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※完全に妄想なので何でもありな方はどうぞお付き合いください
※本編の更新遅くてごめんね
※タイトル変更しました
カービィの場合
「はあーっ…この星、すっごく寒いなあ…」
暖房は効いていないのか、建物の中はとても冷たかった。窓ガラス越しに見る白銀の世界は、溜息をつきそうなくらいに広くてきれいだ。この建物の中にマフラーや耳当てが置いてあったけど、後で貰っておこうかな。そんな風に考えていると、反対側のガラスが叩かれる音がした。振り向いてみれば、ガラスに体重を預けて外を覗いているアドレーヌがいた。彼女もまた寒いのか時々震えているのを見かけたけれど、いつも明るいムードメーカーな彼女は、今日はやけに静かだった。表情もいつもよりずっと暗い。ポップスターじゃ普通は珍しい雪に目を輝かせているわけではなさそうだ。
「ねえ、アド――」
言いかけて止まる。その吸い込まれそうなグレーの瞳は乾いていた。そのまま時が動かなくなる。やがてアドレーヌが、ひとつ、ふたつとまばたきをして、重たそうに口を開いた。
「――カーくん、あたし…この星のこと、嫌いなんだ」
唐突で、予想もできないような告白だった。瞼を下ろす。そのまま言葉を続けることはなかった。
冷たい隙間風が、二人の間に吹いた。もう一度その顔を見上げる。どこか寂しそうな表情に、飲み込みかけた言葉を思い出す。静けさと涙は、目の前の少女には似合わないから。
「――つまんないね、ここ」
はっと目を見開く。さっきまでの気持ちはどこに行ったのか、勢いよく振り向いてくれた。その驚いた表情はなぜか新鮮に感じられて、思わず見とれそうになったけど。
「…それよりさ、さっき置いてたマフラー、誰の落とし物かな。誰もいないし、ぼくらが貰ってもいいよね?」
頬が少し下がる。ガラスに付けていた腕が力なく落ちた。少し呆気にとられている彼女に、満面の笑顔を向ける。
「……あのサイズじゃあ、カーくんには大きすぎるよ。あたしが丁度いいやつ、描いてあげよっか。もちろん、ワドくんとリボンちゃんの分も一緒に。」
薄い反応だったけど、ほんの少しだけ笑ってくれた。声もさっきより明るいトーンに戻っている。嬉しくて、思わず抱きしめたくなったのをこらえ、ぼくは頷いた。
「ポップスターに帰ったら、ちゃんと毛糸で編んでね。もちろん、アドレーヌの手作りで三着分」
はいはい、と軽返事をしながら、ぼくの手を引いて歩きだした彼女をもう一度見上げる。その臆病な表情は拭えなかった。まだ少しだけ不安が残ったまま、探索を再開する。
(ごめんね、でもぼくが何とかしなくちゃ。笑ってないアドなんて、ここよりもっとつまんないし)
これがぼくにできる、精一杯だった。
ワドルディの場合
真っ白でふわふわした地面が広がっている。思わずその中に飛び込むと、雲の欠片が飛び散っていった。いくつかの雲が覆いかぶさる。その後ろから微かに聞こえてきたのは、仲間の一人の笑い声だった。
「どうしたんっスか?急に笑っちゃって…」
「いいや、別に。ただ、ワドくんがかわいいな、って思っただけだよ」
そういたずらっぽく笑うのは、仲間のアドレーヌさんだ。オイラたちより背が高くて、絵を描くことが上手な人だ。二日目の別行動で一緒になれたのだ。昨日はカービィさんとデパートの上の方の階を探索していたらしい。実を言うと、大王様の気まぐれに振り回され続けて、こちらから自然に分かれてしまっただけなのだが。
「それにしても…見つからないっスね、クリスタル…… あれ?」
そんな彼女の様子がいつもと少し違うのに気がついて、独り言を止めた。足場に座り込んだまま、俯いている。いつになくボーっとしていて、明るい彼女には不釣り合いだ。なんとか元気を出してもらいたくて、近寄って声をかけようとした。
――その顔を見た瞬間、思わず一歩下がってしまう。焦点の定まっていない、虚ろな目。いつも通りのグレーの瞳は、より濃く、暗くなっている。もしかするとオイラのことが目に入っていないのか、それとも気にしていないだけなのか、近づいても話しかけてくることはなかった。ただボーっとしたまま、何か独り言のような言葉を発しているが、全く声の形になっていないので聞き取れない。まるで自我を消失したかのような表情に、ふと数日前の出会いを思い出す。
