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「あーっはっはっは!! 食らいなさい! そして地べたに這いつくばって無様に泣きわめきなさい!」
世にも恐ろしい笑顔で魔法を連射し続ける王女ネフテリア。
手加減しているとはいえ、かなりの速度、かなりの量の空気弾が、絶え間なく2人を襲い続けている。
「くっっっそぉぉぉぉおおお!!」
「ぴぃぃぃぃ!! おたすっっおたすけをぉぉぉ!!」
正に絶体絶命。もはや目の前の雲で身を守るしか術がなく、数が多すぎて反射するタイミングも無い。
訓練所に響き渡るネフテリアの高笑い。そして途切れることの無い空気弾の着弾音。かろうじて聞こえる2人の悲鳴は、ネフテリアの気分をさらに高揚させていた。
「いいねー、その情けない悲鳴♡ とってもお似合いよぉ」
突如ネフテリアが攻撃を止めた。そして2人に歩み寄る。
「……そこをどきなさい」
「どきません!」
男が勇気を振り絞り、命令を拒否した。
ネフテリアが目を細め、ニィと口の端を歪める。
「そう……じゃあ吹き飛びなさい」
そう言って、右手を大きく振り上げ……
「……何? 貴女も吹き飛びたいの?」
「ぅぅ…ぶえぇぇ……だめぇですぅ……ひぐっ」
泣きながら抱き着いてきた少女に止められた。
「ふふ……そうまでして逆らうのね。いいでしょう、思いっきり吹き飛ばしてあげるわ!」
「に…逃げろぉっ!」
ネフテリアの魔力が一気に膨れ上がる。そして泣きながらも覚悟を決めた少女は、男の方を向いて、精一杯の笑顔を見せた。
「パルミラぁぁぁぁぁ!!」
男が叫び、少女が目を閉じ、ネフテリアが魔法を──
「いやいや! 待って待ってテリア様! そこまでやったら、あたし達完全に悪者なんですけど!!」
放つ直前で、ミューゼが羽交い絞めにして止めた。
「もう、なんで止めるんですか、ミューゼさん」
「それはこっちのセリフですよ! なにやってるんですか!」
「何って、誘拐犯いぢめ?」
「さらっといぢめって言った!? そーじゃなくて、魔法で捕縛すれば良いんじゃないんですか? わざわざ泣くまで撃たなくてもいいと思うんですけどっ!」
後ろから止めた事で、いきなり大人しくなった。テンションの切り替わりがおかしいネフテリアに対して、ミューゼは必死にツッコミを入れていく。
「えー……」
「そんな子供みたいに拗ねた顔しないでくださいよっ! 高笑いしながらこんな小さい子思いっきり泣かして、何がしたいんですか!?」
「シメたいなーって」
「シメ…………」
さらりと言われ、もはや絶句するしかないミューゼ。
ほんの少しだけ静かな時間が流れ、ネフテリアが可愛く首を傾げた。
「……駄目ぇ?」
「駄目でしょ!? とりあえず捕まえてアリエッタの場所聞きましょうよ!」
ツッコミ疲れて、ぜぇぜぇと肩で息をするミューゼ。
そこへ、ふと視線を感じ横を向くと、誘拐犯側の2人がミューゼをキラキラした目で見ながら跪いていた。
「……な、何してるんですか? おふたりとも」
その異様な雰囲気に、思わず引いてしまう。
しかし2人はそんな事を気にも留めず、ミューゼに向かって迫り、懇願した。
「貴女の様な方を待ち望んでいました!」
「ネフテリア様相手にも臆さない、ツッコミの数々!」
『お願いします! ぜひこの国の王女になってください!』
2人の心が1つになり、必死の願いは一切の乱れ無く綺麗に重なった。
そして少しの間、深い沈黙が辺りを支配した。
「…………はぇ?」
迫られたミューゼから絞るように出たのは、間の抜けた声だけだった。
言葉の意味を理解出来ずに固まっているその横で、静かに…しかし激しく魔力を燃え上がらせている存在がいる。
「ほっほおぉぉう? わたくしが王女なのがそんなにも不満なのかしら?」
「ぴええぇぇぇ!! だってだってえぇぇぇ!!」
「仕方ないじゃないですか! 目を離せば逃げ出すし、仕事で立場が違うだけで毎回この仕打ち! 今だって滅茶苦茶怖いですよ! 優しい王女様募集中です!」
「本人の目の前でそんなの募集するなぁぁぁ!!」
先程とは違う怒りをあらわにするネフテリア。対する2人も、泣いたり震えたりしながら必死に応戦する。
突然目の前で始まった騒がしい口論で、ミューゼは少しずつ意識を取り戻す。そしてようやく思考が戻ってきた。
「えぇぇ!? あたし!? 王女!? なんで!?」
「お願いしますお願いします! この際ネフテリア様でなければ踏まれても文句言いません!」
「ちょっと! そこまでわたくしを毛嫌いする!?」
なんとかミューゼを王女に迎えたいという、訳の分からない想いを暴走させる2人は、後先考えずに泣きわめく。
