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【前書き】
依頼は全て片付けられたようですが・・・。
【本文】
商業ギルドからの指名依頼である指定物の運搬は、何事もなく順調だった。強いていう何かあった言うならば、魔導車両に自然な流れでタニアも乗り込んできたことぐらいだろう。
当然のように車両に入って来たからダンダードがとても驚いて動揺していた。
勿論、ダンダードが座ったのはタニアの隣だとも。あんな話を聞かされた後でタニアがいるのだから、ダンダードを私の隣に座らせるつもりは無かった。是非、愛する妻を自分の隣に座らせると良い。
全ての商品を回収し終えて商業ギルド裏の倉庫に戻ってきたのは午後2時45分といったところだ。倉庫に品物を卸して依頼完了の手続きを終わらせれば、丁度午後3時になるといったところか。
倉庫へ回収した品物を移し終えた後、ダンダードから感謝を述べられた。
「いやぁ、本当に助かったよ!紙の山を片付けてくれただけでなく、空いたスペースに必要な品を移動してくれたんだ!本来ならば1週間は掛かっていたかもしれなかったからね!本当にありがとう!」
「どういたしまして。此方としては食事を御馳走してもらったうえで街中を滅多に乗る機会が無いであろう乗り物に乗りながら移動していただけだからね。これで報酬がもらえるのが悪い気がするぐらいさ」
「はははっ!お互いに益があったようでなにより!それではこれで依頼の完了だね!王都へ向けてこの街を発つまでの間、存分にこの街を楽しむと良い!」
食事中に聞いた話を考えれば、今のイスティエスタの治安が非常に良く、健全に栄えているのは少なからず彼が尽力したからでもあるのだろう。
ダンダードからしたら、例え生まれた国とは関係ない場所であってもこの街は彼にとって誇るべき街だろうし、自慢の街でもあるのだろうな。
今のこの街を語る彼の表情はとても晴れやかで誇らしげだった。
ナフカに依頼完了の手続きをしてもらった後、冒険者ギルドに戻って来てみれば、何やらギルド内が騒がしい。何かあったのだろうか?
とりあえず、中に入ってみよう。
「ノ、ノアさんっ!お願いしますっ!力を貸してくださいっ!」
「緊急事態、というやつかい?何があったのか、事情を教えてくれるかな?」
ギルドに入った直後、エリィが駆けつけてきて助力を懇願されてしまった。
エリィの表情は見たことも無い程に焦燥感がある。これは、人命が掛かっていそうな事態だな。
「帰還中の冒険者のパーティが魔物の大群がこの街に進軍しているのを確認したんです!彼等の斥候《スカウト》が離脱して教えてくれました!残った一行で魔物の進軍を足止めしてくれているそうなんです!街で迎撃の準備を整えている間に彼等を救助してください!」
「パーティというのは大体4~6人の集まりだった筈だけど、あまりにも無謀過ぎない?」
「流石に真正面から足止めするほど馬鹿じゃないさ。隠れながら嫌がらせを仕掛ける程度だぜ」
「報告しに来てくれたという斥候?」
「ああ、俺達はこの街で二年は活動してるが、あんな数は今まで見たことがねぇ。どう考えてもヤベェ事態だ。姐さん!頼む!あいつらを助けてやってくれ!アイツ等は馬鹿なヤツ等かもしれねぇけど、悪いヤツらじゃないんだ!この街のために命を懸けてるアイツ等を見殺しになんてしたくねぇ!」
斥候が必死になって頭を下げて私に懇願する。
目の前にいる斥候は、今朝私が叱った不衛生にしていた連中の内の1人だ。つまりその仲間達も同じく私が叱った不衛生にしていた連中だろう。
この連中は全員本の代金を問題無く支払っていたことだし、”上級《ベテラン》”冒険者なのだと思う。
“楽園”へ向かえない者達の中では優秀な部類に入るのだろう。
まったく、見損なわないでもらいたいものだな。
彼等が悪人でないことぐらい最初から承知しているとも。そして、街を守るためとはいえ、今命を失うにはまだ若すぎるということも。
「それなら一緒に来てもらうぞ。その連中、間違いなく負傷もしているだろうからな。介抱する者が必要だ」
「あ、ありがてぇ!!も、勿論行くぜ!ついて来るなって言われても、しがみ付いてでもついて行くつもりだったさ!」
「ギルド側から緊急で依頼を発注しています!ランクは”中級《インター》”!どうか、彼等をお願いします!」
エリィが依頼書を用意してきた。”中級”という事ならば”初級《ルーキー》”でも受けられるだろう。
私は今朝質問をしてきた”初級”に成りたてと言っていた冒険者を見つけると、彼をつかまえてエリィの元まで連れて行った。
私に連れてこられた冒険者はかなり困惑しているようだな。
「この依頼、貴方が受けてくれ。依頼のランクが”中級”ならば”初級”の君でも受けられるはずだ。そうだね?エリィ」
「えぇっ!?い、いや、受けられますけど、この依頼はあくまでノアさん用に発注した依頼ですから、実際には…」
「心配しなくとも実際に動くのは私だ。だが、この調子で活動を続けてしまえばあっという間に注目を浴びてしまうからね。まぁ、目立たないための悪あがきというやつさ。ああ、他に仲間がいるのなら今のうちに呼んでおいてくれ。依頼を受けてもらう以上、貴方達にも同行してもらう。それとも、受注を拒否する?私が勝手に決めていることだしね」
“初級”の冒険者に確認を取らずに話を進めてしまったので、今更だが確認を取る。
彼の仲間も話を聞いていたようだ。少女らしさを残したよく似た容姿の2人の女性が此方に駆け寄ってくる。
「やろうよ、トト!僕達も先輩達を助けに行こう!」
「私達、あの人達のおかげでこの街まで来れたんだよ!?今度は私達が助ける番だよ!」
彼の仲間はやる気のようだ。やはり、不衛生なだけであの冒険者連中は周りに慕われるだけの善良さがあるようだな。トトと呼ばれた若者はどうだ?