彼女の状態がどうであれ、このままでは埒が明かない。そう思って、意を決して話しかけようとした。すると突然立ち上がって、どこかに歩きだす。こちらを気にする素振りも、クリスタルを探している様子も見られない。不安になって慌ててついていく。歩くスピードはいつもより速く、走って追いつくのが限界だ。迷いなく前進するその姿に、恐怖を抱いた。
どこに行くかも分からない、長いようで短い追いかけっこは、小さな穴の前で終わった。いきなり立ち止まると、またさっきと同じようにボーっとしている。よく分からないけど、話しかけるなら今がチャンスだろう。今度は自分が、迷いなく彼女の方向へ向かう。そうしてあと少しで触れられそうな距離まできたところで、また何かを言っているのを聞いた。
「…めん、ごめん……、本当…なんで、あたしだけ……ぅうっっ、、…うあぁぁぁっ…!!!」
誰に謝っているのかは全く分からなかった。けれどその裏に、相当なんて言葉じゃ言い表せないほど大きな悲しみを感じた。目の前にいるはずの仲間の背中が、どんどん小さくなって、いつか触れられなくなってしまうんじゃないか。ありもしない妄想だったけれど、それぐらい不安だった。それぐらい焦っていた。次第に声と涙はおさまってきていた。けれど自分の中の悪い予感と焦りは、減速してくれなくて。雲の合間にできた穴を前かがみになって覗き込んだ姿を目に入れた瞬間、随分とひさしぶりに、ほんの一瞬の間だけ、悪夢を視た。
「――…はやく、そっちに行かせて……会いたい、…みんなに、会いたいよぉっ……」
このまま放っておくと確実に危ない。浮かんできたのは、最悪の想像。否定したいイメージは、一度思いついてしまうと、中々消えなかった。手遅れになって、もう手が届かなくなる前に。自分のこの声を、目の前にいる仲間になんとか伝えたい。たとえそれが、最良の選択でなくたって。
この人がいたから、オイラはここまで頑張れたんだ…!
「…待って、ください」
自分の思っていたよりも小さい声だった。それでも、振り向いてもらいたかった。どうしても、諦めきれなかったんだ。
「…駄目、です。たとえ過去にここで何かが起こっていたとしても、駄目なんです。この先で、オイラたちの帰りを待ってる人がいるんです。それは絶対、アドレーヌさんだって、分かってるはずっス 」
ショルダーポーチから、縞模様の布を取り出す。休憩の時のゲームに使う、お気に入りのピクニックシート。折りジワが付き、足跡で汚れた、長旅のお供。振り向いてはくれなかった。それでも、本当に少しずつ、ゆっくりと氷が解けていくみたいに。
その人の心は、膝から崩れ落ちる形で限界を迎えた。
「…みんな、待ってますよ。アドレーヌさんのことと、それから、いつものゴールゲーム――オイラも、楽しみっス」
デデデ大王の場合
「ったく…ようやく合流できたと思ったら、なんでそんな辛気臭い顔してんだよ…」
工場のシャッターを閉める。後ろの方で夜食の取り合いをしているバカ共がいるが、そんなことはこの状況においては心底どうでもいい話だ。さっきまでハンマーを握っていた手から、錆びた鉄のにおいがした。
「お前らの組は外から回ってただろ。進行方向的に、“あれ”は見てないとは思うんだがなぁ…」
もしアドレーヌが、俺とピンク玉が見たものと同じ光景を見ていたのなら、消沈している理由は分かる。外側と出口付近に何があったのかは知らないが、この工場は、健全な奴なら間違いなく駄目になるタイプの感じだったから、どこにそんな仕掛けや物があったっておかしくない。しかし残りの二人が何か隠し事をしているようには見えないことから恐らく、アドレーヌにしか分からない「何か」があったのだろう。そういえば、この星に来た時からアドレーヌの様子がおかしかった気がする。昨日と一昨日の夜、ワドルディとカービィからアドレーヌのことで相談されたのだが、もしかするとそれが関係しているのだろうか。
「…お前…ここの事、知ってんのか?」
