テラーノベル
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リュシアの滞在は、予定よりも長くなっていた。 彼女は「王宮の風の仕組みを学びたい」と言い、毎日アイリスのそばにいた。
「アイリス、今日も案内をお願いしてもいい?」
「もちろん。今日は厨房の“空気の流れ”を見てみましょう」
セレナは、紅茶を飲みながら微笑んでいた。
「あなた、すっかり“先生”ね」
でも――その様子を、少し離れた場所から見ていたレオの目は、どこか曇っていた。
「…アイリス、最近ずっとリュシアと一緒だね」
彼は、果実の木の下でぽつりと呟いた。
「ええ。彼女、すごく熱心で…質問が止まらないんです」
アイリスは、笑いながら答えた。
「ふーん。君が誰かとずっと一緒にいるの、なんか…変な感じだな」
「変ですか?」
「いや…なんていうか、夕焼けが他の空に染まってるみたいで」
アイリスは、少しだけ目を丸くした。
「それ、嫉妬ですか?」
レオは、顔を赤くして言った。
「嫉妬って…僕が? いや、そんな…でも…ちょっとだけ」
その言葉に、アイリスはふっと笑った。
「レオが嫉妬するなんて、珍しいですね。 でも、私が誰といても、夕焼けはちゃんとここにいますよ」
レオは、少しだけ照れながら言った。
「君が誰かに夢中になってると、僕の空がちょっと曇るんだ」
その日の午後、リュシアがまたアイリスに声をかけた。
「アイリス、次は王宮の書庫を見たいの。 空気の流れと、言葉の記録の関係を知りたいの」
アイリスは頷きながら、ふとレオの方を見た。
「リュシア、今日はレオも一緒にどうですか? 彼、書庫のことなら詳しいですし」
リュシアは、少し驚いた顔をしてから笑った。
「もちろん。王子様の視点も、風の一部ですものね」
書庫では、三人が並んで古い記録を読みながら、空気の流れと言葉の重なりを探していた。 レオは、少しずつ表情を柔らかくしていった。
「君が誰かに必要とされるのは、嬉しいことだ。 でも、僕も君の“空気”の一部でいたい」
アイリスは、レオの手をそっと握った。
「レオは、私の“夕焼け”です。 誰かが空を見上げても、私の空はここにありますよ」
その言葉に、レオは静かに笑った。
そしてリュシアも、二人のやりとりを見て、ふっと微笑んだ。
「風は、誰かの心を揺らすもの。 でも、揺れた先に、優しさがあるなら――それは、良い風ね」
王宮の空気は、また少し変わった。 嫉妬も、素直に伝えれば風になる。 そしてその風は、心を通して、空を晴らしてくれる。
リュシアの滞在は、いよいよ終わりを迎えようとしていた。 王宮の庭では、ささやかな見送りの茶会が開かれていた。
「アイリス、あなたと過ごした日々は、私の国にとってのとても良いものになったと思います」
リュシアは、紅茶を口にしながら静かに言った。
「私も、あなたに出会えてよかったです。 風は、国境を越えるんですね」
リュシアは、少しだけ身を乗り出して言った。
「約束します。何があっても、あなたの国に助けの手を差し伸べます。 風が止まりそうになったら、私が吹かせまに来ます」
私は、胸が熱くなるのを感じた。親友ってこんな感じなのかな。
「ありがとう、リュシア。 その言葉が、私たちの空を守ってくれます」
その夜、王宮の空気は穏やかだった。 でも――その静けさの奥に、冷たい気配が潜んでいた。
翌朝、厨房の奥で、侍女の一人が異変を報告した。
「王妃様の薬棚に、見覚えのない瓶がありました。 ラベルも、筆跡が違います」
私は、胸がざわついた。 それは、かつての“毒”の記憶を呼び起こすものだった。
すぐにセレナの部屋へ向かい、薬棚を確認した。 瓶の中身は、見覚えのある色――あの時、私が食べたパイに仕込まれていた毒と、似ていた。
「…また来たんですね」
私は、静かに呟いた。
セレナは、落ち着いた声で言った。
「彼らは、王宮だけでなく、国そのものを壊そうとしている。 私たちが風を通したことで、古い影が揺れ始めたのね」
アデルは、すぐに調査を命じた。 そして、報告が届いた。
「かつて王妃に毒を盛った者たちが、国外で勢力を立て直し、再び動き始めた。 今度は、王宮だけでなく、城下町をも標的にしている」
私は、深く息を吸った。
「風が通ったことで、影が濃くなった。 でも、風は止めません。 今度は、私たちが守る番です」
その夜、私はリュシアに手紙を書いた。
あなたの約束が、今必要になりました。 風が揺れています。 でも、私たちは立ちます。 あなたの国の風が、届くことを信じています。
数日後、リュシアから返事が届いた。
アイリス。風は届きます。 私の国の空を動かし、あなたの国に吹かせます。 約束は、風よりも強い。
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