「言われるまでもねぇっスよ!エリィさん!その依頼、俺達が受けるっス!受注、お願いします!」
「…分かりました。ノアさん、この子達とあの人達をお願いします」
「ああ。可能な限り、全員の命を助けよう」
救出に向かう者達は全員やる気十分だ。受注手続きが完了次第、現場に向かうとしよう。
ああ、それと一応、エリィに確認を取っておこうか。
「ところでエリィ、魔物の大群なんだけど、迎撃の準備をしていると言っていたね?折角準備してくれている所悪いけど、その魔物達、別に私が現場で全滅させてしまっても構わないね?」
「そ、それは勿論、その方がありがたいですけど…。ノアさん、知っていますか?そのセリフって勝てない相手に敢えて挑む時に使われるセリフですよ?」
何がどうしてそうなったのかは興味深い話だが、まぁまず問題無いだろうな。
エリィもああ言ってはいるが、私が敗北することなど微塵も思っていないようだ。
「当然、知らないな。何だったら私がそのジンクスを打ち破ろうじゃないか」
「ですよねぇ。トト君、受注が完了しました。頑張ってくださいね!」
「ハ、ハイッ!行って来るっス!姐さん、先輩、2人も、行きましょう!向かう先は南門っス!」
エリィに応援されて少し顔を赤くしたトトが私達に呼びかける。
私も含めその呼びかけに頷いて答えた。士気は十分だな。
現場まで急行するから、移動の際に士気が落ちなければ良いのだが…。
「悪いけど3人共、急ぐ以上は通常の移動をするつもりは無い。こちらで運ばせてもらうよ?」
「へっ?うわぁっ!?」
「きゃぁっ!?」
「っ!?」
そう言ってトトを尻尾で掴み、彼の仲間をそれぞれ両脇に抱える。何も告げずに急に抱えてしまったから3人共驚いてしまったようだ。
とは言え、この方法で運べるのは3人までだ。残った斥候が困惑してしまっている。
「えっ?あ、あの…姐さん、お、俺はどうすりゃいいんだ…?」
「自分で言っていたじゃないか。しがみ付いてでもついて行くと。生憎と定員オーバーだ。有言実行してもらう」
「マ、マジっすか…」
というわけで尻尾の先端部を斥候に向ける。驚愕しているようだ。
なるべくなら急ぎたいのだ。掴まる気が無いのならこの場で置いて行くことになるな。
だが、私の懸念は杞憂に終わった。意を決した斥候が私の尻尾にしがみついた。
準備は整った。現場へと急行するとしよう。
「かなりの速度で移動することになる。4人共舌を噛まないよう、しっかり歯を食いしばっておくように」
「マ、マジか…1日でなん十件もの依頼を片付ける姐さんの足の速さって、一体どん」
「行くぞ!」
「っだぁああああっ!?!?」
「おあああああっ!?!?」
「「きゃあああああああっ!?!?」」
悪いが彼等が歯を食いしばるのを待ってはやれない。仮に舌を噛んでしまった場合はどさくさに紛れて魔法で治療しておくとしよう。
それはそれとして、いくら大通りが広いとはいえ、私が走る速度で誰かにぶつかってしまった場合、ぶつかった者にほぼ確実に大怪我を負わせてしまうため、道路を走るのは非常に危険だ。
よって、人がいない場所、住居の壁を走ることにした。少々体が傾くことになるが、まぁ問題は無い。
数秒で南門まで到着した。
「うぇえっ!?ノ、ノアさんっ!?い、一体どうしたっていうんですかっ!?」
「見ればわかるだろう。人助けだ。4人共、へばっている場合じゃないぞ。街の住民に気を遣ってここまではゆっくり来たんだ。ここから少し本気で現場まで向かうぞ」
「「「「………」」」」
門番が驚いて問いかけて来るが、生憎と事情を説明している時間が無い。同行してくれている4人に呼びかけてみたが、返事は無い。
へばっているか気絶しているようだが、彼等の回復を待っている間に現場で命がけで魔物の進行を止めている連中が力尽きては元も子もないだろう。
このまま急いで現場まで駆けていく。
走りながら『広域探知《ウィディアサーチェクション》』を使用して現場へ向かっていけば、記憶に新しい反応が確認できた。間違いなく今朝私が叱った連中だ。
