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「それは、俺に何のメリットがあるんですか」
予想通りの返答がかえってきた、驚かないし狼狽えることはない。でも、何のメリットがあるかと聞かれたら、私はすぐにそれについて返すことができなかった。
「俺が、ステラが魔法を使えることを黙っているメリットは。モアンさんや、シラソルさんに関しては分かりますし、二人が何か危険な事に巻き込まれるのは俺も嫌です。ですが、俺の大切な人に言わないで、というのはよく分かりません」
「だ、だよね……」
「……」
「魔法が使えることバレたら、危ないから」
「それが意味分からないんですよ」
はあ、なんて大きなため息をつかれてしまう。確かに、余計なことをいってしまったせいで疑われている。ならば、こちらからもう一度質問を質問で返してみようと、私は顔を上げた。
「その、グランツの大切な人って誰かな、とか思って」
「何故、それを言わなければならないんですか」
「知りたいから!アンタが、大切だって言う人のこと。アンタのこと知るためにも、聞いておきたいなって思ったの。ダメ?」
「……」
グランツは少し考えるように、顎に手を当てた。彼も私と同じで、言って良いのか、隠すべきか迷っているのだろう。こんなことで、ぐだぐだ話すつもりはなかったが、魔法を彼の前で使ってしまった以上、これを隠して欲しいと思っている。じゃないと、エトワール・ヴィアラッテアに私が此の世界に戻ってきたことが伝わってしまうから。そうなったら、私は今後どうなるか……想像するのも恐ろしい。
(兎に角、グランツの好感度を保ちつつ、信頼を得て……それから)
こんなことは、思いたくないし、本人には絶対にいわないことだけど、グランツは、心酔してしまったら本当に抜け出せないぐらい信用した人に沼ってしまうというか、考えが凝り固まってしまう人だ。だからこそ、今、エトワール・ヴィアラッテアに心を奪われているのなら、彼の興味をひいて、好感度を上げ、記憶を取り戻すのは難しいんじゃないかと思っている。現に、私への警戒が解けていないし、大切な人、というのは十中八九エトワール・ヴィアラッテアの事で、彼女のことを話題に出したから、こんな風にピリピリと私に詰め寄ってきているのだろう。
「なんで、貴方は俺の事を知りたいんですか」
「へ?」
考え抜いた末に彼の口から出てきたのは、そんな言葉だった。ガラス玉の瞳が私を捉える。泣きそうな子供の瞳にも見えて、私は何度か瞬きをした。私だって、そんな言葉を言われてしまったら、何て返せば良いか分からないのだ。
「だって、そうじゃないですか。俺と貴方は、同じ人に拾われたという共通点しかない。別に俺は、貴方の事を家族とも何とも思っていません。仮に貴方が、俺の事を家族だと思っていたとしても、俺がそう思わない限り、家族だとは思わない……言い方が酷い自覚はあります。けど、俺の事を知って、どうしたいんですか。貴方に何のメリットがあるんですか」
「メリット……」
先ほどから、メリットメリットと、彼は口にしている。彼は損得勘定でしか動けないのだろう。誰も信じられないから、信じられるものだけを頼りにかき集めて、狭い世界で生きている。それは、前の世界でもそうだったんだろう。私は、グランツの信頼を得ていたからこそ、彼は、私の命令に対しても、損得ではなく、私のことを思って行動してくれていた。そこに、損得感情はなかったはずだ。
「なんで、グランツはメリットとか、そう言うこと考えるの?」
「……信じられないから」
「私は、ただたんにグランツの事を知りたい。確かにアンタの言うとおり、アンタのこと家族みたいに思っている。家族のこと知りたいのは当然の感情だと思う。けれど、私も本当の家族にはなれないと思っている。そんな関係じゃないと思うから」
「じゃあ何故?」
「だから、いったじゃない。知りたいの。私は私の好奇心と心に従って、アンタを知りたい、そう思っただけ。さっきの話から、大分ズレたところに来たと思ってるけど、私がグランツの事を知りたいのはそういう理由。理由にもなっていないかもだけどね。で、アンタがメリット言うように、私も、魔法を使えること知られたくないの。考え方は、アンタと同じよ」
