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3話:境界線の崩壊
それからの数日間、先生の態度は隠すことすらやめたようにあからさまになっていった。
授業中、先生の視線は常に吉田を追っていた。黒板に数式を書きながらも、視線だけはちらちらと吉田の席へと向けられる。吉田が視線を下げると、わざと吉田の席のすぐ横まで歩いてきて立ち止まり、机の端を優しく指で叩くのだ。
(やめてくれ……触らないでくれ……)
吉田はノートをとるふりをしながら、全身の毛穴が開くような不快感に耐えていた。息を吸うのも苦しく、制服の襟元が首を締め上げているように感じる。制服の袖の中で、左手の親指の爪を人差し指の皮膚に深く食い込ませた。すでに皮膚は赤く腫れ上がり、少し力を込めるだけでジクジクとした痛みが走る。だが、その痛みに頼らなければ、今すぐこの教室を飛び出してしまいたかった。
そして、事件は金曜日の放課後に起きた。
部活の荷物を取りに、誰もいない夕方の校舎を歩いていた吉田は、踊り場で先生と鉢合わせた。
「吉田。探したよ」
先生はいつもの爽やかな笑みを浮かべていたが、その瞳にはどこか異様な執着が宿っていた。
「準備室に、進路の重要な資料を置いてあるんだ。二人で静かに話そう。将来のこと、吉田だけに話したいことがある」
「……結構です。もう帰ります」
吉田が横をすり抜けようとした瞬間、先生が素早く腕を伸ばし、吉田の手首を強く掴んだ。
「待てよ!」
昨日切ったばかりの右手首がズキッっと痛む。
「イッ……離してください!」
力がこもった強い握力。生徒に対する接し方では明らかにない。ぞっとするほどの冷たさが吉田の背筋を駆け抜けた。
「吉田、どうしてそんなに俺を避けるんだ? 俺はこんなにお前のことを思ってるのに。他の生徒とは違うんだよ、お前は」
先生は吉田の手首を掴んだまま、顔を近づけてきた。その瞳に映る自分の怯えた顔を見て、吉田の頭の中で何かが限界を迎えた。
「嫌だ……離せよ!」
吉田はがむしゃらに腕を振り払い、先生を押し返すようにして後ろへ跳び退いた。先生は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに傷ついたよう顔をし、そしてどこか歪んだ笑みを浮かべた。
「……そんなに嫌がらなくてもいいだろ。俺はお前の味方なのに」
吉田は返事もせず、弾かれたように走り出した。
階段を駆け下りる足が震え、視界が涙で滲む。先生のけがれた手で強く掴まれた手首が、まるで限界と訴え かけるように血が溢れ出てくる。血で滲んだ制服の袖を掴みながら必死で逃げた。心臓がうるさいほどバクバクと鳴り響き、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてきた。校門を飛び出し、足がもつれそうになりながらも、ただひたすら家を目指して走り続けた。
背後に、あの優しく包み込むような、けれど底なしに不気味な先生の視線が、いつまでもへばりついている気がしてならなかった。
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