幸いな事に今の所全員無事だ。かなり上手く立ち回っているらしい。巧みに魔物達を翻弄させている。
だが、安心はできない。確認できたのは彼等の反応だけでは無いのだ。冒険者達の反応と共に、様々な魔物の反応が尋常じゃない数確認できた。その数、どれだけ低く見積もっても軽く一万を超えている。
いくら”上級”冒険者だとしても、とてもでは無いが1つのパーティだけでどうにかできる数では無い。
魔物達の大群よりも少し離れた場所で、一度抱えていた冒険者達を下ろす。
勿論そのまま下ろしてしまえば、ここまで走ってきた慣性が働いて怪我を負ってしまう。彼等を放すと同時に前方に放り出された彼等を威力を抑えた『風爆』で受け止め、ゆっくりと地面に下ろしてやる。
「あの連中をここに連れて来る。怪我をしているようなら診てやりなさい」
そう言葉を残して冒険者達の元まで駆け寄っていく。
上手く立ち回れていたとはいえ彼等も無傷というわけでは無い。徐々に追い詰められているのだ。魔物達が彼等に到達する前に私が彼等と魔物達の間に入る。
「そ、その尻尾は、ノアの姐さんか!?」
「全員、生きているな?後方にお前達の仲間を連れてきている。介抱してもらうと良い。飛ばすぞ」
「えっ?と、飛ばすって、どういああああああっ!?!?」
説明している余裕が無いので少々乱暴になってしまうが彼等を『成形《モーディング》』による魔力の剣でくり抜いた地面ごと連れてきた冒険者達のものまで尻尾で放り投げておいた。
勿論、彼等も威力を抑えた『風爆』で怪我の無いように地面に下ろす。
ここで周囲にいる魔物達を確認してみる。
そのほとんどが二足歩行型であり、ある程度の知性が確認できる者達だ。
『広域探知』では、魔物の大群の最後尾にはとりわけ強い反応が1つ確認できる。おそらくはこの襲撃の首魁であり、扇動者でもあるのだろう。
この魔物を屠ればこの魔物の勢いも失っていく筈だ。
魔物達の様子を見れば、私が彼等との間に入ったことによる変化は特に無い。どうとでもなると思っているのだろうか?
思っているのだろうな。
押し寄せてきている二足歩行型の魔物達は知性が確認されているとは言え、人間達ほどでは無い。こういう言い方はあまり好きでは無いが、連中はつまるところ馬鹿なのだ。
尻尾の先端に『成形』によって発生させた魔力の剣に魔力を送り込み強化する。
今回は遠慮無しだ。形成された魔力の剣の長さは今の私の尻尾の長さと同じぐらいある。この状態の尻尾を思いっきり魔物達に向けて何度も薙ぎ払う。
ただその場に立って、では無い。前進しながら、魔物の群れをかき分けるようにだ。
1回尻尾が振るわれるたびに数十という魔物が上下に両断されて行く。
魔物達の勢いが止まるまでこの行為を続けていくこととしよう。
時間にして一分足らずで魔物の勢いは止まった。
だが、あくまで文字通り止まっただけだ。引き返すような気配はない。後方の安全を確認したら飛び跳ねて同行した冒険者達の元まで下がることにした。
「ただいま。そっちの状況はどう?」
「負傷した人達に回復薬を飲んでもらっています!」
「姐さん!魔物達の動きが止まったみたいっスけど、先輩方の回復が終わり次第、こっちから攻めるんスか!?俺達はいつでもいけるっスよ!!」
トトを始めとした”初級”の冒険者達はかなり意気込んでいる。斥候の方は仲間の無事を素直に喜んでいるようだ。彼等は戦闘に参加する気は無いようだな。
トト達には悪いのだが、この魔物連中には早々に退場してもらうことにする。
私がこれまで読んだ本によれば、竜人《ドラグナム》にはドラゴンの因子が含まれているため、研鑽を重ねればブレスも放つことができると書かれていたのだ。事実、現在ブレスを放てる竜人も確認できているらしい。
だったら私も使わせてもらおう。この量では流石に現状の”成形”では効果範囲が足りていない。
「悪いけど、ブレスで一気に一掃させる。貴方達は下がっててくれ。多分かなり熱くなる」
