男は一心不乱に城内を走り続けた。
腕の中には、魔法で眠らされたアリエッタが、静かに眠っている。
突然男はチラリと後ろを振り返り、悔しそうに歯を食いしばりつつも、さらに走り続け、城の奥へと消えていった。
王城の上で、両者は静かに睨み合っていた。
上空からピアーニャに攻められても、まったく怖気づかないフライパンを背負った女。ピアーニャから一切目を離さず、次の出方を伺っている。
(まだあんなヤツがいたとはな。わちの『シルキークレイ』とおなじタイプのブキだが、あれはなんだ? ハリのようになったものは、もとにもどるようなカンジではないし。しょうもうひんか?)
次の一手を考えながら、無数に刺された『雲塊』を動かし、手元に戻す。
刺さっていた針のような物は、パラパラと音を立てて下に落ちた。
(アイツからうごくケハイはない。わちのうごきにあわせて、てきかくにカウンターするだけ……ほんとうにメンドウだな!)
本気を出せばなんとでもなるが、そんな事をすれば城ごと破壊しかねない。つまり、捕らえるか動けなくする為には、手加減しながら相手の本気の防衛を掻い潜って、武器を奪うか動けなくするしかないのである。
ピアーニャが様子を伺い、何をするべきか考えている間も、女はただピアーニャの動向を見ているだけ。自分から手出ししない事に徹底していた。
改めて女の身なりを見て、ピアーニャは推測する。
(よくみるコックのふくに、おおきなフライパン。あいつ、ぜったいラスィーテじんだ。それもパフィにくらべて、かなりつよいな。はじめはフライパンがブキだとおもったが……)
ピアーニャは女が手に持っている乳白色の塊を見る。
人の頭程の大きさの塊は球体ではなく、まるで引っ張ったように少し歪んでいる。一目で柔らかいと分かる見た目である。
「ラスィーテじんのブキは、ニチヨウヒンからよくわからんモノもおおいからな。つぎでみきわめてやる!」
ピアーニャが動き出し、女が塊に手を添え、構える。
今度は『雲塊』を広げずに、変則的な動きで相手に向かわせる。そしてピアーニャ自身も反対から攻め込む事にした。
左右に別れたその2つの動きを見ていた女は、慌てる事なく乳白色の塊をちぎり、行動に移った。
「【パッパルデッレ】! はあぁぁっ!」
右手に持った塊が帯状に変化し、鞭のように振り回す。
広範囲かつ不規則に繰り出されるそれに、『雲塊』は弾かれる。
「ぬっ! これは!」
『鞭』を空中で躱すが、絶え間ないその動きに近づく事が出来ないピアーニャ。
「このにおいっ、まちがいない!」
その正体に気づいたピアーニャは、弾かれている『雲塊』を棒状に変形させ、高速回転させた。すぐに棒と女の腕が止まる。女の『鞭』は棒に巻き付いていた。
「!」
一瞬で『鞭』が絡め取られ、女は驚愕する。
が、すぐに諦め、『鞭』から手を離し、警戒を強めた。
「……ハンダンとコウドウがはやいな。シーカーにもそうそうおらんイツザイだ」
ピアーニャは絡まった『鞭』から『雲塊』を外しつつ、女の持つ乳白色の塊を警戒するように見つめた。
「おまえがブキにしているそれ、コムギコのキジだな?」
「……ご名答です」
ラスィーテ人は、パフィのように食器や調理器具等を武器にしたりする。しかし、女が使っている武器は小麦粉を練った生地…食材そのものだった。
「せんとうちゅうに、いっしゅんでチョウリし、じょうきょうにあわせたブキをうみだせるか。たしかにコムギコからは、たしゅたようなリョウリがうまれているからな……」
「よく食べ物で遊ぶなとか言われますけどね」
「ふん。イシやキをたべるリージョンのものたちからすれば、ケンやヨロイのほうがショクザイであそんでいるようなものだ。つかえるものはつかえばイイ」
「さすがリージョンシーカー総長。理解があって嬉しいです」
様々な世界から人が集まるエインデルブルグでは、その食事情も多種多様である。石などの無機物を食べる人々からすれば、美しい装飾品や鍛えた剣は高級料理にしか見えない。
現に水晶のリージョンであるクリエルテスの人々が経営する食堂では、食用に分けられた『透明度のある鉱石』が保存されている。たとえ少数の人種だとしても、その生態は尊重され、法によって人権は守られていた。
「うれしいついでに、とおしてくれたらうれしいがな」
「……そうはいきませんよ」
静かに会話した次の瞬間、ピアーニャが『雲塊』を高速で動かした。伸ばしながら女の後ろに回り込ませ、捕獲を試みる。
しかし、女はそれでも慌てず、突如ピアーニャに向かって走り出す。
「おまえはレキセンのセンシか!」
ピアーニャの小さな体は、本来非力である。だからこそ『雲塊』を常に1つは側に置いている。そして、変幻自在な遠距離攻撃を繰り出す2つの『雲塊』のうちの1つが離れた時こそ、接近して動きを止める数少ないチャンスでもある。
一瞬で最善を見極め、行動に移る。しかも表情に変化は無い。迷わず動いた女のその動きは、ピアーニャからみても戦い慣れている者の動きだった。
「いいえ、ただの料理人です」
「だぁ~もう! おまえみたいなリョウリニンがいてたまるか!!」
