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さて、それなりの数の止めを任せはしたが、彼等に怪我は無いだろうか?
たとえ虫の息だったとしても、反撃が無いとは言い切れないからな。
「あっ、姐さん、お疲れ様です。こっちも終りましたよ」
「お疲れさま。怪我人はいる?」
「いや、1人もいねぇぜ。ホントに虫の息だったからな。で、姐さん、この大量の黒焦げの死体、どうすんです?」
怪我人がいなかったのは良かったのだが、問題はそこだな。ほぼすべての魔物が全身余すことなく真っ黒焦げの灰になってしまっている。
身体能力が最も低いトトの仲間の女性達ですら黒焦げの死体に触れただけで崩れ去ってしまうほどだ。当然、魔物の素材など得られない。
それに、現在地は街と街をつなぐための街道のド真ん中である。これだけの量の黒焦げ死体があったら通行の邪魔どころでは無く、そもそも通行が出来ないのだ。
この死体の山を作り上げてしまったのは他ならない私だ。責任をもって私が回収するとしよう。
確か、灰は肥料に使用することができると本に書いてあったのだ。家に帰った時に何か作物を育てるのに使っても良いし、肥料が不足している所に卸しても良い。
「私は『格納』が使えるからな。反対意見が無ければ全て私が回収してしまおうと思う。こんな街道のど真ん中に大量の灰の山を放置しておくわけにもいかないからな。構わないか?」
「そりゃ、俺達じゃどうすることもできねぇし、実際この魔物の大群を倒したのはノアの姐さんだからな。反対する理由が無いぜ」
「姐さん、こんな大量の灰、回収しきれるんですか?」
「問題無い。トト達はどう?私が回収してしまって構わないかな?」
「俺達も問題無いっス。てか、俺達じゃ灰に使い道が思いつかないっス」
一応トトにも灰を回収して構わないか確認を取れば、使い道を見いだせないから回収して構わないとのこと。
まぁ、彼等は『格納』の類の魔術を使えないようだしな。当然か。
納得して灰を回収しようとしたところ、トトの仲間の女性が私に訊ねてきた。
「あ、あのっ!ノアお姉様!灰を回収するところ、見てても良いですか!?」
「構わないよ。といっても、直ぐに終わってしまうだろうけどね」
お姉様て…。
また変わった呼び名が増えてしまったな。言っても信じてもらえないが、私はおそらく産まれてから1年経っていないぞ?
それはさておき、彼女は私がこの灰の山を回収するところが見たいとのことだが、多分『格納』を使用しているところが見たいのだろうな。あわよくば魔術構築陣も。
別に構いはしないが、自分用に色々と改良して本来の『格納』から更に複雑な構築陣になってしまっているからな。覚えるのは難しいと思うぞ?
『収納』を用いようとして、思い留まる。
ほんの僅かではあるが一応私のブレスを耐えきった魔物もいるのだ。そういった魔物達は灰になってはいない。灰と死体を混ぜてしまうわけにはいかないな。
ここは紙の山を回収した時のように『格納・改』を使用して魔術によって灰と死体を分別してしまうことにしよう。
良し。方針は決まった。特に注意することも無いようだし、回収を始めよう。
「す、凄い…。こんなに複雑な構築陣をいとも簡単にスムーズに…。綺麗…。ノアお姉様、素敵…」
「す、凄すぎて参考になんねぇ…。いや、マジで姐さんの魔力操作精度ってどうなってんだ?」
この女性、大丈夫だろうか?表情が恍惚としている。
いや、私の魔術構築陣の構築速度は他の者から見れば尋常じゃないほど速いとユージェンや魔術師ギルドの者達から言われていたから、感嘆の声を上げるのは分かる。だが、恍惚とした表情をするのはどういうことなんだ?