「ブ、ブレスっスかっ!?!?わ、分かったっス!2人も下がろう!」
トトの目から読み取れる感情には驚愕と歓喜、羨望が感じられる。
私が読んだ有名な冒険者の冒険譚というものは、ドラゴンに関係する話が定番だ。その定番の力を間近で見ることができるために目を輝かせているのだろう。彼の表情はマイクを彷彿とさせるな。
早くあの子達に構ってやれるように、この魔物共をさっさと片付けるとしよう。
地面を踏みしめて以前雨雲を消し飛ばした時のように、自身の肺に魔力をため込む。
が、前回の時のように目一杯ため込んでしまえば尋常ではない破壊を生み出してしまうのは目に見えているので、ため込む魔力は1/10にも満たない少量に留めておく。
『広域探知』で魔物の位置を把握したら『燃やす』意思を魔力に乗せて大きく息を吸い込む。
頭を大きくのけぞらせ、頭突きをするように勢いよく顔を突き出しながら魔力を口から放出させた。
私の口、もとい喉から魔力が出た瞬間、魔力は灼熱の炎となって前方に勢いよく放出されて行く。
ただ真正面にだけ放つのでは魔物の群れを全て巻き込むことはできないので、このまま首を左右に振る事にした。今回は先程の尻尾とは違いゆっくりとだ。
私が炎を吐き出し終わったのは以前と同様、200回分の呼吸。即ち13分ほどの時間がたってからだ。どうもブレスの放射時間は吸い込んだ空気の量で決まるらしい。
とにかく、ブレスを吐き終わった後に魔物の大群を見てみれば、ほとんどの魔物達は黒焦げとなって死に絶えていた。生き残っている魔物も、最後尾にいた首魁も含めてほとんどが虫の息だ。
「す、すげぇ…。まさにドラゴンブレスじゃねえか…」
「てか、あの威力は下手なドラゴンよりも段違いで上だろ…」
「カッコイイ…。お姉様って呼びたくなる…」
「こ、これが”一等星《トップスター》”クラスの竜人のブレス…。ムカついてもこれを街中でぶっ放さない辺り、姐さん、めっちゃ優しい人だったんだな…」
いくら何でも失礼すぎやしないか?
例え横暴な者だろうとこんな威力のものを街中で理由も無く使用するものなどいないだろうに。
「お前達、私のことを何だと思っているんだ?こんなものを街中で使用してしまえば私の扱いは完全に人類の敵にされてしまうぞ。そんなことをする奴など、後先のことをまるで考えないような直情馬鹿か、傲慢が服を着て歩くような愚か者ぐらいだろう…。え?おい、まさか、いたのか?そんな大馬鹿者な竜人が」
「ええ、そのまさかです。姐さんからすりゃあ、同族のことだから信じたくねぇかもしれませんが、昔はいたんすよ。その大馬鹿野郎どもが」
「うわぁ…。流石にその事実は知りたくなかったなぁ…」
いたんだなぁ…そんな自分の力に物を言わせて他者を従わせようとする者が。やはりドラゴンと言う生き物は、傲慢な性格が普通なのだろうか?
っと、まだ生きている魔物がいるんだったな。
万が一再生でもされては面白くないから、止めを刺していくとしよう。これぐらいなら私以外の者達も対処が可能だろう。
「良し、魔物達にトドメを刺すとしよう。トト、貴方達にも十分可能な筈だ。近い魔物達から仕留めていくと良い」
「分かったっス!みんな、行くぞっ!」
「俺達も続くぞ!一番近いのは”初級”のヤツ等に残して、俺達はちっと遠めのヤツ等を仕留めていくぞ!」
判断が速いじゃないか。
この様子なら近場の魔物の生き残りは任せて良さそうだな。私は魔物の首魁の裏に回って、冒険者達と挟み撃ちをするように止めを刺していくことにしよう。
魔物の群れの裏側に回ってみれば、やはり魔物の首魁も重傷といえるダメージを受けていた。背後に回った私を見る目はとても恨めしい表情をしていた。
だが、容赦も慈悲もしない。尻尾から発生させた『成形』で成形した魔力の剣で残りの魔物達を切り裂いて行った。
それから10分足らずでエリィに宣言した通り、魔物の大群を全滅させた!
さあ、後は街へと帰るだけだ!
といっても、人数が人数だ。ゆっくりと帰るとしようか。