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フユめん
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ゲームの世界に入ってみたい。とかく、恋愛ゲームならなお良い。というのは、世間一般でオタクと呼ばれる層なら、一度は思うことだ。 そんな夢を叶えた……、もとい、能動的には何もしていないが、叶ってしまった人間がここに一人。
見覚えのある校舎、この校舎は恋愛ゲーム『Dream Lovers』に出てくる、主人公たちが通う学校だ。
この学校には、小さなお社があり、卒業式の日に想い合う男女がお参りすると、その二人は結ばれ、いつまでも幸せに暮らせるという伝説がある。
ゲーム内容としては、その日がやってくるまでに絆を育み、その神社にお参りする相手を作るというものだ。
そのゲーム世界に入ったのだから、私、佐伯佳奈もよりどりみどりの美男子達と、甘く切ない学園生活が待っていると、そう思っていた。
だが、現実は非情である。ゲームの世界も非情である。
私が紛れ込んだのは、女性主人公がイケメン達と恋愛をする、いわゆるガールズサイドシリーズではなく、男性主人公がヒロインを攻略する、本編の『Dream Lovers』の世界だったのだ。
しかも、鏡に映る私は、どこからどう見てもモブキャラの一人。
おかっぱ頭で、分厚い前髪がまるでカーテンのように目を完全に覆い隠している。
これがもう、どれだけ髪を切ろうが、ワックスで固めようが、ヘアピンで留めようが、数分も経てば元通り。この世界が『お前はモブだ』と烙印を押しているのだ。
こんなんじゃ、主人公君に近づいた所で、恋愛は成就しない。ゲーム的に言えば、好感度パラメータが存在しないキャラクターなのだから。
何故そんなことが分かるかと言うと、私には、何故かヒロイン候補達の、主人公くんに対する好感度だけが見えるのだ。
パッケージを飾っている黒髪ロングの清楚ちゃん、メインヒロインにして鉄壁の要塞と呼ばれる攻略最難関、藤原桜子の好感度は10%。流石の鉄壁である。
スポーツ万能で、日焼けあとの眩しい陸上少女、橘さやかの好感度は30%。主人公が野球部だから、それなりに好感は持っているという事か。
メガネに三つ編み、暇さえあれば本を読んでいる文芸少女、小鳥遊このみの好感度は50%。感情を出さないタイプなだけで、誰にでも親切に話しかける主人公を内心かなり慕っているんだろう。
そして私、佐伯佳奈はと言うと………、無い。ヒロイン候補達の頭の上には、パーセンテージが浮かんでいるのに、私の頭上には、何も表示されない。
私の似たような見た目の、いわゆるモブ子達にも、当然のように彼女達の好感度は表示されない。つまり私も、攻略対象ではないという事である。
(でも……、主人公くんとお喋りくらいは、してみたいな)
そう思いながら、め窓の外を眺めるフリなどして、チラリと彼を見る。
主人公、朝倉翔太は、今まさに、幼馴染でメインヒロインの藤原桜子と話している。
「桜子、放課後、一緒に帰らないか?」
「用事があるから、無理なの。また今度にしてね」
あっさりと断られている。さすが鉄壁、言い方はいいとこのお嬢さん然として柔らかいが、取り付く島も無いとはこの事だ。
朝倉くんは、スタスタと去っている桜子ちゃんの背中を見ながら、溜め息をついて、うなだれた。
気持ちは分かる。桜子ちゃん、かわいいもんね。攻略に挑んで玉砕した、全国ウン十万のプレイヤー達も、多分同じ気持ちだよ。
ここがゲームの世界でなければ、もとい、私がモブキャラでなければ、傷心を慰めて、あわよくば横取りを狙ったのに。
…………いや、傷心を慰める事は、出来るかもしれない。
何せ私には、好感度が見える。
恋愛ゲームには大体、好感度なんかを教えてくれる、情報屋的なポジションのキャラがいる。Dream Loversには居なかったけど。
つまり、空席に着いて、情報屋になれば、朝倉くんに近づく事が出来る。
どうせ、私の恋愛は成就しない。それならば、応援したい。彼が恋を実らせる姿を見てみたい。
そうと決まれば、善は急げだ。私は意を決して立ち上がり、朝倉くんのもとへ歩き出す。
「おやおや朝倉くん、桜子ちゃんに袖にされちゃって、ご愁傷様」
情報屋キャラというのは、こういう三下ムーブをするものだ。と、私は記憶の引き出しを漁りながら、なんちゃって情報屋を演じる。
「うっ……、見てたのか……。えっと……名前なんだっけ」
「クラスメイトの佐伯佳奈と申します。 以後、お見知りおきを」