私がそう言えば、グランツは納得したようにコクリと頷いた。案外、この言葉はささったのかも知れないし、ブーメランだったって気づいたのかも知れない。どっちでもいいけれど、グランツが、そういう考えが出来る人間でよかったと思った。
(というか、本当に、信頼を得ていないグランツって面倒くさいよね……)
であった当初もこうだったけど、一線引いているというか、分厚い壁を作っているというか。あまり良い感じではない。
「ステラの言い分は分かりました。俺の大切な人にも内緒にしておきます」
「そ、そうしておいて」
「貴方が、俺の大切な人に害をなさない存在なら」
と、グランツは瞳を鋭くさせて言う。明らかな敵意に、私はゾクッと背中を振るわせたが、何のことだか、というように誤魔化した。あからさまではないから、大丈夫だろうけれど、グランツは、その後も私のことをじっと見つめていたような気がする。
「それで、俺の大切な人について知りたかったんですよね」
「う、うん、そう!」
「……本当に、可笑しな人だ」
グランツは、また呆れたように目を細めた。好感度は3%のままで変化はない。多分、上がりにくくなっているんだろうなって、冬華さんの言葉を思い出した。ハードモードの上、エクストラモード。アルベドの好感度がどうだったかは分からないけれど、グランツの好感度は、前の世界よりも上がりにくくなっている。10%にたどり着くのも時間がかかりそうだ。
「可笑しな人って、失礼な」
「……会ったことないはずなのに」
「え?」
「何でもありません。俺の大切な人……主人は、エトワール・ヴィアラッテア様です」
「そう」
「聞いたくせに、その反応は何なんですか」
「え、いや。ええっと、あの、聖女様の名前よねって思って。へ、へえ……そんな、聖女様に、護衛騎士に任命されるって凄いなあって思って。その、嫌味じゃなくてね!吃驚したから!」
私は、慌ててそう取り繕ってグランツに首を振った。
グランツは、また疑わしいというように私の方を見る。けれど、すぐに、その目線を遠くへとやった。ここにはいない、エトワール・ヴィアラッテアに向けているのかも知れないと、私は何だか悲しくなった。目の前に知っている人がいるのに、その人は違う人のことを思って、私になんて興味を示さない。グランツに思いを告げられたときのことを思い出して、彼を大切にしてくれる人が現われれば、グランツが好きになれる人が現われればと思ったことがあった。けれど、エトワール・ヴィアラッテアは違う。グランツの気持ちをねじ曲げて、弄んでいるだけ。いや、弄ぶも何も、欲求を満たす道具としか見ていないかも知れない。それは、幸せじゃない。グランツにとってそれが幸せなわけないのだ。
(洗脳……って怖いよね……ほんとどうかしてる)
人の心を操る魔法は、禁止されていないけれど、基本使ってはいけない。魔法は便利であり、そういう危険のあるものなのだと、私は知っている。禁忌の魔法を使って巻き戻した世界。偽りの世界……
「そうです。聖女様……此の世界を救う聖女様が、俺の今の主です」
「しあ、わせ……だね」
「幸せ」
「幸せじゃないの?」
「いえ……そう、ですね。幸せだと思います」
「なんで、そんなカタコト?」
私が、首を傾げれば、グランツも少し首を傾けた。
「いや、幸せです。聖女様に認めて貰えて、選んで貰えて。この上ない幸せです。彼女のどんな命令にも、俺は答えるつもりです。それが、俺の使命だから」
「そう……」
「エトワール様は、俺を助けてくださったので」
と、グランツは何か噛み合わないような、矛盾点があるようなそんなトーンで話し終え、もう一度自分に言い聞かせるように呟いた。
「エトワール様は、俺の全てです。エトワール様からの愛を、言葉を全てを疑ってはいけないんです」
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