで充分だから」
スプーンを置いて、マグカップに入れたスープをゆっくりと飲む絢斗君。
その姿を見て私がここに来てから、絢斗君の態度は変わらないなぁと思うのだった。
絢斗君の家にお世話になるからには、私が『妻』としてお家の家事を引き受けると思い。張り切ってこの家の、家事の要領を絢斗君に尋ねると。
『何もしなくてもいい。家に居るだけでいい。むしろ、俺が真白のお世話をしたい』
と、真顔で言われてしまったことを思い出す。
多分、絢斗君なりに。私に気を遣わせないようにと思って、言ってくれた言葉なんだろうけど。
(絢斗君がそんなことを言うと、本気か冗談か分からないよっ)
その時の事を思い出し、赤面しそうになったので私もマグを手に取ってスープをこくっと飲む。
手前味噌だけども、キャベツの甘みがスープに溶け出して、ベーコンの塩気とマッチして美味しいと思った。
ふぅっと、マグを置いて。
次はミモザサラダを食べる。
裏越したそぼろ状の卵黄とサラダほうれん草を一緒に口の中に入れると。クリーミーなドレッシングが具材とマッチしていて、これも良くできたと思う。
食べながら明日の夕食はまだ卵があるから。エビチャーハンと卵スープ。野菜の中華炒めとか。
もしくはデパ地下で、唐揚げとかお惣菜だけでも買って来てもいいかなとか考える。
──こんな風に。この家で余裕が出来たのは、絢斗君のおかげだと思っている。
絢斗君はまずはこの家に、慣れてくれたらいいと。
身の回りのことや家の事は自分でするから、私はライフスタイルを整えることを優先。
料理は気が向いたらでいいと、言ってくれた。
実際のところ。
この家に来た一週間は周囲の地理の把握や、高級マンションの雰囲気に慣れるのに必死。
しかも、実家に何か嫌がらせがないかとハラハラもしていた。
部屋は絢斗君とは別々で、来客用だというホテルの部屋みたいな一室を与えて貰って、私のプライベートもちゃんとあり。
絢斗君は鍵付きの書斎に籠る時は一言、声を掛けてくれたりして。互いにのプライベートの線引きがされていて、言うことは何も無かった。
流石に何もしないのは気が引けたので。与えて貰った部屋と、広いリビングルームやキッキンの掃除をするようにした。
あとは絢斗君の担当。水回りは分担などをして、自然と協力体制が出来ていた。そうして、この家に慣れて行ったけども。
強いて問題を上げるならば。
サラダフォークを置いて、またスプーンを握り。
ちらりと絢斗君を盗み見ると。黙々と食事を楽しんで居る様子。
この絢斗君という存在が。この家に来てから一番悩ましい問題だったりした。
絢斗君を見つめていたら、絢斗君と視線が合い。
胸中で思っていた事とは違う事を話題にする。
「えっと。サラダ美味しい? 前の和風大根サラダとかのサッパリ系が良かったりした?」
「このサラダも美味しい。前のサラダも美味しかったから、甲乙つけ難い。俺は真白が作るものだったら、どんなものでも好物になってしまうのが最近の悩みだ」
「絢斗君は、私を褒め過ぎだと思うんだけど」
「可愛い妻を褒めるのは俺の義務だから。気にしなくていい。そうだ、真白。今日頂きものだが蜂蜜を貰った。キッチンに置いているから、好きに使ってくれ」
絢斗君の言葉に照れながらも、分かったと返事をする。
「真白は可愛くて、料理も上手で理想の妻だ」と、にこっと爽やかに笑って。食事を続ける絢斗君。
そう。絢斗君は基本、私を甘やかす。息を吐くように褒める。それは勿論、擽ったくも嬉しい。
私の悩ましい問題とはズバリ。
絢斗君が色々とカッコ良すぎること!
