家に帰ってからの記憶はほとんどなかった。
頭の中は先輩の表情でいっぱいだった。ぼうっとしていれば、俺はもうベッドの上にいた。
……はっ、いつの間に。
手にはスマホが握られていた。
俺は恋する乙女のように先輩のメッセージを待っていた。けれど、今日は一通も来ない。……先輩、何しているんだろう。
* * *
地獄の底から這い出てきた死者のような雄叫びによって、俺は目覚めた。
……なんだこの不協和音(ゾンビ)。
「おい、起きろ。愁」
「……親父の仕業か! そんなウォーキングdeデッドなアラームで起こすな!」
「馬鹿者。遅刻するぞ」
「遅刻ぅ!? うわ、本当だ」
スマホのバッテリーが切れていた。
そうか、俺あのまま充電せずに寝てしまったんだ。先輩のメッセージを待ち続けてゲームとかネットとかしていたから。
「いつもより起きるのが遅いと思って、気を利かせてやったんだが……要らぬ世話だったか?」
「ありがとう、親父。学校へ行ってくるよ」
「……ああ、しっかり仕度して家へを出ることだ」
「? どういう意味だ?」
「さあ、それは自分の目で確かめるといい」
よく分からんが、俺は朝支度を進めた。
時間もないので最低限の身嗜みを整え、俺は玄関へ向かった。
ガラッと扉を開けると、そこにはいつもに増して可愛い先輩が立っていた。
「おはよう、愁くん」
「…………え、先輩」
「ん、どうしたのぼうっとして」
「ま、まさかギリギリまで待っていてくれたんですか!?」
「もちろんだよ。恋人だもん」
それは“ふり”の方でいいんだよな。
それとも……。
いや、なんであれ嬉しい。朝から先輩の顔が見れて100%の幸せしかない。今日も良い一日になると確信した。BONUS確定だ。
「で、では……一緒に学校へ行きましょう」
「うん。でも急がないとね」
「そうですね、早歩きで」
澄み切った空気を頬に感じながらも、足早に学校を目指す。
間に合わないという懸念もあったが、なんとかギリギリ遅刻せず学校に到着。
「愁くん、またお昼ね」
手を握ってくる先輩。
俺も自然と握り返した。
「はい、絶対ですよ」
最後まで先輩の背中を見守り、俺は自分の教室へ。
別の廊下を歩き、教室の前。
扉を開け中へ入ると何故か注目が向けられた。なんでそんな俺を見るかなぁ……?
窓辺の席へ向かい、椅子を引いて腰を下ろした。
早々、同じクラスの――誰だっけ。
「おはよ、秋永くん!」
「田中だっけ」
「いや、だから僕は小野だっつーの!!」
「すまん、マジで名前を思い出せなかった」
「酷いや。……それはいいとして、昨日はなんで休んだ?」
「ん~、事故っていうかな」
「事故!? 車に轢かれでもしたか?」
「似たようなものかな。怪我はなかったよ」
「……やれやれ、分かりやすい嘘を」
田中――じゃなくて、小野はハァ~と溜息を吐いた。なんで見抜かれた?
「多少ボカしている程度でほぼ真実だ。嘘は言ってない」
「じゃあ、このツブヤイターの写真はなんだ?」
「え」
スマホを向けられ、俺はその映し出されている写真に驚愕した。こ、これは昨日、あのTRPG三人組が無断で撮った写真じゃないか!
あれから“いいね”が13500件、“リツイート”が3300件となっていた。……ウソだろ、オイ。
バズってんじゃねーよ!!
「このコスプレしている女子は、どう見たって和泉先輩だろ!」
「ぐっ……」
「僕の推測だが、秋永くんは先輩と学校をサボってコスプレ喫茶で遊んでいたんじゃないか?」
「すまんな、田中。速攻魔法カード・黙秘権を発動する」
「だから、田中じゃねえって! てか、なんだよ魔法カードって。……いいから、ありのままの事実を教えてくれ」
だが、そこでチャイムが鳴った。
あぶねぇ……。
「戻れ、田中」
「後で聞かせろよ!」
やれやれ。
田中のことは忘れ、今は授業に集中しよう。
一限目の授業が終わった途端、異変は起きた。
同じクラスの女子数名が俺の席へ向かってきて、取り囲んできたのだ。……なんだ、何が起きた。
「秋永くん!!」「ねえ、和泉先輩と付き合ってるの!?」「あのコスプレ写真ってどこで撮ったやつ?」「昨日休んだのってデートって本当?」「今、例のツイート凄い反応だよ」
なんてこった。
女子に囲まれる時代が俺に来ようとは……絶対にないと思っていたのに。これも先輩のおかげというか、影響なんだろうな。
よく周囲を見渡すと、男共もこっちを見ていた。
なんか大事になってきたぞ。
うまく切り抜けないと地獄を見そうだ。
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