一方で”上級《ベテラン》”パーティの魔術師も私が回収するところを見学していたのだが、こちらはこちらで困惑の表情を浮かべてしまっている。
この反応は魔術師ギルドの職員達が見せた表情に近いな。こういう反応が普通なのだろう。
時間にして5分足らずで灰の回収を終わらせられた。
短いように感じるかもしれないが、私としてはむしろかなり時間が掛かってしまったと思っている。
何せ紙の山を回収した時に掛かった時間は1分も掛かっていないのだ。遅く感じてしまったのも仕方が無いだろう。
それというのも回収した灰の山は広範囲に広がっていたからだ。『格納・改』の1度の回収範囲に収まりきらなかったのだ。この辺りは要改良だな。
まぁ、あくまで私の体感で時間が掛かったというだけの話だ。他の冒険者達から見れば異常な速度で回収されていたように見えていただろう。
回収が終わる頃には、見学していた者達だけでなく他の冒険者達も皆驚愕の表情をしていた。私をお姉様と呼んでいる女性を除いて。
彼女だけは終始瞳を輝かせて羨望のまなざしで私を見つめていた。
「こんな短時間で綺麗サッパリ回収しちまうなんて、やっぱ姐さんはとんでもねぇな!んでよ、ここまで来るのに他の連中を抱えてきたそうだけど、帰りはどうすんだ?ひょっとして、俺らみんな引きずられながら連れてかれたりすんのか?」
回収が終わり、後は帰るだけなのだが、流石に行きと同じようにはいかない。人数が多すぎるのだ。勿論、尻尾を伸ばしてしまえば全員を運ぶことなど造作も無い。
だが、人間社会で活動する際には尻尾のことは鰭剣《きけん》も含めてまだ内密にしておいた方が騒ぎにならないと判断している。尻尾を伸ばしてまで彼等を運搬する理由は無いだろう。
それに、目的を達成した今、急ぐ必要も無いからな。彼等のペースに合わせて帰れば良いのだ。
「私が4人を運んできたのはあくまで急を要したからだよ。目的を達成して全員無事なら急ぐ必要なんてどこにも無い。ゆっくり帰るとしよう。あまり早く帰りすぎても、街の人達を困惑させるだけだろうしね」
「違いねぇや。間違いなくエリィちゃんとかは卒倒しちまうだろうぜ!」
「あ、あのっ!そ、それじゃあ、わ、私とお話しながらでも、い、良いでしょうか!?」
私をお姉様と呼ぶ女性が私に訊ねてきた。何が原因となったのかは分からないが、彼女は私に対して憧れの感情を抱くことになったらしい。
ブレスを吐いた時には確かにカッコイイと言われていたが、それだけでそこまで慕うようになるものなのだろうか?
いや、待てよ?確かエリィも同性同士で恋慕の感情を抱くことがあるという話をしていたな。まさか、今のこの状況がまさにそれだというのか!?
なるほど…同性に対する恋慕の感情というのは、こういうものなのか。
いや、おそらくこれだけじゃないな。愛情という感情は複雑にして奇怪なものだ。かと思えばいたってシンプルな時もある。到底一言で括られるものでは無いのだろうな。
とにかく、会話をしながら街に帰るという彼女の要望を断る理由は無い。快諾して帰路に着くとしよう。
イスティエスタへと続く街道を歩きながら、街の南門に着くまでの間にいろいろなことを話したものだ。
話の内容は彼女の名前(ミミというそうだ)から始り、家族構成(彼女とよく似た女性はメメという名の双子の妹だった)、出身の村、将来の夢、憧れている冒険者、と言った彼女に関する内容ばかりだった。私は聞き手に回るばかりだったな。
会話をしている時のミミの目はキラキラと輝いていた。
憧れの冒険者の話をしていた時、[今一番憧れているのは勿論、ノアお姉様ですよ!]と言われてしまった。
やはり強い感情を持って慕われるというのは、むず痒く感じてしまうな。だが、この感覚にも慣れていく必要があるだろう。
この街を離れた先でも、似たようなことが確実に起きるのだろうからな。
ゆっくりと歩き続けてから3時間ほど経ったくらいか。イスティエスタの南門が見えてきた。
南門には複数の冒険者達が隊列を作って待機していた。きっと、魔物の大群に備えてのことだろう。のんびりと談笑をしながら帰ってくる私達を見て、どう思われるだろうか?きっとまた混乱してしまうのだろうな。
少しだけ陰鬱になっていると、冒険者達に紛れてユージェンの姿を確認できた。
彼の魔力反応は覚えている。エリィも事前に連絡が欲しいと言っていたし、ユージェンだけは驚かせることになってしまうが、ギルドマスターの務めだと思って諦めてもらうとしよう。
『通話《コール》』を発動させてユージェンに私の思念を送る。
〈ユージェン、今いいかな?〉
私が思念を不意打ち気味に受け取ったユージェンが慌ててしまいその場で勢いよく転んでしまった。それを見た冒険者がユージェンに手を貸している。彼等はユージェンのことを知らないらしい。
後から知った話なのだが、ユージェンが納品物の査定を行う相手というのは彼の正体を知っている者か、私のような規格外の冒険者が現れた時のみらしい。それ故に、先程の冒険者達のユージェンに対する対応もいつも通りの光景なのだろう。