絢斗君の今の姿は、スーツの上着を脱いだシャツスタイル。
ネクタイを解き。シャツのボタンを一つ外している。それだけなのに、私にはなんだかセクシーに見えたり。
休日の絢斗君のラフな姿なんか、とんでもなく魅力的で。
──お風呂上がりとかは、少し乱れた黒髪が艶ぽっくて。
なんだか目のやり場に、困ってしまうことが多々あった。
そんな絢斗君の見た目に、言葉に。
大いに心を惑わせてしまうのだった。
何しろ私は高校時代から絢斗君に憧れていた。絢斗君は周囲からも高嶺の花と、言われていた存在。
今でも絢斗君は外を歩けば、注目されるような美貌の持ち主。
そんな人が身近に居て、プライベートを私が独占していると言う現状。
そんな絢斗君の私生活がダイレクトに見えて、私はドキドキの連続だった。
絢斗君はいつもはピシッとした、スマートな印象が強い。
なのになのに。
朝はとんでもなく低血圧。このダイニングテーブルで、十分ぐらい野菜ジュース片手に固まっていたりする姿を見て、母性本能をも擽られた。
そんな風景を、同棲することでしか見られない一面を沢山見てしまい、胸が日々キュンキュンした。
そしてそれと同じくらい悩ましいことが、まだあった。
それは──絢斗君が私の体に触れないでいたこと。
元より部屋は別々。
おやすみ前の軽やかなキスや。行ってきますの軽いハグは常にあったけれども。前のような、キッチンやソファの上で密着した行為は無かった。
絢斗君は口には出さなかったが、きっと。
私がこの家に慣れるまで、裁判のことが落ち着くまで。深く私に触れに来ることは無いのだろうなと、肌で感じていた。
それはとても大事にされていると、ちゃんと理解している。
しているけど、同時にもどかしくもあり。
──絢斗君の一挙手一投足に、翻弄される毎日だったのだ。
自分でも落ちつこうと思っても、解決出来る糸口が見えなかった。
こればっかりは、時間が解決してくれるような気もしたし。それとも、もう少し関係が深くなったら……とか。
食事中に妙な事を考えてしまい、とにかく今は食事に集中! と思いながら、スプーンを動かす手を早めたのだった。
そわそわした気持ちで食事を終えて。食後に少し絢斗君と雑談をしてから、私はさっとお風呂に向かった。
その間に食器を洗うのが絢斗君の役割。
お風呂から出てきて、食器を洗い終えた絢斗君に浴室をバトンタッチする。
絢斗君が入浴中、私はその間。
お休み前のティータイムを準備するのが、いつの間にかルーティンになっていた。
お互いに仕事があり、今日みたいにいつも夕食を一緒に食べれる訳じゃ無かった。
絢斗君が仕事を家に持ち帰り、書斎に籠ることも、ままあった。
しかし、お休み前のティータイムは欠かさずにいた。五分でもいいから、コミュニュケーションを取ろうと。どちらからともなく始まった慣習がこれだった。
それは今では私の密やかな楽しみにもなっていた。
スキンケアも明日の出勤の準備も終わり。
今日は新調した可愛いパステルピンクの長袖のパジャマを着て、キッチンの前に立っていた。
「さて、今日はどんなお茶を淹れようかな」
まずはと、電子ケトルでお湯を沸かす。
「昨日はピーチルイボスティーだったから、今日はスッキリとアイスミントティーにしよう」
後ろの引き出し棚から、ティーバッグとガラス茶器を取り出してトレイの上に置いて用意する。
そのとき。キッチンの視界の端に、小振りの白い紙袋が目についた。
手に取るとずしりと重く。白い袋にはシルバーの箔押しで蜂のシルエットが印刷されてるのを見て、
はっと思い出した。
「あっ。これが頂き物の蜂蜜かな。って袋からして、凄い高そうな蜂蜜……」
袋の中を見ると黒い化粧箱に金色のリボンがたっぷりと、贅沢に巻かれており。まるでジュエリーギフトみたいだった。
中身を見てみたくなるけども。絢斗君が貰って来た物。
好きにしても良いとは言われていたけど、絢斗君と一緒に居る時に箱を開けたいと思った。
これもティータイムのちょっとした話題作り。
ミントティーに蜂蜜を入れても美味しいはず。
今日はミントティーとこの蜂蜜で、夜のティータイムはバッチリだと思った。