思い切って聞いてみる。案の定と言うべきか、すぐに返事は返ってこなかった。だが、後ろの三人はこの空気を読んでどこかへ行ってしまったのか、いつの間にか静かになっていた。そこから少し長めの時間が経って、ゆっくりと開きはじめた口からは、大人びた声が聞こえてきた。
「――まあね。昔、来たことあるの。知らない人に連れてこられて…怖くてすぐ逃げ出しちゃったけど」
その言い方の意味が一瞬だけ理解できなかったが、ここに来るまでに通った道のりで見た光景を思い出すと、なんとなく分かる気がした。この場所――もしかすると工場ですらないのかもしれない――で過去に起きた出来事は、それほどまでに悲惨で、二度と繰り返してはいけない歴史なのだろうか。
アドレーヌの横顔を見る。どこかここよりも遠いところを見つめているような、この年齢にしては早すぎる達観したかのようなその瞳は、この鉄と同じ灰色だった。まばたきをするたびに潤む瞳の光は、今にも消えそうなくらいに細く輝いている。それに見とれているうちに思わず口を衝いて出たのは、自分でも聞いてはいけないと分かっていたことだったのに。
「――もしかして、この星がアドの――」
「そろそろ、皆を呼びに行こ。デデの旦那も、お腹空いたでしょ?」
そう立ちあがって笑ったアドレーヌの顔を見た瞬間、激しい後悔が襲ってきた。駄目だと分かっていたのに、踏み込みすぎた。嫌なところを見られるのがどれだけ苦しいのか、自分が一番分かってたはずなのに。本人は気づいているのかいないのか、その目にたっぷりと浮かべた涙は、零れることなく瞼の周りに凍り付いていた。
それは、自分の無神経さと無力さを、嫌というほどに痛感するには充分すぎるやり取りだった。不意に、仲間を苦しめるこの場所を、できることなら自身の手で壊してしまいたくなる。けれどそれは、本人が望んでいないことであって、そんなことで救われるほど、彼女の受けた傷は浅くない。こんな状況に慣れてしまった己の立場と力量を悔やみながら、宙に呟く。
「…糞が…無駄に広いんだよ、この星は」
リボンの場合
先を行く人を追う。花の甘い香りがどの方向からも流れてくる。風の流れを振り切りながら、遠くの暗い空を見た。ついこの前まではどこにでも青空が広がっていたのに、この花畑以外の場所はもう真っ黒だ。分かれた方の三人は大丈夫だろうか。不安で胸がいっぱいになる。もしみんなが、あのお城と同じように、闇の中に囚われてしまっていたら…!
「…大丈夫だよ。みんなは、あたしたちが絶対に助けるからね」
振り向かれたその顔には、強い決意の眼差しがあった。本気でわたしたちのために、力を尽くして助けてくれるみたいだ。それだけでも本当に嬉しかった。リップルスターを出た時はひとりぼっちだったけれど、ポップスターでカービィさんと出会って、新しい友達が仲間になってくれて、みんなでクリスタルを集めた。長いようで短い旅だったけれど、確かにわたしは一人じゃなかった。ブルブルスターでこの星の惨状を目の当たりにした時だって、そばにみんながいたから、もう一度立ち上がれた。そして、仲間と一緒にみんなを助ける決意ができたんだ。
「…ねえ、リボンちゃん」
立ち止まり、まっすぐな眼差しが投げられる。ほんの少しだけ差し込む光が弱々しく瞬く。その様子は、まるで“あの時”と同じようで、これから紡がれる言葉の先が見えるような気がする。
「…あそこで…ブルブルスターで見た時、どう思った?…リップルスターの事」
遠慮がちに、でも真剣に、はたまた何かを恐れているかのように吐いた。変わり果てた故郷の姿を思い出す。綺麗な赤色は闇に覆われ、汚れているようにも見えた、クリスタルの導きの先の世界。楽しさと険しさに忘れかけていた恐怖が蘇る。助けを待っている友達や女王様が遭っている目を考えただけで羽が竦んだ。それでも、一人じゃないという微かな希望の光が、その身を先に進めてくれた。さっきみたいに何度も絶望が広がったって、折れることなく立ち向かえた。
「…正直――絶望しました。わたしの知ってる姿と全然違って、黒い雲に覆いつくされてて。こんな状態で、みんなは無事じゃないのかなって、もう助けられないのかなって何度も思いました。それでも、今みなさんと一緒にいると、何とかなるって気がしてくるんです。背中を押して、励ましてくれてる気分になるんです。」
