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剣が空を裂く音が、訓練場に響き続けていた。
ーー振る。
ーー踏み込む。
ーー斬る。
腕は限界を超えている。それでも、少年は止まらない。
止まった瞬間、考えてしまう。
考えれば、処刑の日付が頭をよぎる。
「…そこまでにしておけ。」
低く、しかし澄んだ声が背後から届いた。
少年の剣が止まる。
振り返ると、そこに立っていたのはガブリエラだった。
長い外套に身を包み、背の翼は畳まれている。
神託を聞く者。天界でも特異な役目を担う大天使。
眼鏡の奥の瞳は、いつもどこか遠くを見ているようだった。
「…ガブリエラ様」
「その腕では、もう剣は祈りにならない。」
視線が、血に滲んだ少年の手に落ちる。
「ミカリスなら、こう言うだろう。“壊れるまで使え”と。」
少年は何も言わない。
ガブリエラは一歩近づき、静かに告げた。
「だが今日は違う。お前を、礼拝堂へ連れていく。」
「…今は訓練中です。」
「これは命令ではない。」
一瞬、間があった。
「神のお告げだ。」
その言葉に、アゼリアは息を呑んだ。
神託。
それは、この天界で最も重い言葉だった。
ーーーー
礼拝堂は、いつもより静かだった。
光は柔らかく、空気は澄み切っている。
まるで、誰かを迎えるために整えられた場所のようだった。
ガブリエラは祭壇の前に立ち、しばらく目を閉じる。
祈りというより、耳を澄ましているようだった。
やがて、ゆっくりと振り返る。
「…セリスは、よく知っていた。」
その名を聞いた瞬間、少年の肩が強張る。
「何を…ですか。」
「自分が死ぬ可能性と、お前が“迷う”ということを。」
ガブリエラは外套の内側から、一通の封書を取り出した。
白い封筒。
封蝋には、セリスの個人紋章。
「彼は出征前、俺にこれを託した。」
「…遺言、ですか。」
声が震える。
「正確には、“選択のための手紙”だ。」
ガブリエラは静かに続ける。
「彼は言っていた。“もしアゼリアが剣だけを信じるようになったら、この手紙を渡してほしい”と。」
少年は、ゆっくりと封書を受け取った。
指先が、紙の感触を確かめるように震える。
「…なぜ、今なんですか。」
「神は、時を間違えない。」
ガブリエラの瞳が、まっすぐに少年を射抜く。
「そして、サリエルの処刑が決まった“今”こそが、その時だ。」
礼拝堂の奥で、微かに鐘が鳴った。
少年は、意を決して封を切る。
封を切った瞬間、紙の縁がわずかに震えた。
それは手紙のせいではない。
少年の指が、震えていた。
そこにあったのは、紛れもなく、セリスの筆跡だった。
無駄に真面目で、少しだけ角張った文字。
訓練の合間、剣の手入れをしながら書いていた姿が、
嫌でも思い出される。
最初の一行を読んだ瞬間、
張り詰めていた心が、静かに、しかし確実に溶け始めた。