ローテブルの上にティーセットを用意して、準備は完璧。
グラスの中には氷がたっぷり。そこに揺蕩う琥珀色のミントティーは見た目も涼やかで、トッピングのミント葉は清涼感があって可愛いと思う。
お風呂上がりにはごくごくと、飲みやすいはず。
「これに蜂蜜を入れたら、ミントキャンディーみたいになって美味しいと思う」
アイスミントティー、絢斗君は気に入ってくれるかな。ミント苦手じゃ無かったら良いな。
そんな事を思いつつ。もう少しでお風呂から上がってくる絢斗君の事を想うと、待っている時間が待ち遠しい。
絢斗君はパジャマ派じゃなくて、ルームウェア派のシャツ姿なのは知っている。
シャツ姿になると絢斗君の程よく鍛えられた、体のラインがすっきりと現れて。毎日見る度にドキドキしてしまう。
「きっと、私ばっかりドキドキしているんだろうな……。絢斗君とは同い年なのに」
ふぅっと、ため息を吐く。
今日はやはり絢斗君を意識し過ぎだと思い、クッションに顔を埋め、落ち着こうとゆっくりと呼吸していると。
「真白、お待たせ」と、背後から声をかけられてビクッとした。
ぱっと振り返ると。ゆったりとした黒いシャツを着た、お風呂上がりの絢斗君が私の横に座ったところだった。
以前は向かいに座っていたが、今ではこんなふうに。自然と隣に座るようになっていた。
近くで見る絢斗君の髪はまだ少し濡れて。眼鏡も黒縁レンズになっていて、それもよく似合っている。
やはり絢斗君はとても色ぽっい。
じっと絢斗君をみつめていると「真白? どうかした?」と、気づかれてしまい。首を横に振った。
「ううん。何でもない。気にしないで。えっと、ほら。今日はアイスミントティーにしたの。ぜひ飲んでみて」
見惚れていたことを誤魔化すように、ミントティーを勧め。グラスを手渡す。
「ありがとう。美味そうだ」
絢斗君にグラスを渡せば、かろんと氷の涼やかな音がリビングに響き。絢斗君はごくりと、美味しそうに飲んでくれた。
「うん。香りが爽やかで本当に美味い。この後、少し書斎で資料整理をしたいと思っていて。そのお供にしたい。お代わりがあれば貰っていいかな?」
絢斗君は半分ほど飲み干して、ことりとグラスをテーブルに置いた。今日もナイトティーを気に入ってくれたようで、ほっとする。
「うん。大丈夫お代わりあるよ。そうそう、蜂蜜をちょっぴり垂らしても美味しいかも」
と、視線をテーブルの端にやる。
そこにはあの蜂蜜が入った紙袋を置いていた。絢斗君は私の視線につられ、紙袋を見つけるとふっと笑い。
「好きに開けてもいいのに。でも、そう言うところも可愛いのに違いないけど」
絢斗君は白い紙袋に手を伸ばし。
紙袋の中から、金色のリボンが巻かれた黒い化粧箱を取り出した。
可愛いと言う言葉に照れつつ、絢斗君が箱を開ける様子に注目する。
絢斗君がしゅるりと、金色のリボンを外し。中身をぱかりと開いてみると。
そこには白い乳白色の蜂蜜の瓶と、夕日の光を閉じ込めたかのような蜂蜜の瓶が二つ並んでいた。
「綺麗。まるで香水瓶みたい」
絢斗君は中に入っていたリーフレットを手に取り。説明してくれた。
「リーフレットによると、白いのがキルギス産の蜂蜜。見た目に反して、あっさりとしていて、滑らか。何にでも相性が良いみたいだな」
「美味しそう。隣のは?」
そっと絢斗君に近寄ると、お風呂上がり特有の良い香りがしてなんだか嬉しくなる。
「隣のはオレンジの蜂蜜でメキシコ産。フルーティーな香りが特徴でドリンクに入れたり、ヨーグルトに掛けるのがオススメらしい。こっちをミントティーに入れる方が相性は良さそうだな」
そう言うと、絢斗君はリーフレットを机の上に置いて。代わりにオレンジ色の蜂蜜の瓶を箱から取り出し。かぱっと開け。
小指でとろりとした蜂蜜をすくって「はい、真白。味見」と、私の唇に小指を寄せた。
鼻先にふわっと甘い香りに紛れ、柑橘の爽やかな香りが鼻腔を擽る。
一瞬、迷ったけれども。
絢斗君がどこか期待している瞳で見ていたので──差し出された蜜を纏った小指を、口の中にちゅっと柔らかく含んだ。