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ああ、読み終わりました……最後の展開、本当に衝撃的でした。エミリアが異世界に迷い込んで、フリューゲルとベアトリスに出会って、少しずつ心を開いていく流れがすごく丁寧で、彼女の不器用な優しさにじんわり来てたのに、あのラスト……。自分がやられながらも「あなたを救ってみせる」と握り返すところ、切なすぎて胸が締め付けられました。続きが気になって仕方ないです。
「やっぱりお金の価値とかも全然違うのよね……」
手の中の十円玉――いわゆる『ギザ十』を弄びながら、そんな嘆息が漏れる。
知らない場所で一人、本来ならへっちゃら――と言うほどの自信はないが一人は慣れっこだし少し気が軽い位に思うところだ。
ポケットに財布は入っているし、中身も近くのショッピングモールまで出て、本屋で買い物してフードコートでちょっぴり贅沢できるぐらいの余裕は持てる懐具合。
しかしここでは、それを持っていても一文無しと大差ないようなのだ。それも貨幣価値だけでなく、文字や世界の常識すら違うようである。
「――――」
元いた世界とのズレ、それは彼女をみる視線からも感じられた。
それほど目立つ容姿ではない、と思う。
長い黒髪に、高くも低くもない平均的な身長。両親からやたら褒められた美貌も安物のグレーのジャージで包まれていては魅力も半減である。年頃の少女が外をほっつき歩くには少し雑な格好だ、が道行く人達はそれを咎めている訳ではないらしい。
なにせ彼女を眺める彼らの中には、ひとりとして『黒髪』のものも『ジャージ姿』のものもいない。
彼らの頭髪は金髪や白髪、茶髪を始めとして緑髪から青髪まで様々で、さらに格好は鎧やら踊子風の衣装やら黒一色のローブやら『それ』らしすぎる。
「つまりこれって……」
無遠慮な視線の波にさらされて、少女は腕を組みながら納得するしかない。
「――異世界召喚もの、ってことみたい。」
△▼△▼△▼△
彼女の人生は十七年、その全てを語り尽くすにはそれこそ十七年の時間を必要とする。
が、つらつらと、この場で彼女――エミリアの人生を語るべくもないだろう。
押さえておくべきポイントは、エミリアが高校生で、上手く人と関われなかったのが理由で不登校気味で、コンビニにいった帰りに見知らぬ世界に迷い込んだ。それだけでいい。
「私が読んだ本では案内役の人がいたんだけど……」
小さい頃はよく外で遊ぶタイプだったが、すっかり不登校が板について来たころには、あり余る時間を用いてよく読書をしていた。
その時読んだ異世界召喚ものでは、大抵女神様か召喚師の女の子がいたものだが、ここはトラックも不要、瞬き一つで迷い込めるお手軽異世界。といった感じでお約束が通用しない。
「フォルトナ母様……」
現実味のない現実を少しづつ認識し瞳がじっとりと潤んできた。
しっかりもので頼りになる母は、いつも優しく見守ってくれた父は今どうしているのだろうか、きっと帰りが遅くて心配しているだろう。
「ごめんなさい――」
このまま放っておくと、思わずここで泣いてしまいそうでエミリアはそそくさと大通りから外れ路地へと滑り込む。
静かで視線もない場所で落ち着いていたい――そんな願いすら、不意に聞こえた3人分の足音に邪魔をされる。
「おいそこの女ァ、身ぐるみ全部置いてけ。その珍しい着物と履物も全部だ。肌着は着ててもいいぜぇ?俺らも悪魔じゃねえからな!」
湧いた涙も即座に渇き、バクバク跳ねる心臓を抑えて相手に向き直る。
ちらと見れば、路地の奥は高い壁がある行き止まり。なんでこんなところに入り込んだのかと、自分ののんきさにビックリする。
たとえ異世界じゃなくとも暗い夜道は気を付けろと口を酸っぱく言われているのに
「私今自分のことで精一杯で、あなた達にかまってあげる余裕がないの……だからごめんね」
そう言ってエミリアは覚悟を決めた。体力には自信がある。3人の間を通って大通りに逃げれさえすれば逃げ切れるそう思った。
「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」
その瞬間切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。
ギョッと顔を上げる男たちにつられて走り出そうとしたエミリアの体も止まりその視界を金髪の少女が横切っていく。