ギャルゲー主人公らしい反応をした朝倉くんに、自分の中で出来る、精一杯したり顔を浮かべて、ずずいっと距離を詰める。
元々、私の方がだいぶ背が低いが、腰を落として懐に入り込み、真下から見上げるような格好になる。
うーん、イケメンだ。流石ギャルゲーの主人公、バッチリ二重の、それでいて鋭すぎない柔らかい目元、すっと通った鼻筋、血色の良い、端正な顔立ち。
あ、見とれている場合じゃなかった。
「と……ところで、佐伯さんは僕になんの用?」
朝倉くんは、いかにも困った様子で後退りしたが、その分以上に距離を詰めてやった。我ながらキモい。
「ふふん、よくぞ聞いてくださいました。女の子と仲良くなりたい朝倉くんの手助けでもと、こう、差し出がましくも推参した次第でございます」
「え……、佐伯さんが?」
この人は何を言い出したのかと困惑した様子で、首を傾げる朝倉くん。無理もない、よく知らない娘、原作のゲームに存在しないキャラなんだから。
けど、ここまで踏み込んだ以上、引き下がれない。情報屋として、認めてもらわなければ。
「思春期の女の子となれば、人の恋路は気になるもの。私も例外ではございません。人の恋路が成就すれば、私も嬉しい。そんな訳で、手伝わせてはいただけませんか? 例えば……、桜子ちゃんの好感度は、まだまだ顔見知り程度。一緒に帰ろうだなんて言われても、その段階には無いとか、そういう情報、欲しくありませんか?」
好感度のパーセンテージという、ゲーム的な表現は避けて伝える。
「え……、そうなの………」
ガックリと肩を落とす朝倉くんの肩を、そっと優しくポンと叩く。こんな時くらいは、優しくしとかないとね。
「まあ、いいとこのお嬢さんなんて、総じてガードが硬いですから。で、どうします?」
「どうしますって……何が?」
「桜子さんを、追いかけ続けますか? それとも、諦めて別の子にしますか? 別の子にするのなら………」
ここまで調子よく喋っていたのを一回切った後、朝倉くんの首元に腕を回して、ぐいっと引き寄せてから、小声で囁く。
「朝倉くんを密かに想っている女の子……お教えしますよ?」
「えっ……」
朝倉くんは、軽く赤面して顔を逸らす。
ウーン、照れた顔もかわいい。この顔を、私との恋路で見せてくれたら最高なのだけど、それはこの世界が許してはくれないだろう。
「ま、まだ、藤原さんのこと諦めたわけじゃないんだ。これからも色々アピールしていくつもりだし」
「なるほど、わかりました。では、頑張ってくださいね」
「ま……待って!」
踵を返して、歩き去ろうとした所を呼び止められる。
やっぱりね、桜子ちゃんは諦められないし、自分を好きな子は気になる。現実なら、浮気性と言われるかもしれないが、ギャルゲーの主人公はかくあるべき、刺されない程度に浮ついていればいい。
「お? やっぱり気になりますか? 自分を好きな子が」
「うん……、気にならないと言えば嘘になるし……」
「じゃあ、特別ですよ? 教えてあげます」
再び、朝倉くんの首根っこをたぐり寄せ、耳打ちをする。
「陸上部の橘さやかさん、スポーツ万能の朝倉くんには、それなりに好感を持っています。押したら、多分イケますよ」
「橘さん……そう言われてみれば、結構フランクに話しかけてくれる………」
朝倉くんは、過去の事を思い出しながら、なるほどと頷いている。
「橘さんより、更に好感度が高いのは、文芸部の小鳥遊このみさんです。朝倉くん、小鳥遊さんの事はご存知?」
「いや……ごめん、分からないや」
知らないのも、無理はない。朝倉くんが、誰にでも分け隔てなく優しいだけで、小鳥遊さんを特に贔屓した訳じゃない。
相手が誰かを認識してなくても、まんべんなく優しいから、陰キャに刺さっているだけで、自分から会話に混ざろうとしない彼女は、あまり印象に残らないだろう。
「まあ、朝倉くんからの印象はそんなもんでしょうね」
「えっと……佐伯さん?」
「気にしないでください。とにかく、その2人がお勧めですね。どの道を選ぶのかは自由ですが、私はその選択を尊重しますよ」
「いや、そうじゃなくて、佐伯さんは、どうしてそんな事を知ってるの?」
「何故でしょうね〜、情報源を教える訳にはいきませんからね〜」
朝倉くんに背中を向けて、ひらひらと手を振り、教室を出ていく。
朝倉くんは、次の情報を求めに来るだろうか? 私がこの世界に、情報屋として認められていたら、きっとやってくるだろう。
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