そっか、と呟き、うつむく。その表情のせいか、不意にコレカラスターでの一件を思い出した。あれは逃げ遅れたんじゃない。向こう側に見える目的地に足が竦んで動かなくなったせいだ。疑いが確信に変わった。大王様が言っていたことは本当だったんだ。
ブルブルスターは、アドレーヌさんにとっての――
「――同じだから、ですか?」
何も答えない。うつむいたままの顔からはもう表情を読み取れない。怒っているようにも、泣いているようにも見えるその立ち姿に、思わず手を伸ばす。広がる暗雲、やがて届かなくなる光。前に垂れた髪が、さらりと揺れた。
「……辛いものはもう見たくない。だから少し、必死なのかもね」
そう言って少し顔を上げる。薄い微笑みだけを浮かべた蒼白の顔は、過去の絶望か今の使命か、どちらから来ているのか、わたしにはまだ分からなかった。
(どうか――どうか、呑まれないで)
その歴史に、肯定なんてしたくなかった。
アドレーヌの場合
ビルの屋上、誰もいない夜の摩天楼。錆びたフェンスに恐るおそるもたれかかって、白い息を吐いた。
(露骨に落ち込みすぎ。流石に感づかれちゃったかな)
ギシギシと音が鳴る。未だ稼働していた自販機で購入した缶コーヒーのプルタブを開ける。カシュッ、と鳴って、温かくて苦い蒸気が顎の辺りに当たった。コーヒーの匂いに、鉄やアルミの匂いが混ざっている。そっと啜ると、体にじんわりとした熱が広がっていくのを感じた。この温度も味も、景色も。何一つ変わっていない、ありふれた日常の光景の一つ。この世界が幻想だったら良かったのに、と市街地に積もる雪を踏みしめながらどれくらい考えたことだろう。全て夢で終わらせられたのなら、どれだけ幸せだったのだろう。デパートで拾ったパンフレットを取り出し、開く。経年劣化で変色した紙からは、焦げた臭いがした。見出しにはこの星の言語で「今月の映画特集」と大きく書いてある。あたしたち一行の中でこれを読めたのは唯一、あたしだけだった。博識なリボンちゃんも、方々に顔が広いデデの旦那も、星の旅人のカーくんも分からないような複雑な言語だったのに。
(大分あっちの言葉に慣れちゃったから、忘れてたと思ってたのに。刷り込みってやっぱり怖いなぁ)
ぱらぱらとめくる音だけが、静かに反響している。下の通路を、無人トラックが走っている。発達し過ぎたテクノロジーは、たとえ制作した者が消えても残り続けるのだろう。皮肉を笑って流してくれるほど、あたしの友達は薄情じゃない。隣で真剣に、真摯に向き合ってくれる。その好意が何よりも嬉しいけれど、時にその思いがお節介になるなんて、分かっているのだろうか。それで救われてきた人が多すぎるから、そう考えることすらないのだろうか。
(だからって無下にするのは…できそうにないや)
空になった缶を、後ろのゴミ箱に捨てる。プラスチックの底にアルミがぶつかる音がした。雲の合間に見える月だけが、宇宙で瞬く星の代わりに、強く光っていた。足元から大きな影が立つ。改めて、自分と他との違いを思い知る。既に生命が途絶えたこの星が眠りにつくのはいつになるのか、目途は立ちそうにない。
それでも、昨日訪れた工場で見たものや市街地で戦闘した兵器のことを併せて考えると、すぐに自分の手でケリをつけたいと思う。こんなに綺麗な状態で稼働しているのならば、誰かに悪用されてもおかしくない。この星で起きた最悪の事件を知っているからこそ、どうしても止めたかった。けれど、それと同時に、このまま発展させていきたいという微かな欲望もあった。たとえ悲惨な出来事のあった地でも、確かにあたしの■■だから。このまま廃れてしまうのは、なんだか勿体ない気がする。いつかあたしの町も埋もれてしまう時が来るかもしれない。だからせめて、この街だけは。
「…でも…あたしだけが、こうやって生き残って…これで、良かったのかな…」
呟く。ちいさな独り言は、冷えた空気に混じって、落ちることなく消えていった。誰にも拾い上げられなかったその言葉がどんなものだったかは、数秒先の自分も忘れてしまうだろう。少し寂しい気もしたけど、これでいいんだと持ち直した。もう一度見上げた摩天楼。昔眺めたオリオン座は建物と雲の上、きっと今も光っている。
(…そろそろ、帰ろうかな)
都市の風景に背を向けて、きしむ屋上の戸を引いた。