ピアーニャもただツッコミをしながら待っているわけではない。城の屋上に降り立ち、自由になった2つ目の『雲塊』を操り、接近する女を迎え撃つ。
「やはり一筋縄ではいきませんか。【バゲット】!」
手に持った残りの生地を棒状に変化させて、一気に焼き色を付けた。そのままピアーニャの『雲塊』に叩きつける。
(あいかわらずラスィーテじんのチョウリコウテイがいみわからん! ヒをつかわずにコがすって、どーゆーことだ!? しかもカチカチだ)
心の中で目の前の調理にツッコミを入れつつ、しっかり応戦する。
女の右手にある『バゲット』が『雲塊』を打ち払う。しかしそこに生じる隙と死角…左後ろから、もう1つの『雲塊』を巻き付かせるべく伸ばした。
だが、女はそれを先読みし、大きく右に飛びながら体を捻る。
(……わちのシセンをよんだか)
女は応戦しながらピアーニャの目を見ていた。そしてピアーニャが一瞬別の方を見て、さらに自分が最も動けなくなる瞬間に何かするという勘だけで、捕縛を躱していた。
その代償に、女は大きく躱した反動で、バランスを崩している。
「しかし、のがさん!」
ピアーニャはさらに『雲塊』を変形させ、女へと一気に伸ばす。
それでも女は諦めなかった。左手で背中のフライパンを掴み、そのまま振って『雲塊』を弾いた。
「! おまえ、ぜったいそこらのヘイシよりつよいだろ」
「さぁ? そんな事は無いと思いますが、パンは剣より強いんですよ」
「……そんなくだらんコトいえるの、おまえだけだ」
フライパンとバゲットを両手に構え、ピアーニャの絶え間ない攻撃を防ぎ続ける料理人。その戦闘センスは、異常としか言いようが無かった。
「しかし、もうツギはなさそうだな」
「はい、手に持てる食材は有限ですので」
「しょうじきものかっ!」
しれっと後が無い事を認めた為、思わずツッコミが入った。
「それならば、もうおわらせる! いそいでいるしな!」
「お手数おかけしました」
「……めいわくなニンムだな」
こっそり通してくれれば良いのにと内心思ったが、あえて口には出さないピアーニャ。迷惑だが、これが相手の仕事なのである。
女が武器を全部出した事で、ピアーニャも全力で捕縛にかかる事にした。とはいっても、ただ捕まえようとすれば女に弾かれてしまう。
(だったら、つかまえようとせずに、うごけなくすればいい)
『雲塊』の最大質量は、大人を包む事くらいは可能である。しかし、被せようとする動きは空気抵抗が強くなる為、どうしても遅くなって簡単に逃げられてしまう。
そういった動きの制限を回避するために、動く相手には丸い形状や細い形状で対応する。今回は細い棒のように伸ばし、2つの『雲塊』を女に向かって伸ばし始めた。
「そう簡単には……っ!?」
もちろん女はそれをフライパンと『バゲット』で弾く。しかし、『雲塊』は変幻自在。細い棒の側面からいくつもの細い棒が伸び、女を狙っては弾かれ、女の側を通り過ぎ、城壁に刺さって固定されていく。
「うっ……」
すぐに女は動きを止めた。いや、動けるスペースが無くなっていた。
沢山の細い棒が、動けばすぐにぶつかる位置に配置されている。腕や足は動かせるが、ほんの少し動かしただけで、フライパンがぶつかってしまい、勢いよく振る事が出来ない。
「さすがですね、まいりました」
動く術を失った女は、すぐに負けを認めたのだった。
「ま、キリフダだしきったアトなら、こんなもんだな」
相手の戦術が限定できれば、ピアーニャにとって勝つ事は難しくない。相手の対応能力が高すぎた為、最初こそ苦戦したが、やはり総長の肩書は伊達ではなかった。
「さて、アリエッタはどこにつれていかれたのだ?」
「あの子はアリエッタちゃんという名前なのですか。少しだけ見ましたが、大変可愛かったです。まだ眠らされていると思いますが、部屋の方で目が覚めたらお菓子をお持ちする予定です」
「なるほどな、わかった」
ピアーニャは『雲塊』を元に戻し、女を開放した。
「ちなみに、もくてきは?」
「お茶会のようなものです。お近づきになるために、やさしく説明して挨拶から始めるつもりです」
「そうかそうか。それならダイモンダイだな」
「……はい?」
この後、城内に戻りながらアリエッタの事を説明し、女の顔色が一気に悪くなったのは、言うまでもない。
パフィは涙を流していた。
肌がツヤツヤになる程満足したフレアに手を引かれ、大人しくついていく。
「もうお嫁にいけないのよ……」
「あら、わたくしの側室なら空いていますわよ?」
「王妃様の側室ってなんなのよ!? これじゃアリエッタに顔向け出来ないのよ」
パフィの呟きに、フレアはふと足を止めた。
「パフィちゃん……もしかしてアリエッタちゃんの事好きなの?」
「……そりゃまぁ……いろいろあったのよ」
「そうなのね。いつか話して良いと思ったら、聞かせてほしいわ。たしか貴女達はニーニルのシーカーだったわね?」
「え? はい、そうなのよ」
パフィの住んでいる町を確認したフレアは、にや~っと笑みを浮かべ、1つの提案をした。
その話を聞いたパフィは少しの間硬直し……そして広い廊下で思いっきり叫んでいた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!