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『久しぶり! 元気? もし都合が合えば、今度飯か飲みに行かない?』
そんなメールが来たのは、仕事終わり、家に帰ろうと支度を済ませたところだった。
送り主は、北斗の中で“友達”に位置付けられている、地元の中学校の同級生だ。その友達も上京していて、以前は連絡をよく取り合っていたが、お互い忙しくなりメールの会話も減った。
ご飯は嫌いではないが、久しぶりだと緊張する。けれど、最近会っていなかったから顔を見たい…。
そんな葛藤の中帰宅し、落ち着いたところで返事を書いた。
『久しぶり。 ご飯行きたいね! 今月は、来週末か月末なら空いてるよ』
その後のやり取りで、飲みに行くのが来週末の夜に決まった。と、ふとある重大なことを思い出した。
「やべ、病気のこと言ってないじゃん…」
だが、世間に発表はしてある。既に知っているかもしれない。
「居酒屋だとうるさいから、聞こえないんだよな…。ま、居酒屋じゃなけりゃいいか」
「ここでいいですよ」
タクシーから降り、辺りを見回す。夜の街の中、光る提灯を見つけるとその店の暖簾をくぐった。
相手の行きつけだという店は、案の定居酒屋だった。
目的の人物は、すぐに見つかった。昔から着ているジャケット姿だったからだ。
「よお、榊原」
旧友は、人が良い笑顔で迎えた。「久しぶりだな、松村」
カウンター席のあえて左隣につく。補聴器の存在に気付いてもらうためだった。
彼の前にはすでにビールとつまみが置いてあった。
「早いな。どんだけ飲んだんだよ」
「まだだよ。これが最初」
店員を呼び止め、ビールを注文する。
「松村って飲めるっけ?」
「…そこそこかな」
「はは、そっか」
変わってないな、と北斗は思った。気さくで、人見知りの北斗でも仲良くしている。
「今日って仕事帰り?」
友人が問う。
「うん。今日は番組の収録だった」
「わあ、さすが。芸能人の仕事ってすげえな」
「やめろよ笑」
「え、なんの番組?」
「音楽番組」
「おー、すごい。俺も聴いてるよ、SixTONESの歌」
ありがとう、と北斗は率直に感謝を述べた。
「最近、どう?」
今度は北斗から話しかけた。
「IT企業に就いたんだろ? いいとこそうじゃなかったか」
「うん、楽しいよ。好きなこと出来るし、恵まれた環境だね。あ、そうだ! それより松村、朝ドラ見たよ! いやあ、知名度上がったよね。俺の家族も、この人あんたの友達だよねって騒いで。俺を置いて、ずいぶん有名になりやがったな」
「別に置いてってもなにしてもないよ笑。でも、最近は芝居の仕事も入ってきて、これからってとこかな。まだまだ未熟だから」
「やっぱ変わってねぇな~。でも、友達に松村がいることを自慢できるの、嬉しいよ」
「自慢なんてしないでくれよ笑」
と、友人は北斗の耳に目を留めた。
「ん? 松村…、それなに? 耳の黒いやつ。え、まさかイヤモニ?」
「違うよ、これは……」
わずかの沈黙のあと、「ニュースで知らない? 俺の耳の病気」
逆に問いかけた。友人は目を見張る。「え⁉」
「突発性難聴っていうの、最近わかったんだよね。右耳。補聴器してないと、聞こえにくいから人と会話するのが難しくて」
「え、大丈夫なの?」
「うん。これつけてたら、結構聞こえる。な、かっこいいだろ? このデザイン。俺のこだわり」
「マジ? さすがおしゃれな松村なだけあるわぁ。ちょっと見せてよ」
耳元に顔を寄せる。髪をかき上げて、見えるようにした。
「おお、仕草かっこいいな。ジャニーズっぽい」
「いやジャニーズだからね」
「あそうか。…黒、めっちゃいいじゃん。あ、なんかキラキラついてる!」
「そう、SixTONESのイメージってダイヤモンドだからさ、どうしても入れたくて。イヤモニみたいでしょ?」
「うん。間違えたもん。でもまさか、店に付けてくるわけないよなー、外し忘れたんかなーって。そんなことないか」
「ないよ笑。このデザイン、メンバーにも褒められてさ」
「へえー。いいじゃん」
へへっ、と自慢げに笑う北斗。
しばらくして、酔いが回ってきた二人は、神妙な面持ちで真剣な話を始めた。
「なあ榊原…。やっぱ、迷惑掛けてるのかな、俺って」
「ええ? どうしたんだよ」
「俺の病気のせいで…メンバーに迷惑とか面倒、掛けてるんじゃないかって。すごい気も遣わせてるし、申し訳なくてさ」
「んー、俺にはメンバーの皆さんのことはわかんないけど、松村のためだったらどんなお世話もいとわないんじゃないの? 大好きなんでしょ? 俺より」
「…最後の言葉はちょっと返し難い。でも、そうかもね。甘えていいのかね」
「とことん甘えたら? 大好きなら甘えて、ずっと一緒にいてほしいと思う」
北斗はふわりと笑い、「そうかぁ。じゃ、お言葉に甘えますか」
「あ、俺の言葉にも甘えるのね笑。……でもいいよなあ、そんな仲良く活動出来る人がいて。青春の延長みたいじゃんか。ずるいよ」
「ああ確かに。ま、俺ら6人って、ジュニア時代から仲良かったグループがデビューしちゃったって感じだからね。仲の良さは誰にも負けない自信ある」
「ほんと? すげーな」
ふふ、と北斗の照れたような小さな声が漏れる。
「甘えて、頼っていいんだね」
「まあ、頼りすぎも迷惑かもしれないけどね。ほどほどに」
「大丈夫よ、俺はそんなメンバーにベタベタする系の人じゃないから。いるけど、ほかのメンバーに」
「あ、そうなんだ笑」
「みんな仲良さすぎるからねぇ。あの距離感でも大丈夫なのよ」
「そっか。良かったな、楽しそうで」
友人は安心したように優しく笑う。
「うん。こんな楽しくやってていいのかってぐらいめちゃめちゃ楽しい。いつかおっきい穴がこないかなって心配になっちゃう」
「はは、それはないでしょ」
「ないことを願うね。ま、デビュー前で結構どん底だったから、デビュー後は思いっきり楽しませてくれてるんじゃない、神様が」
「そうだといいね。ずっと」
うん、と満足げに頷く。
夜半の前にもなり、飲み屋の客が減ってきた。
二人も、腰を浮かす。
「割り勘でいいか?」
北斗は、食事のときはいつも割り勘で払う。
「うん。…奢りはなし?」
「…ごめん」
「あ、はい笑」
店を出ると、冷たい夜風が吹いた。
「寒いね」
友人は、コートのボタンを閉めながら言う。
「そうだね。静岡のほうが暖かかったな」
「うん。また帰りたいわ」
「一緒に帰るか?」
「予定が合えばな笑」
「じゃあ、俺電車で帰るから」
北斗は駅のほうを指さす。友人は、タクシーで帰ると言った。
「じゃあな、松村」
「また」
旧友同士は、短い挨拶を交わした。
続く