「私、そろそろ辞めようと思って」
そろそろ夕陽が沈む蒸し暑い夏、僕の家のベランダで2人でアイスを食べながら、静かに君はそう呟いた。
食べかけのチョコのアイスはそろそろ溶け出しそうだ。
僕は君が何を言ってるのか理解ができなかった
「バイトの話?あの焼肉店、ブラックそうだもんね。君から出るバイトの話は愚痴しかない気がする。バイトの特権って、最悪の場合は社会人とは違って飛んでやめれるもんね」
僕は毎回、君の言葉から出る愚痴が全てバイトの話なのを知っていたからか、何も考えずにそう呟いた。
君は何故か、今にも泣きそうな顔で無理やり微笑んだ。
「貴方って、鈍感なのね」
僕たちはその後、近くの砂浜に向かった。
もう夕日は沈んでしまって、広い海は暗闇に包まれていた。
「ねえ、もし私が海みたいに溶けていなくなってたらどうする?」
唐突に難しい質問をされ、呆気に取られた。
溶ける?何を言ってるんだろうか。
僕の頭ははてなだらけだった。海に溶けるのはクラゲじゃないのか。そうしたら、クラゲみたいにって言うんじゃないのか。
違う、今考えるべきなのはそれではない。
「君は溶けないしいなくならないよ」
それ以外の言葉は出なかった。
━━━━━━━━━━……
君は突然、僕の手を取った
ゆっくりと歩き出した。暗闇の中へ。分かりやすく言うと、海の方へ。
僕らは恋人繋ぎをしながら、だんだんと近づいてくる暗闇の、海の方へ歩いて行く。
「ねぇ、どこにいくつもり?もう帰ろうか」
呼びかけは君の耳には届かなかった。
僕は怖くなり、手を離してしまった。
君は構わずに、暗闇の方へ向かっていく。
全てが繋がった。君が辞めようと思うと放った言葉は、『人生を辞める』という意味だったのだ。君の細くて白い左腕に無数の赤い線が入っていたのも、そういうことだったのか。
僕に、君が1番大切にしていたピンクのキラキラしているピアスをくれたのも。
そして今、海の方へ歩いているのも。
僕は止めた足を運んで、君とまた手を繋いだ。
ずっと前に約束していたことがあった。
僕も君も泣いている。
足に冷たい水の感覚を感じた。その感覚は、どんどん膝まで、腰までと深くなっていく。
僕はそっと、左耳のピンクのキラキラのピアスを触った。
水が胸のあたりに来る頃には、君の長くて綺麗な髪の毛はもう海水に浸されていた。
「ねえ、一度止まって」
君と僕は、最初で最後のキスをした。
『君と僕は、ずっと一緒だよ。手を繋ぎながら、一緒に。じゃあ、いこっか。』
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