テラーノベル
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第8話:海外からの謎のMeTubeのギフト(赤枠)
シロが前足で「ぽんっ」と地面を叩いただけで、ガチガチの荒れ地が、極上のふかふか黒土に変わってしまった。
その奇跡のグラウンド・ゼロである真新しい畑のど真ん中で、俺は大の字になって天を仰いでいた。
背中から伝わってくる土の温もりと、シロから放たれるマイナスイオンの相乗効果で、思考は完全に停止、いや「どうでもよくなって」いる。
ブラック企業時代、エクセルのマクロが一つ狂っただけで胃をキリキリさせていた俺だが、今は目の前で物理法則が崩壊しても「まぁ、シロが可愛いからいっか」で済ませられるほどの謎の包容力を手に入れていた。
スローライフ、恐るべし。
しかし、当事者である俺が現実逃避を決め込んでいる間にも、三脚に固定されたスマホの画面内では、かつてない規模の大パニックが巻き起こっていた。
「……なんか、スマホの通知音がずっと鳴り止まないんだが」
むくりと起き上がり、ズボンについた黒土を払って縁側のスマホを覗き込む。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
同時接続者数:『38,400人』
「は……? さ、さんまん、はっせん……?」
さっきまで1万2千人だったはずだ。それがたった数分、俺が土の上で寝転がっている間に3倍以上に膨れ上がっている。
そして、滝のように流れるチャット欄を見て、俺はその理由を察した。
『What is this!? CGI!?(なんだこれ!? CGか!?)』
『Japanese Druid!!(日本のドルイドだ!!)』
『No, the CAT did it!!(いや、猫がやったんだぞ!!)』
『Holy Cat… Beautiful…(神聖なる猫……美しい……)』
『O MY GOD. Magic is real in Japan.(オーマイガー。日本では魔法が実在するのか)』
『Is this a new anime promotion?(新しいアニメのプロモーションか?)』
コメントの半分以上が、英語をはじめとする外国語で埋め尽くされていたのだ。
どうやら、シロが土を一瞬で耕した(というか作り変えた)あの数秒のクリップ映像が、X(旧Twitter)や海外の掲示板サイトに転載され、「日本の奇跡の猫」「リアル魔法使い」として瞬く間に世界中へ拡散されてしまったらしい。
MeTube(ミーチューブ)のアルゴリズムも完全に発狂したのだろう。国境を越え、全世界の「おすすめ」枠にこの無名の【日常チャンネル】をねじ込み始めたのだ。
『Amazing!(素晴らしい!)』
『Qué lindo gatito!(なんて可愛い子猫ちゃん!)』
『I want to touch that fluffy fur!(あのもふもふの毛並みを触りたい!)』
『主、これ世界にバレたぞww』
『海外勢の困惑っぷりで白飯3杯いけるww』
『日本が誇る最終兵器(もふもふ)の力を見るがいい』
日本語と外国語が入り乱れ、もはやチャット欄はカオスを極めていた。
翻訳機能を通しているのか、片言の日本語での書き込みもチラホラ見える。
と、その時だった。
『ピコンッ』というひときわ大きな電子音と共に、チャット欄の最上部に、真っ赤な帯がバシッと固定された。
いわゆる『赤枠の高額ギフト』――MeTubeのギフト機能における、投げ銭の最高額である。
金額の表示は『¥50,000』。
一撃で、5万円。俺がブラック企業で3日徹夜してようやくもらえる手当よりも高い金額だ。
「えっ……ごまん……!?」
驚く暇も与えず、再び『ピコンッ』『ピコンッ』と連続で音が鳴り響く。
『¥50,000』
『¥50,000』
『¥50,000』
『¥50,000』
「ちょ、ちょっと待て! なんだこれ、バグか!?」
画面が次々と強烈な赤色に染め上げられていく。
投げているのは全て同一人物。アラビア文字で書かれた、やたらと長いユーザーネームのアカウントだった。
アイコンは、サングラスをかけた浅黒い肌の男性が、高級そうなプライベートジェットのソファで微笑んでいる写真。
限界まで投げられたギフトの最後の一つに、英語と、翻訳機にかけたような少し不自然な日本語でメッセージが添えられていた。
『This is a miracle of God. I have never seen such a beautiful creature. To the owner, please buy the highest quality tuna in the world for this holy white feline. From Dubai.』
(これは神の奇跡です。これほど美しい生き物を見たことがありません。飼い主殿、この神聖なる白猫に、世界最高級のツナを買ってあげてください。ドバイより)
「ド、ドバイの石油王……ッ!?」
チャット欄の日本人リスナーたちも、これには大爆笑と大興奮の嵐だ。
『石油王キターーーーーー!!!』
『ドバイに見つかったwwww』
『シロ様、ついに中東のオイルマネーを動かす』
『5万×10発=50万!? 数秒で俺の月給超えやがった……』
『さすが神獣、稼ぐスケールが違いすぎるww』
『主、とりあえずツナ缶じゃなくて本物のクロマグロ一本買ってこいww』
俺は震える手でスマホを持ちながら、茫然と立ち尽くしていた。
50万円。
たった今、数分前に、俺の飼い猫が庭の土を前足で叩いただけで、俺の口座に50万円が振り込まれることが確定したのだ。
ブラック企業時代、頭を床に擦り付けるようにして取引先に土下座し、ようやく取れた契約の利益が1万円だったことを思い出す。
俺のあの血の滲むような努力は、シロの肉球の『ぽんっ』という一撃の、さらにその数十分の一の価値もしなかったらしい。
「……あははっ……なんかもう、笑えてきたな……」
俺は乾いた笑いを漏らしながら、振り返った。
世界中を巻き込んでオイルマネーまで動かした当の張本人――シロは、縁側の特等席で何事もなかったかのように、ペロペロと自分の前足を舐めて毛繕いをしている。
その姿は、狂騒するネットの世界など全く気にも留めていない、絶対的な王者の風格(ただのマイペースとも言う)を漂わせていた。
『ミャウ?』
俺の視線に気づいたシロが、不思議そうにサファイアとアンバーのオッドアイを向けてくる。
そして、「撫でていいわよ」とばかりにコロンと仰向けになり、純白のもふもふなお腹を無防備に晒した。
「……ああ、そうだな。ツナ缶より美味いマグロ、お取り寄せしてみるか」
俺はスマホを三脚に戻し、縁側に腰を下ろすと、シロの柔らかいお腹に顔を埋めた。
瞬間、全身を突き抜ける極上のマイナスイオンと、柔らかな日差し、そしてふかふかになった土の匂い。
画面の向こうで数万人が熱狂し、ドバイの富豪が札束を乱舞させていようとも。
俺とシロの周りに流れる時間は、どこまでも穏やかで、ただひたすらに心地よかった。
圧倒的なストレスフリー。最強の癒やし。
これが、世界中が熱狂する俺たちの【日常】なのだ。
「さて……次は、このふかふかの土に何を植えようかな」
神獣の力で生まれた奇跡の土壌。
ここから始まるスローライフが、さらに常識外れな方向へ転がっていくことは、火を見るよりも明らかだった。
コメント
1件
わあ、ついにシロちゃんの力が世界にバレちゃいましたね…! ドバイの石油王から50万円のギフトが飛んでくるなんて、もう漫画みたいな展開で笑ってしまいました。でも主人公が「まあシロが可愛いからいっか」と受け入れている姿に、ほっこりしました。シロちゃんのマイペースな王者感がたまらないです。これからのスローライフ、ますます楽しみです🌷
ゆうき あきや
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259
#心理描写重視