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僕は十三歳になった。まだ王女の身代わりを続けている。
すっかりドレス姿にも慣れてしまった。僕を男と知らない者達が、ドレス姿の僕を見て頬を染める様子にも慣れてしまった。
でも公の場に出る時以外は、魔法や剣術の稽古をするという理由で男の格好を許してもらっている。
日差しが暖かく降り注ぐある日、ラズールとの剣術の稽古を終えて部屋に戻る時だった。
中庭を横切る通路を歩いていると、「フィル…?」と小さな声に呼び止められた。
僕の本当の名前を呼ぶのは、ラズールしかいない。
でも今聞こえたのは、女の子の優しい声だ。
不思議に思って声がした方を見ると、可愛らしいピンクの花のそばに、僕にそっくりな女の子がいた。
僕の心臓が大きく跳ねる。
僕にそっくりな顔…まさか…フェリ!
女の子がゆっくりと僕に近づく。女の子の後ろには、護衛の男と女がピタリとついている。
「あなた…フィルよね?だって…私にそっくりだもの」
「…姉上…」
「やっぱり!私、あなたに会いたかったの!会っていっぱい謝りたかったの…」
フェリが、しゅんと俯いてしまう。
その姿があまりにも儚げで、僕は思わず手を伸ばしかけた。でもフェリに触れる寸前に手を下ろした。
「謝る?…姉上は、僕のことを嫌いでは…」
「嫌いなわけないじゃないっ。ずっとフィルが私の代わりをしているって聞いて、申し訳なく思ってたの。男の子なのに…女の子の格好をさせて…ごめんなさい…。私が病弱なせいで、嫌な思いさせて…ごめんなさい…」
僕は言葉に詰まった。
僕は勝手に姉上も王と同じだと思っていた。病弱だけど、感情のない冷たい人間だと思っていた。
「姉上…謝る必要はありません。これが僕の役目です。姉上は早く元気になることだけを考えて下さい。ああ…でも、外に出ているということは元気になってきたのですね?」
「そうなの。良い薬ができたとかで、去年くらいからたまに外に出れるようになったの。フィル…もう少し待ってね。早く元気になって、あなたを自由にしてあげる。私の弟だって公表して共にこの国を守りましょうね」
「……はい」
フェリは花のように華やかな笑顔でそんなことを言う。
そうか…彼女は何も知らないのだな。この国に双子は厄災をもたらすことも、役目が終わった僕は殺されるということも。
でもフェリの優しさは、とても嬉しかった。
僕はただ王に命令されてフェリの身代わりをしていただけだけど、この優しいフェリのためならいくらでも身代わりをしようと、改めて強く思った。
「フィル様そろそろ…。汗で濡れたままだと身体が冷えてしまいます」
「そうだね。姉上、会えて嬉しかったです。一日も早く元気になられることを願ってます」
「そうね、ありがとう。あのっ、ところであなたは?」
フェリがラズールを見て尋ねる。
「フィル様の側近のラズールです。以後お見知りおきを」
「…ラズールね。弟をよろしくね」
「はい。では失礼いたします」
ラズールが僕の肩を優しく抱いてその場を離れる。
ちらりと目だけを動かして見たフェリは、僕ではなくラズールを熱心に見つめていた。
あの日から時おり中庭を散策する姉上と会った。
姉上はいつも優しかった。いつもごめんねと謝った。ずっと病弱で伏せって辛かったはずなのに、僕のことを心配してくれる姉上が僕は好きだった。
そして姉上は、ラズールのことが気になるようだった。僕と話した後に必ずラズールにも話しかける。
でもラズールは、はいといいえしか言わない。僕とはあんなに話すのに、他人にはとても素っ気ない。
僕はそれが、なぜか嬉しかった。
「ラズール、姉上にあんな態度をとってもいいの?次期国王だよ?」
「あんな態度とは?俺は敬意を持って接しています」
「そうなの?ずいぶんと素っ気なく見えるけど…。姉上はラズールを気に入ってるみたいだから、今から覚えを良くしてた方がいいよ」
「なぜ?」
「だって姉上が元気になったら僕は城から出される。そうしたらラズールは姉上に仕えるでしょ?ラズールはずっと僕の世話をしてたから、いきなり姉上に仕えるのは大変だと思う。だから今から…」
「フィル様」
「…なに?」
ラズールがいきなり厳しい声を出した。
僕は驚いて言葉に詰まる。
ラズールは僕の肩を掴むと、とても怖い顔をして、この国のほとんどの人がそうである琥珀色の瞳で僕を見つめた。
「以前に約束をしましたよね。私は、あなたの傍を離れません。あなたが城を出る時は一緒に行くと。二人でどこかで穏やかに暮らそうと。お忘れですか?」
「覚えてるよ…。でもラズールは優秀だから、そんなこと王が許さない…」
「別に構いません。それならば俺があなたをさらって逃げるまでです」
「ラズール…」
「フィル様。二度と俺に他の人に仕えろなどと言わないでください。あなたにそんな風に言われると辛いですから」
「ん…わかった」
「よろしい」
ラズールが肩から手を離して僕の銀髪を何度も撫でる。
僕の銀髪は今では腰に届くまで伸びている。
ラズールはよく僕の髪を「宝石のようだ」と目を細めて褒めた。そして暇さえあれば丁寧に櫛で梳いた。
僕は僕の髪に触れるラズールの手の感触が好きだった。