「なんかスゴイ現場だけど、ゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ!」
目が合った少女はエミリアに申し訳なさそうに手を上げると、走る勢いを殺さぬままに行き止まりのはずの奥へ駆け抜けていき身軽に壁のとっかかりを掴むとあれよという間に建物の上へと消えた。
少女の姿が見えなくなり、自然と場に沈黙が落ちる。
唖然としたのはこの場にいた全員に共通だが、我に返ったエミリアの状況が変わっていないのも事実。むしろ逃げるタイミングを失い大ピンチだ。
「今ので毒気を抜かれて気が変わって許してくれる……なんて無理よね?」
「むしろ水差されて気分を害したぜ。絶対に逃さねぇからな?」
3人の男がジリジリと近寄ってきてあっという間に壁に押し付けられてしまう。
このまま、何もできないまま終わってしまうのか。
まだいっぱいやり残したことがあるのに――
「――そこまでだ、チンピラども、寄ってたかって女の子にちょっかいかけてんじゃねぇ」
――瞬間、響いた声が路地の空気を静謐に凍らせていった。
「――――」
短く整えられた白髪に印象的な鋭い三白眼、鷹のような鳥の刺繍が入った白いローブを羽織った青年が立っている。
「それ以上の狼藉は見過ごせない。――そこまでだ」
もう一度、眼前の悪行を正すべく、はっきり言い切ったのだった。
△▼△▼△▼△
「お、覚えてろよ!」
「ただじゃ済まねぇからな!!」
捨て台詞を言い残して、慌てて路地から逃げ去っていく三人組。
「あんなに大慌てで逃げながらよく言うぜ」
それを見送り、安堵したように肩の力を抜く銀髪の青年、それと――、
「ベティたちに言わせれば『一昨日来やがれ』なのよ。まぁ、やれるものなら……かしら」
ひらひらと小さな手を振り、逃げる三人を見送るのは豪奢でフリルを多用された藍色のドレスに身を包んだ、小学生くらいの女の子だ。
件の青年とは年の離れた兄弟のように見える。
「ふふ、2人とも息ぴったり、すごーく仲良し兄弟なのね」
「む、ベティは契約を結んだ対等なパートナーなのよ。口には気をつけるのよニンゲン――けど息ぴったりってところはその通りかしら」
「こらベア子、また初対面の人にそうやって突っかかって……ってこんなことしてる場合じゃねぇんだ。ここを金髪の女の子が通って言っただろ?そいつがどこ行ったか知らないか?」
「女の子は通って行ったけどどこに行ったかまでは……」
その場に居合わせていたエミリアを相当アテにしていたらしく、それを聞いて分かりやすく青年は肩をガックリと落とした。
「すごーく大切な探し物なのよね?――私にも手伝わせてくれない?」
「――――」
探し物があり、どうやら路地に逃げ込んできた少女を追っているらしい青年。
行く当てがなく、でも恩人を見過ごす恩知らずにはなりたくないエミリア。
両者の目的が一致していなくても、同じ方向に歩くぐらいだったらきっとできるはずだ。
「本当に、何のお礼もできないんだけど……だいじょうび?」
「ううん、見返りなんて要らないの、だってしっちゃかめっちゃかな所から助けてもらったのは私の方だもの」
「しっちゃかめっちゃかってきょうび聞かねぇな……」
「別に断る理由もないとベティは思うのよ、実際この調子で王都を、うろうろしていても日が暮れていくだけかしら」
「本当に何のお礼もできないんだが……とりあえずよろしく」
と、差し出したエミリアの手をおずおずと取ってくれたのだった。
△▼△▼△▼△
そうして結成された徽章捜索パーティーは二人は息の合った連携と、お供のロリ精霊の力もあって一気に状況が進展――とはならず、ほとんど進展がないまま数時間が経とうとしていた。
「手伝わせてなんて言ったのに結局何も見つけられなくてごめんなさい……」
「挙句、文字も読めない一文無しなことが判明してベティはお前の方が心配になってきたのよ。」
「――それでも、貧民街に当たりを付けられたのは前進だ。グッジョブだよ、えーっと?そういえば自己紹介がまだだっけ?」
そんな風に、わずかな進捗をちゃんと喜んでくれる青年はとても優しい。こちらに来てから冷たい視線と言葉しか浴びて来なかったエミリアとしては、凍える身も心も救われていく気分だ。
「すっかり忘れてた!私の名前はエミリアよろしくね」
「大精霊ベアトリスなのよ、ベア子以外の呼び方で好きに呼ぶがいいかしら」
と、ベアトリスが胸を張って自己紹介をする。
