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──貴仁さんをモデルにした香りなら、サンダルウッド(白檀)と、甘いバニラのセットは欠かせないよね?
作業デスクで、かつてのデートでのブレンドを思い出しながら、香料の調香チャートを作っていく。
後は……ハニーの香料をプラスして、締めにはムスクも……。
膨らむイメージに、わくわくしつつ「オリエンタル・プリンス」の構成を考えていると、あっという間に時間が過ぎた。
気づけばお昼休みになっていて、根を詰めた体を席でぐーっと伸ばしていると、
唐突に、「いっしょに昼めしでもどうだ?」と、父からSNSに呼び出しが入った。
急にどういう風の吹きまわしでと勘ぐる私を尻目に、
「うまい店を知っているんだ」
父が嬉々とした軽い足取りで、先を歩いて行く。
お店に着き、「……どうしたの? 突然に食事をだなんて。もしかして私の手がける香水が気になっているとか?」他に父が気を揉みそうなことも特には思いつかなくて、いぶかしげに尋ねると、
「え、あ、いや……違う。香水のことは、おまえを信頼しているからな。うん、だからそうではなく……まぁ別に、た、たまには食事くらいはいいだろう。ハハ」
などとごまかして、しどろもどろに答える父を、さすがに怪しくも感じる。
「……何よ、言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってよ、お父さん」
そう詰め寄ると、父はまた「いや〜まぁ、たまには父娘水入らずも、いいだろうが」と、同じようにもくり返して、あからさまな苦笑いを浮かべた。
「もうー、お父さんてば!」
全く要領を得ない父に、しびれを切らして、パンッと両手でテーブルを叩くと、
「おっ、おう!」と、反射的に声を上げて、
「ああー……その、なんていうかだな……貴仁君とは、上手くやってるのか?」
いかにも苦しまぎれといった風で、そんな問いかけをひねり出してきた。
「……それが聞きたかったの? もちろん上手くは運んでるけど……」
怪訝さを拭えず、もやもやとした気持ちで答えた私に、
「そ、そうか。それならいいんだが……」
どうにも歯切れの悪い返事をして、グラスの水をゴクリと飲み込むと、
「……やぁその、結婚してもうどれくらい経ったのかと思ってだな」
またしても、ごく他愛のないことを訊いてきた。
「もう一年ぐらい経つかな」
「一年か、ならそろそろ……」
そこまで言いかけて、父は失言でもしたかのように大げさに咳払いをかまして、口を手で押さえた。
「そろそろって……?」
一体何のことだろうと聞き返すと、
「い、いや何でもないっ!」
相変わらずなオーバーアクションで手を振って、
「いや何、そういうことは急かすようなものではないと言うし、あーっと、つまり二人が幸せなら、父さんもそれで幸せだからな!」
そう無理に話をまとめる父に、私の方は何が何だかまるでわからなくて、首を傾げるしかなかった。
「いいいい、わからんでいいから。私の話はこれだけだから!」
父が、食べ終えた食器をあたふたとせわしない様子で片付ける。
「これだけって、まだ何も話してない気がするんだけど」
ますます首を傾げる私に、
「では、吉報を待っているからなっ!」
父は満面の笑顔でそう口にすると、テーブルの伝票を手に、そそくさと行ってしまった。
「吉報って……何の?」
一人取り残されて、私の頭にはハテナマークが幾つも浮かんだ──。