このまましばらく、4人で騒ぎ続けるのだった。
しばらくして、すっかり落ち着いた訓練所では、ミューゼだけが立っていた。他の3人はミューゼの前で小さくなっている。
気持ちを落ち着けたミューゼは、ネフテリアを見下ろしながら、アリエッタを取り戻す為に動き出す。
「テリア様! アリエッタの所に行きますよ!」
「は、はい……ちょ…っとお待ちください……」
地面から伸びた蔓に縛られて、正座させられているネフテリアが、足をプルプルさせながら立ち上がろうとする。
「お説教は終わりです! さぁ早く!」
なんとミューゼに縛られ、説教されていたのだ。主に傍若無人な振る舞いと、子供の教育に悪いという事を、ネチネチと指摘されていた。
その横には、誘拐犯側の少女も縛られ、正座している。男の方は埋められて、顔だけ出していた。こちらは任務だからって、やってはいけない事くらい考えろと怒られていた。
その際に、アリエッタの境遇を説明し、罪悪感で顔色を悪くした誘拐犯達から主犯の事を聞き出していた。
「……ミューゼ様って、怒ると怖いんですね」
「でもお優しい……やはり王女様に──」
「なりません! とりあえず蔓は解いておくので、あとは自分達で出てきてくださいね! アリエッタの誘拐は怒ってるんですから!」
『はい! すみませんでした!』
すっかりミューゼに対して従順になっている誘拐犯達。
こっちはもう安心と、ミューゼはネフテリアの腕を引っ張り、無理やり立たせて走ろうとする。
「ひあぁ!? あしっ! しびっ…ミューゼさん待ってまってぇぇ!!」
悲鳴が上がるが、自業自得という事で無視される。
「ええっと、アリエッタが連れていかれた場所に行くのに近道ってありますか?」
「へひぃ…き、キッチンを通っていけば回り道しなくていいですぅ……」
痺れが取れてきたネフテリアは、少しずつ態勢を整えながら走る。こっちも少し従順になっていた。
アリエッタの事とツッコミと説教で心が荒んでいるミューゼは、ネフテリアの案内でキッチンにたどり着き……扉を全力で蹴り飛ばした。
「急ぎますよ!」
「はい! 仰せのままに! ……あっ!」
キッチンに入ったネフテリアが見たのは、何かを料理しているパフィをみつめるフレアだった。緊急事態を報告する為、慌てて駆け寄る。
「ぅおかあぁさまぁぁぁぁぁ!!」
「なんですか、騒々しい。今パフィちゃんに夕食を1品作っていただけているんですよ」
何も知らないフレアは、ネフテリアを一瞥しただけで、すぐにパフィを見つめなおす。
「いやだから、そのパフィちゃんというのはやっぱり変なのよ」
「母親がサンディちゃんなのだから、娘の貴女もパフィちゃんと呼ばなければ、双方に失礼でしょう?」
「いやいや……」
訓練所での出来事が嘘のように、キッチンは和やかな雰囲気に包まれている。
ここまで走ってきたミューゼは、息を整え、パフィに助けを求める事にした。
「パフィ! 大変なの!」
「あれ? アリエッタはどうしたのよ?」
ミューゼに気付いたパフィは、アリエッタの為に美味しいものを作ろうとしていた事もあって、すぐにアリエッタがいない事に気が付いた。
ただならぬ様子の2人に、少し緊張する。そして慌てて縋り付いてきたミューゼから、とんでもない事実を知らされる事になる。
「アリエッタが攫われたの!」
「えっ……ええええぇぇぇっ!?」
一瞬理解が追い付かなかったが、すぐに絶叫した。
「テリア! 何があったか手短に教えなさい!」
事情を知ってしまったからには、料理どころではない。フレアも事情把握を急ぐ。
ネフテリアは訓練所であった事を、簡潔に説明した。
「なんでお城で攫われるのよ! 兵士さんは何してるのよ!」
「落ち着いてパフィちゃん! 居場所は分かっているわ!」
状況を理解したフレアには、犯人と居場所がすぐに分かった。何も分からないのは、事情を全く知らないパフィだけである。
「急いでアリエッタを取り戻すのよ! 攫ったヤツは全員切り刻んでハンバーグにしてやるのよ!」
「なにもそこまで……ヒッ!?」
守ると誓ったアリエッタの危機に直面したパフィからは、本気の殺気が漲っている。危険生物に襲われたら殺り返す事に慣れているシーカーのパフィにとって、知らない敵を生かしておく理由は一切無い。
フレアが小さく悲鳴をあげ、周囲の料理人達は本能的に恐怖を感じてすくみ上っている。
(これはまずいわ! 完全にパフィちゃんを敵に回してる! 一体何してくれてるのよあの子は!)
「パフィが本気で怒ってるから、早く行きますよ! テリア様!」
ミューゼが急かすも、ここにきてネフテリアが躊躇している。何故なら……
「あ、あの……切り刻むのはまずいかと。その…犯人は一応、わたくしの兄なので……」