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#料理男子
実家は、室町時代から続く呉服店である。
ただそれだけの事実に、幼少時代振り回されてきた。
自分は、会ったこともない祖父の生き写しのような容姿で、そのせいで親戚たちは自分に期待をむけてくる。
祖父は双子で生まれたようで、妹がいたらしい。祖父もその方も俺が生まれた時にはもうなくなっていたけど、祖父は呉服店の拡大や事業拡大を成し遂げた偉大な人物らしい。
そのせいで俺への期待は大きかったのだろう。
双子とはいえ、男である祖父が長子として存在していたことも、姉の長子としての跡取り問題に難色を示していることなのかもしれない。
両親はそんな親戚の言葉は全て握りつぶしているし、聞いても静かに説教するのだが、全く止まない。
両親と親戚の言い争いも気持ちが良いものではなかったな。
着物の帯が体を縛るのが窮屈で、息苦しいと感じていた。
その窮屈な着物を着るとき、堅苦しい行事であることが多かった。
車の開閉の音と共に、同じように息苦しそうな着物を着た大人たちが集まってくる。
正月と盆、そして呉服屋本店の創立記念日、年三回のこの行事は退屈だった。
そして姉に聴こえるように浴びせられる、大人たちの自分たちの利益を見通した暴言に強い嫌悪を感じざる得なかった。
親戚を『分家』と呼ぶようになったのは、姉の結婚式のあとからだ。
昔から、姉は負けん気が強く男の子と喧嘩しても負け知らず。はねっ返りで可愛げがない上に、自分をよく見せたり取り繕うことをしない不器用な人だった。
そんな姉が結婚式の日、いつもの口うるさい姿を吹き飛ばし、美しい姿で立っていた。
はっきり言って、口では勝てない上にいつも母親のようにうるさく、やたら張り合ってきた姉が、初めて女性だったのかと気づいた日。
埋まらない席を見て、『来ない人の分は、私たちで食べちゃおっか』と麗一さんと豪快に笑っていた。
姉は俺と違い、家の歴史を重んじ、その歴史にほれ込み、熱心に勉強してきた人だ。
その人の努力を、その人の人生で一番綺麗な瞬間を、土足で踏み荒らし嘲笑った親戚を、どうしても許したくなかった。
謝罪してきた人たちも多くいたし、行くなと脅迫されたと告げ口してくる輩もいた。でも、本心からなのか、うちと縁を切るリスクを恐れての謝罪なのか分からず許せなかった。
許せないものは見なければいい。そう思っていたんだ。
『なあ、喬一くん、家庭教師に来てくれないか』
親同士の付き合いで、偶に会っていた一矢に言われ、ちょくちょく家に行くようになった。
彼の成績で家庭教師がいるのか謎だったが、今思えば、家の事情を知って彼なりに気を使ってくれたらしい。
伝統やら歴史やら、分家とは無縁の一矢の家は楽しく、いつも灯がついた家の中で毛布に包まりぬくぬくと寝転んでいるような解放感があった。
『ちょっと。お父さん、信じらんないから』
一矢と卒論のテーマを考えて、意見を出し合いつつのんびりケーキを食べていた時だ。
はっきり言って、甘いデザートが好きではなかったが、レッスン後に出されるケーキを時間をかけて食べるのは苦ではない。長くここに居られると安心感があった。
『お兄ちゃん、お父さんが私の携帯のメールを見ようと奪ったの』
『父さんは、やりすぎなんだよ。今度はどいつだ』
『お兄ちゃん……っとえ、あ、いらっしゃいませ』
完全に俺がいるのを知らなかっただろう紗矢が、珈琲を飲んでいる俺を見て、マッチに火が付いたように真っ赤になった。
あまり話はしたことがないが、良家のお嬢様だけあって、淑やかで上品で、そして綺麗な子だった。
『あーもう。まただ』
『どうしたんだ?』
珍しく一矢が不機嫌なオーラを漂わせて、隣に座りテレビをつける。
なのに苛々しているのか、リモコンでチャンネルを変えていくだけだ。
『妹に変な虫がよく群がるんだよ。あいつもさっさと恋人でも作ればいいのに』
『ああ、紗矢ちゃんは可愛いからね。変な虫ってどんな?』
『うちの会社の内定を狙うとか、取引先の社長の息子とか? 父さんの部下とか。あと家が金持ちだからって理由で近づいてくるのもいる。純粋に近づいてくる奴らが、必死なそいつらに圧倒されて近づいてこないしな』
『ふうん。大変だねえ』
過保護すぎじゃないのか。
俺の最初の感想はそれだ。子どもでもないし、高校生の女の子に、メールをチェックするほど過保護で大丈夫だろうか。
こんな幸せな家庭の中で、彼女だけ家のせいで縛られてるようで少し哀れに思えた。
そんな彼女から偶に向けられる熱い視線も、男性に慣れてない故だろうと気づかない振りもしていた。
でも俺で男性に慣れるのも悪くないのかなと、少し彼女を自分と重ねてみている部分もあった。
一矢が家を出て一人暮らしをすることになり、おじさんが『紗矢は家から出さない』と口を酸っぱくして言っていた時、彼女は進路に悩んでいるように思えた。
おじさんと一矢が泥酔して、おばさんがのんきに音楽を聴きながら洗い物をしていた時、勉強をしていた彼女に近づいて、力になれないか尋ねた。
『我慢をしなくてもいいんだよ』と、進路ぐらい好きにすればいい。
俺も分家の口出しなんて、みじんも聞かず医大に進学したのだし、誰に気兼ねする必要もない。
『我慢はしてないのですが、親に言われたとおりにするだけでは、後悔するんじゃないかなって、進学するならちゃんと理由を見つけたくて』
パンフレットを眺めながら唸る彼女は、俺の考えていた我慢をしている女の子ではなかった。
父や兄の行動が愛情ゆえであること、それでもしっかり自分で意見を言っていたこと。
彼女は家族の愛をちゃんと気づいて、吸収できている。
俺とは違っていた。
『でも……相談に乗ってもらえますか? 父は仕事はできるんですが、頭の回転が速すぎて周りがついていけない時があるって部下の方が愚痴をこぼしていた時があって』
『高校生の君に、そんなことを言う大人がいるの?』
一矢やおじさんの心配は杞憂で、ただ仕事の愚痴を漏らすために近づいてきたのか。
『あ、いえ。なぜか私に話しかけてくれる方だったから何か会社で悩みがあるのかなって』
『……一矢たちが心配する理由が少しわかってきたよ』
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