テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#シリアス
17
134
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
蛇頭会の連中を軽くシメて事務所に戻った頃には、外は土砂降りの雨に変わっとった。
返り血を浴びたシャツをゴミ箱に放り込み
新しい服に着替える。鏡を見れば、そこには返り血を拭い切れてへん、冷え切った目の男が立っとった。
「……ひまりには見せられんわな」
顔を念入りに洗い、眼鏡をかけ直す。
事務所の奥の居間に向かうと、ひまりがテーブルで宿題を広げたまま、うつらうつらと舟を漕いでいた。
「……ひまり。風邪引くで」
俺が声をかけると、ひまりはハッとして目を擦った。
「あ……おかえり、おじさん。お仕事、終わったの?」
「おう、終わった。……待っとってくれたんか?」
「うん。……おじさん、今日はずっと雨降ってるから、冷えちゃったでしょ。和幸さんと、スープ作ったの」
ひまりが指差した先には、ラップがかけられた手作りの野菜スープがあった。
和幸が横で「お嬢が、兄貴が帰ってきたらすぐ飲めるようにって、ずっと火の番してたんすよ」と、ニヤニヤしとる。
俺は黙って椅子に座り、スープを口に運んだ。
ひまりが一生懸命切ったんやろう、不揃いな形のニンジンやジャガイモがゴロゴロ入っとる。
さっきまで握っとった短刀の冷たさが、スープの熱でじわじわと溶けていく気がした。
「……うまいわ。和幸が作ったやつより、百倍ええ」
「本当? よかった……!」
「…ひまり、おおきにな」
ひまりがホッとしたように笑う。
その笑顔を見るたびに、俺の中の「極道」が少しずつ削り取られていくのがわかる。
さっきまで裏路地で人を殴り倒しとった手が、今は小さなスプーンを持って、ガキが作ったスープを啜っとる。
「……おじさん。明日も雨かなぁ」
「なんや、不安か?雨やったら学校の玄関まで送ったるわ」
「あはは、それはちょっと恥ずかしいかも」
ひまりが声を立てて笑う。
この笑い声を絶やすような奴は、例え神様でもワシがブチ殺す。
「ひまり、もう寝とき。明日朝早いんやろ?」
「うん、おやすみなさい。おじさん」
ひまりが奥の部屋へ消えていくのを見届け、俺は残りのスープを一気に飲み干した。
腹の底から温かくなる。
この温かさを守るためなら、俺は何度でも地獄へ降りていける。
俺は静まり返った事務所で、ひまりが残した消しゴムのカスを指で集めながら、ふと将来を思った。
ワシがこの子の「本当の父親」になれる日は、来るんやろうか。
(……いや、ならなアカンのや)
俺は再び眼鏡を押し上げ、ひまりが座っとった椅子を優しく整えた。