ようやく気を取り直したユージェンから思念が送り返してきた。
〈まさか遠距離の相手に連絡を取る手段を持っているとはね。それで、要件は一体何なのだ?〉
〈ああ、此方に向かってきていた魔物の大群を全滅させたからね。それを事前に伝えておきたかったんだ。結果、貴方を驚かせることになってしまったのは済まないと思っている。門に待機している冒険者達にも伝えてもらって良いかな?〉
〈配慮に感謝する。それとだ、話は変わってしまうんだが、貴女が今朝魔術師ギルドで言っていた冒険者達の識字率と衛生観念の話だ。午後9時頃に冒険者ギルドに来てもらって構わないかな?〉
〈ああ、それで構わないよ。それじゃあ、また後で〉
そうして私達が南門に到着する前からユージェンによって事前に魔物の大群を排除できたことが通達され、比較的混乱することなく冒険者ギルドに帰還できた。
冒険者ギルドにて。各々が依頼の報告を行っている。
私も、指名依頼の完了手続きがまだ済んでいなかったからな。順番を守って並んでいるとも。現在はトトが先程受注した救助以来の達成報告を行っている。私の番はこの次だ。
「はい。これで依頼は完了です。トト君、お疲れさまでした!」
「は、ハイッ!でも、これで良かったんスかね?魔物達も、ほとんど姐さんが倒しちゃったんスけど」
「良いんですよ。依頼の内容は魔物の足止めをしてくれていた冒険者の方々の救助でしたから。問題無くトト君は依頼を達成しています!」
困惑しているトトを納得させるようにエリィが説明をしている。
まぁ、実際、トト達は私が目立たないようにするために依頼の受注をしてもらっただけだからな。トト達からしたら何もせずに報酬をもらってしまったという感覚なのかもしれないな。
「トト、遠慮することは無い。私の我儘に付き合わされた迷惑料だとでも思っておけばいいよ」
「そうですね。ノアさんの起こす騒動に巻き込まれてしまったことへのお詫びのような物と思って、遠慮せず受け取っちゃってください」
前後から私とエリィで報酬を受け取ることを是と言われれ、納得はまだしきれていないものの報酬自体は受け取ると決めたのだろう。エリィから報酬を受け取り、私の方へと向いて頭を下げだした。
「姐さん今日は色々と本当にありがとうございました!おかげで俺達、冒険者としてやっていけそうっス!」
「うん。そのやる気、大切にすると良い。それと、冒険者として成功したいのなら、真面目に依頼をこなすのが一番の近道だよ」
「ハイッ!失礼するっス!」
立ち去っていくトトの背中を私とエリィが見送っている。
律儀な子だな。彼の言う今日のことというのは、今朝の本や文字の読み書きについての件も含まれているのだろう。
「トトのような真面目で礼儀正しい人物こそ、冒険者として成功してもらいたいものだね」
「ええ。彼等は若手の中では一番将来を期待されているんですよ?誰かさんが全然上を目指す気が無いおかげで」
エリィの言葉にトゲがある。まぁ、冒険者登録をしてから冒険者として規格外なことをしてばかりだったからな。
それで上を目指さないことはエリィにも不満があるのだろう。あまつさえ、この街にもあまり滞在しないどころか他の国へも訪れる旨を伝えているのだ。
期待していた分、失望も大きいだろう。トゲのある言葉ぐらい、甘んじて受けるとも。
「まぁ、納得いかないかもしれないけど、いきなりふらりと現れた正体不明の竜人《ドラグナム》なんて頼りにしない方が良いんじゃないかな?ああ、ギルド証を渡すね。指名依頼の完了手続きを頼むよ」
「ノアさん、その言い方は…。いえ、何でもありません。ええ、ギルド証を預かりますね。言っておきますけど、ノアさんにはとても感謝しているんですよ?冒険者ギルドどころか、この街全体がとても良い方向に向かうことになるでしょうから。…依頼完了の手続きが終わりましたので、報酬をお持ちします」
エリィがカウンターの奥へと消えていくのを確認して周囲を意識してみる。ギルド内には結構な数の冒険者達がいる。相変わらず設置されている机に座りながら仲間達と今日こなした依頼の話をしているのだろう。
中には私の話をしている連中もいるな。今朝のことだったり先程のブレスのことだったりと、結構吹聴されてしまっている。
これではトトに依頼を受けてもらった意味があまりなくなってしまいそうだな。まぁ、エリィにも言っていたが、所詮は悪あがきだ。遅かれ早かれこうなっていたのだろう。
エリィが報酬を持って戻って来た。
いや、待って欲しい。
彼女が両手で持っているトレーには随分と綺麗な黄金色をした丸い板、つまりはどこからどう見ても金貨が積み上げられているのだが、アレが今回の報酬なのか?
「ノアさん、お待たせしました。此方が今回の報酬になります。三件分の依頼の報酬です」
「いや、あまりにも多くない?特に魔術師ギルドからの依頼には報酬額が少なくなっても良いと言っておいた筈なんだけど」
「それなんですけど、この報酬の約八割はその魔術師ギルドからですね」
おかしいだろう!?少なくて良いと伝えた筈の報酬額が、どうして逆に激増してしまっているんだ!?
