26 傘。
雨の日が増えてきた。
雨は……好きじゃない。
嫌でも、あの時を思い出してしまうから。
私は先生にとっては全然子供で、どんなに先生と距離が縮まったんじゃないか、
って思っても、そんなことは無い。
今でも、先生は私のことを「セイト」とみているのではないかと。
苦しくて、苦しくて、だから先生に早く会いたいと思ってしまう。
先生の顔を見て、少しでもいいから喋って、小さな期待を貰いたいんだ。
「梅雨入りしたらしいよ。」
仕事を終えて外に出て、雨が降っている夜空を見上げている私の横に
同じように仕事を終えて出てきた手塚さんがいた。
『 手塚さんは、雨…すきですか?』
「うん、結構すき。」
『 そうですか。…』
傘を広げる。
手塚さんも、私と同じ黒い傘を広げる。
「珍しいよね。女の子が黒い傘って。」
手塚さんと私の頭の上に並んだ、同じ色の傘
『 できるだけ、雨が見えない傘が良くて…』
あの雨の日から私は、黒い傘しか使えない。
・
ビニール傘なんて、見るのも嫌いだ。
だから、先生が持ってきたのがビニールだった時も、胸が苦しかった。
私のトラウマは、色んなところでサクサクと胸に突き刺さる。
先生とまた会えるようになったら、そんなトラウマなんてさっさと消えてしまうかと思ったけど、
人の心なんて、そんな簡単なものじゃなかった。
「○○ちゃんは、雨が嫌い?」
一人暮らしをしている手塚さんと雨の中、隣で歩く。
『 嫌い、ですね。ふふっ、大嫌いかも…』
「何か嫌な思い出でもあるの?」
『 えっ…どうして、?』
「あ、ごめん。何か泣きそうな顔してたから。」
お互いに黙ってしまい、それぞれの傘にあたる雨の音が、よく響く。
『 私、そんな顔してましたか…?』
「うん」
手塚さんは、こっちを見なず話した。
『 …悲しい、思い出があります…。』
「そう。」
『 はい』
それ以上の事も聞いてくることは無かった。
『 手塚さんは、どうして雨が好きなんですか?』
「んー、全部を流してくれるからかな。」
クスッと笑って答える。
「リセットしてくれる感じがする、色んなこと」
『 リセット、ですか』
「リセットしたいこと、結構あるでしょ。」
私は何もリセット出来なかったんだって思った。
「ま、単純に綺麗だから、ってのもあるけどね。」
『 雨が、綺麗ですか…?』
「綺麗じゃん。空から、雨が降ってくるの。」
私もいつか、雨が綺麗だと思える日が来るのだろうか。
綺麗な雨が、辛い思い出を全て消してくれる日が、私の元に訪れることはあるんだろうか。
・
『 手塚さんは、小説書いてますか?』
「うん。書いてるよ。近頃大きな賞があってさ。応募するためにね。」
前に、手塚さんが書いた小説が面白くて、世間に出て欲しいと思った。
友達だから…という理由ではなく。
『 どんなお話なんですか。』
「今回の題が恋愛物でね。」
『 恋愛ですか!?読みたい!』
「ふはっ。どーしよっかなー。まだ書けてないからなー。」
意地悪な顔で言われて、「読ませてくださいよぉ!」ってふざけた調子でいうと、笑われた。
駅前に着くと、手塚さんとはバイバイになる。
「じゃあ、書けたらね。」
『 やったー!!』
「じゃ、またあしたー」
バイバイと手を振る手塚さんに私も手を振り返し、屋根の下に入って黒い傘を閉じた。
コメント
6件
手塚さんの恋愛小説がなんかありそうだなぁー