初対面では少し怖い子だと思ったけれど半日も一緒にいれば、それが勘違いだったと分かる。
「あーっと俺の番だよな俺の名前は……えーっと」
青年は一瞬だけ躊躇う様子で目を伏せる。
「――フリューゲル」
「……」
「……」
「――すごーく、いい名前!かっこいい!」
「えっ」
「フリューゲルこれからよろしくね!」
そんなエミリアと青年――フリューゲルとのやり取りを見ながら、
「まったく趣味が悪いのよ」
とベアトリスが呟いたのは、誰の耳にも届かなかった。
△▼△▼△▼△
「フェルトなら盗品倉にいるはずだぜ?」
その有力情報にぶつかったのは、貧民街での聞き込みを開始してしばらくしてだ。
「盗品蔵……もしかしてフェルトってすごーく悪い子なのかしら」
「盗品を売りさばいてる場所って話だし、そうだろうな……あのさ、君はもう十分手伝ってくれたし、これ以上は」
「今更、恩人を見捨てるなんてできません――それにフリューゲルって思ったよりも危なっかしいし尚更一人でそんな危ないところに行かせないんだから」
「君に言われたくないはないけどね!?ベアトリスからもなんか言ってくれよ。」
「危なっかしいのは認めるざるを得ないのよ」
「ぐぬぬ俺の味方は居ないのか……とと、たぶん、ここが噂の盗品蔵だ」」
「ここが……」
話しながら、二人の足がようよう辿り着いたのは、貧民街の奥地にある古く大きな平屋の建物だった。
すでに周囲はうっすらと暗くなり、夕方を通り越して夜を目前としている。
「私が先に行ってフェルトにお願いしてくるわ」
「いやそれはいくらなんでも危なすぎるだろ!?俺が先に行って交渉してくるよ」
「奪った本人がやってきて素直にお話を聞いてくれると思う?大丈夫無茶はしないから」
「確かにそうかもしれないけど……」
そう言ってフリューゲルはベアトリスに視線を送る。
ベアトリスは『好きにすればいいかしら』と言いたげな顔で黙っている。
「心配してもらってる以上、それ以上の不安はかけないわ。安心して待ってて、フリューゲル」
エミリアは「任せて」と笑ってみせた。大丈夫、きっとお話くらいは聞いてくれるはずだ。
入口の扉に手をかけると、軋む音を立てながらゆっくりと開いた。鍵をかけていないのも不用心だが、家主がいるならそれも不思議ではない。
ただし、家主がいるにしては――、
「暗い……」
入ってすぐにエミリアを迎えたのは、暗くてよく見えないが酒場にあるような大きなカウンターのようなものだ。よく見れば内装もそれらしい感じになっていて、元々酒場の建物なのかもしれない。
少し奥へ歩くと暗闇の中で盗品の山を見つける。
エミリアはその盗品の中、フリューゲルが探している『徽章』があればと思い手を伸ばそうと――
「何?」
ピチャリと、水っぽいものを踏んづける感覚を足裏に感じた。
それも、ただの水ではなく、どこか粘性のある液体だ。急速に喉が渇く感覚があり、エミリアは液体の元をたどる。
そして、見た。
――首を斬られ、片腕をなくした大柄の老人の亡骸を。
「きゃっ」
すぐに、すぐに逃げなくては。
すぐにここを離れて、外のフリューゲルとベアトリスに、今すぐに。
「――ああ、見つけてしまったのね。それじゃ仕方ない。ええ、仕方ないのよ」
女の声がした。低く冷淡で、どことなく楽しげな女の声が――
振り返る暇はなかった。
声がした方に顔を向けようとした瞬間、エミリアの体はふいの衝撃に吹き飛ばされる。
「うぅぅぅ……あ、痛い……」
全身の力が指先から抜けていって、大事なものが身体からどんどん溢れ出ていってどんどん冷たくなっていく。
「お腹……」
鋭い裂傷が胴体をほぼ真っ二つに切り取ってそこからひっきりなしに血が流れていくることに気づき理解した瞬間に急速に意識が遠のいていく。
ただ願ったのは――彼が無事でありますように、ということだけだった。
「――リア?」
空耳ならどれだけ良かったか、彼がここに入ってくることはなくて、命を落とすのが自分だけなら――
「――っ!」
短い悲鳴が上がって、血の絨毯が新たな参加者を歓迎する。
倒れ込んだ体はすぐ傍らに、そしてそこにはだらしなく伸びた自分の腕があった。
力なく落ちたその白い手と、血まみれの自分の手が絡む。
かすかに動いた指先が、自分の手を握り返したような気がした。
「……まっててね」
遠ざかる意識を無理やり世界に繋ぎ止める。
最後の悪あがきでしかない。
だが、それでも――、
「私が、必ず――」
――あなたを、救ってみせる。