「正確には職人ギルドに所属するガラス職人の方々からなんです」
「……今後多大な利益を見込めそうだからその謝礼金として、ということかな?」
「はい。3ヶ月後には新たなガラスの製法を習得して、それ以降は多大な利益を得られる見込みなのだそうです。その額、雑に計算してもこれまでの3倍以上は確定しているらしいです」
3ヶ月で新しい製法をモノにするのか。
私の感覚だともう少し掛かる気がしたのだが、相当に力を入れるらしい。ガラス職人達の顔を見たことが無いというのに、やる気に満ちた表情をしていると想像できてしまう。
「そういうことなら遠慮をする必要は無さそうだね。有り難くもらっておくよ。ところでエリィ、今のところ、貴女が休んでいる姿を見ていないのだけど、休日はちゃんとあるの?」
「当たり前じゃないですか。ちゃんと最低週2日間、場合によっては週3日間のお休みをいただいてます。私の場合は連休を頂くことが多いので、休日までの間隔が長いんです。ちなみに、明後日、明々後日が私の次のお休みです」
受け取った金貨は全部で150枚。その約8割が魔術師ギルド、もといガラス職人達からとはな。
職人というのも、儲かる者は儲かっているようだ。
とにかく、これだけの金銭があれば多少散財したところでまるで問題無いだろう。
ダンダードが所有していた魔導車両のシートと同じ材質の生地を購入しておきたいし、この街の美味い料理店、ジェシカが日中働いている場所に行ってみるのも良いかもしれない。
エリィも近いうちに休みを取るそうだし、迷惑をかけたお詫びも兼ねてその店で美味い食事を御馳走しようじゃないか。
「エリィには初日からお世話になっていたし、よかったら休みの日には一緒に美味い食事でも食べに行かない?宿泊先の長女が日中働いている店なんだが、とても評判が良いらしい」
「ノアさんの宿泊先の長女さんって…あぁ!ジェシーが働いている店ですか!って、あそこかなりの高級店ですよっ!?私のお財布事情じゃとてもじゃないですけどご一緒できませんって!」
「金銭のことなら心配しなくていいよ。今まさに大量に手に入ったことだしね。それにしても、エリィはジェシカのことを愛称で呼ぶくらいには見知った仲だったの?」
エリィの口からジェシーという呼び名が出て来るのは少し意外だった。彼女の勤め先も把握しているということは、そこそこ交流もあるということじゃないだろうか?
「ええ、まぁ、幼馴染ですから。ふふっ、あの娘、今ではしっかり者のイメージがついてますけど、小さい頃は今のシンシアちゃんと同じぐらいわんぱくだったんですよ?良くエレノア姉さんに一緒に怒られてました」
「エリィ、一緒に、ということは貴女もジェシカと似た者同士だったということかな?2人とも幼い頃はわんぱくだったというわけか」
「あっ!?ちょっ、今の、今の無しですっ!忘れて下さいっ!」
慌てて私に先程の会話の内容を忘れるように願うエリィの姿は、年齢よりも幼く見えて可愛らしく感じた。
「うん、良いね。どうせならジェシカの休みも重なる様なら彼女も誘ってみよう。貴女達の子供のころの話も少し聞いてみたいからね」
「わ、私のことは話しませんからね!?ジェシーのことだけです!」
「うん、エリィの話はジェシカから聞かせてもらうとしよう」
「も、もうっ!意地悪なこと言わないでくださいっ!嫌いになりますよっ!」
頬を膨らませてあからさまに機嫌を悪くさせてしまったな。少しから買い過ぎてしまったようだ。謝るのと一緒に優しく頭を撫でておくとしよう。
「悪かったよ。ごめんね。普段しっかりしたエリィの可愛らしい部分が見れたから、私もはしゃいでしまってね。どうか許して欲しい」
「か、可愛いって…あっあっ、あふぅっ…ノアさんん…それぇ…ずるいですぅ…」
うん、気持ちよさそうに瞼を閉じているエリィの表情も可愛らしいな。
以前の時のように周りの冒険者達がこぞって視線を集中させてきたが、別に私は気にならない。
とは言え、エリィもそうとは限らないからな。連中の視線が入らないように私の体で遮っておこう。
その後エリィの休日に一緒にジェシカが働く店で食事をする約束を取り付けた後、冒険者ギルドを後にした。
少し遅くなってしまったが、宿に戻って夕食を頂くことにしよう。
ついでにジェシカにも予定を聞いて休みが重なっているのなら一緒に食事に誘ってみよう!