ときどき何かを思い出しそうになる。だが、それは不鮮明で淡い。最近、不可思議な夢を見る。毎回内容は似ているようで違う。だが、結末はいつも同じ。夢の内容は覚えていない。ただ、起きた時に残る後悔に似た激情だけが「それ」を見たという強烈な不快感だけを残し続ける。
今日も最悪な目覚めを迎え、まだ少しだけ暗い辺りを見回す。そこそこ広めで、天井も高めな大部屋に、20人程度の子供が眠っている。ほとんどが5~10歳児程度だが、二人だけシオノスと同じ15歳の男女がいる。その内の、黒髪に所々白毛が混じった特徴的な髪色の男、リートの馬鹿みたいな寝顔を見ると、なんとなく心に余裕ができてくるような気がする。大きなあくびをした後腕を伸ばし、ベットから降りた。部屋から出ると、そこは広いホールのようになっており、寝室を出てすぐ左の方に食堂と調理場がある。かなり早く目が覚めたつもりだったが、調理場で一人せっせと朝食の準備をしている60代後半ぐらいの男。この孤児院の院長、ケラオさんだ。
「おや、シオノス君か。君はいつも早いが今日は一段と早いねェ。今度早起きの秘訣を教えて貰いたいもんだねェ。」
「ケラオさんこそ、一体何時に起きてるんですか。ただでさえ若くないのに、いずれ体調崩しますよ。」
いつも通りの、気遣っているのか小馬鹿にしているのか分からないような返答をする。そんな調子の会話をかわしながら、二人で全員分の朝食を作る。
ある程度の作業が終わり(ケラオさんは散歩に行った)、少し座って休もうとした時、静かに寝室の扉が開いた。
「もう起きてたんだ。相変わらず早いわね。」
あくびをしながら部屋から出てきたのは、もう一人の15歳、カイナだ。目を擦りながらゆっくり洗面所へ向かう、少し面白くも見える姿を何も言わずにただ見ていると、寝室から次々と子供たちが起きてくる。リートを叩き起こしたところで、ケラオさんが散歩から帰ってきた。普段ならすぐに食事を始めるはずだが、ケラオさんが何やら話し始めた。
「みなさんに大切な知らせがありますのでよォく聞いて下さいねェ。実はシオノス君が来週、ここを卒業することになりましたァ。パチパチパチ」
「えぇぇぇ!そうなの!?」
リートやカイナも含め、その場にいる全員が驚いたが、その中にはシオノス自身も含まれていた。
「は?えっ?マジで?」
まだ18歳にならないのに卒業、つまり引取り手が見つかったということだ。こういう事は普通本人に知らせてから言うものだろうが、残念ながらケラオさんにそんな常識は通じないようだ。
食事など諸々のことが終わった後でシオノスがケラオさんに詰め寄る。
「卒業の話、本当なんですか?」
「もちろんですともォ。今朝散歩をしていたら、縁持桃源という剣術をやっているらしい方に声をかけられまして、シオノス君のことを引取りたいと言われたんですよォ。」
何故自身のことを知っていたのか少し疑問に思ったが、純粋に引取り手が見つかったという事実に少し喜んでいた。引取り手が見つからないままに18歳になった者の多くは、「殻家からや」と呼ばれる万屋に入れられ、そこで社会で生きていく為に必要な技術を修得する。最低でも2年はそこで過ごし、長ければ5年以上も出られない。そんな縛られた生活をしなくても良くなったのだ。
ケラオさんとの話が終わり、本でも読みに行こうかと思っていた時、リートがなにやら嬉しそうに物置きから走ってきた。
「すまんシオノス。いきなりで悪いんたけど、市場で魔晶石ましょうせき買ってきてくれ!金は出す!」
買い物ぐらい自分で行けよとも思ったが、少し違和感があった。
「魔晶石って、そんな高ぇもん何に使うんだよ。買い物だったら自分でいけばいいじゃねぇか。」
「そこは色々あってな。手間賃は弾むし、腰抜かすぐらい面白い物を見せてやる。」
市場まではそこそこ距離があったが、リートがそこまで言うならと、シオノスは市場へと向かった。歩いて約30分ほどの場所にある、地方市場。そこは国が田舎の物資の不足防止の為にやっている市場だ。大抵の物は売っており、中には純金の指輪みたいなものも売っている。もちろん魔晶石も売っており、状態の良い物悪い物、大小色々揃っている。金を支払い、小さめの魔晶石を受け取る。手の平に収まる大きさだがかなりの重みを感じ、外観の大きさと重さの違いに少し脳が困惑する。せっかく来たし、何か果物でも買って帰るかと思いながら振り返った時、視界にはっきりと黒煙が映る。それを見た瞬間、全身に悪寒が走ったような感覚に陥った。ただの予感。最悪の予感。自然と足が速まり、鼓動が大きく脈打つ。市場を抜け、近くの小高い丘に駆ける。そして視界に入ったのは、その最悪の予感だった。狂ったように灼熱を映し、黒い吐息を嘆いている源は、紛れもなく孤児院だった。
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