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88 ◇山下狙いの島本……迷走中?
島本さんが私の顔を知っていてPNまで知っているということは、
あの完成披露試写会に彼女もたぶん参加していたのだ。
「そんな、大丈夫ですよ。
それよりわざわざお声がけしていただいてありがとうございます。
島本さんもこちらのご近所なのですか?」
「あぁ、いいえ。
私はもう少し東寄りに住んでいて普段はこのスーパーに来るなんてこと
ほとんどありません。
たまたま今日は友人の家にお邪魔していてその帰りなんです。
ところで、山下さんとあちらに出掛けていたということは何かまた
次回作のことで案を練られているのですね」
「あ……まぁ、そう、ですね」
最後のほうの言葉尻は囁くくらいの声音になってしまった。
次回作なんてないし、そもそも山下さんから次の作品について
何も聞かれてもいないし。
それにコミカライズされたのはプロットに興味を持ってもらえただけで、
私の小説自体が高評価されているわけでもないのは自分がよく分かってるので。
文章が下手なのは自覚あるから……悲しいけれど。
でもまぁ、話を合わせておくかな? 説明するのもややこしいし。
「私、事情を知らなくて……。
あの日すごくがっかりしたんです。
前に『近場の観光場所でどこかいい所がある?』 って山下さんから
訊かれたことがあって、あの北野異人館街を教えたの私だったんですよね。
それでその時に私『一緒に行きませんか?』って山下さんを誘ったん
ですけど断られてしまって。
事情を知らずにいたものですからあそこで石倉さんとご一緒の山下さんに会って
あの日はびっくりするやら悲しくなるやら、気持ちが乱高下しちゃって。
でも後から石倉さんのこと思い出して……なんであんなに気持ち乱高下
させちゃったんだろうって。
あっ、すみません。
自分のこと赤裸々に話しちゃって私ったら。
なんかお顔見たら話したくなってしまって。
こんなお話できるほど親しくもないのに、本当にごめんなさい」
89 ◇どうして誘ってくれるの?
そっか、私のことで嫉妬してたんだ。
でも後から私が映画の原作者だと思い出し、普通にデートしてたのではないと
分かり、ほっとしたというわけね。
そーか、そーか。
私もちょっとは山下さんが自分を誘ってくれた意味というか理由というか、
羊と亀のお遊戯会
515
#名探偵
空蝉 桜
136
おきつね
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私の中での『何故? どうして私なんかを誘ってくれたのだろう』という理由が
ほんの少しばかし分かったような気がしてテンションが少し上がる。
「北野、次の作品の舞台にするにはいいところですよね。
次の作品も期待しておりますね。
お忙しい所お引止めしてすみません。では失礼いたします」
「失礼します」
きゃあ~島本さん、私こそ今日あなたと話せてよかったわ。
ほんと、吃驚した。
彼女私のことを知ってたし、PNまで覚えてくれていて。
だけどあの日の私たちの行動は実際は次の作品のためではなくて……
たぶんただの観光のようなものだったはず。
山下さんはそもそも、私の作品を見出してくれてコミカライズしたあと、
映画化への話を繋いでくれただけで、その後一切小説の話などしてきて
いない。
だから、なぜ今も私と交流してくれているのかがよく分からないのだ。
『なんでなの、山下さん』
私のほうから『次の作品読んでみてください』って言うのを待ってるとか?
ううん、ぜんぜんそんな気配はなかったと思う。
山下さんに北野行きを誘われた日から私の頭の中をグルグル駆け巡って
いること、それは今も続いているけれど、分かったことが少しある。
北野異人館街行きへは、彼女からの誘いは断っているのに私とは一緒に行き、
次も行きましょうと誘ってくれていたということ。
彼女は私たちが北野にいたのは仕事絡みだったのだと思い込んでいるようだ
けれど、今のところ街ブラに仕事は介在していないということ。
私はここにきて、何か大きな間違いをおかしているのではないかということに
気がついた。
はっきりとはしていなくて単なる思い違いってことになるかもしれないけれど、
芽生えていた芽をここで自ら余計なことを考え過ぎて摘んではいけないような気が
した。
そして何より選択された側というのは酷く心の慰めになった。
だって多少の好意がなければ仕事の関係性もないのに
外で会おうなんて誘ったりしないと思うから。
90 ◇厚顔無恥にもほどがあるわ
私は買い物もそこそこに家へと飛んで帰り、すぐに山下さんへ送る
メールの文章の下書きをしたためることにした。
とまれ……だめだわぁ~折角の申し出を一度はOKしていたのに
後から断ったのよ。
今更何と言ってやっぱり行きたいですなんて言えるの。
厚顔無恥にもほどがあるわよね。
出先ではやっぱり行きますって連絡しようという強い気持ちに動かされて
ひとっとびに勢いを付けて自宅に戻ったものの、少しもボールペンは
動いてくれやしない。
百子は椅子の背もたれに凭れて仰け反り、大きなため息を吐いた。
『う~ん、なんて書けばいいのだろう』
悩まし過ぎた。
逸る気持ちのままに飛んで帰るも、結局その日の内に連絡することは
叶わなかった。
どうしよう、どんな文章を書けば……
そればかりが頭の中をグルグル駆け巡り心あらずになっていたせいか、
ハンバーグのタネを作るのに卵と片栗粉やパン粉の配分を間違えてしまい、
べちょべちょのタネにしてしまった。
そんなふうにその夜のおかずはとんでもなくえらいことになってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日は日曜日で、20才になる大学生の娘は
大学の友だちに会うとかで出掛けていった。
私は家でだらけてゲーム三昧している息子と二人きりなので、素早く
冷凍してあるピザシートを使っていつもより少し手抜き気味のピザを
ささっと作り、午後からの自分の時間を確保。
さぁ、落ち着いて考えるのよ~山下さんへの文を。
お断りをした日からまだほんの4~5日。
治るのが早すぎると訝しがられるかもしれないけれど
『脚の調子がよくなったので』というのが一番自然なように思えた。
まさか嫉妬心がとけてなくなったからだなんて言えないもの。
『山下さん、こんにちは。先日は大変失礼致しました。
あれからまだ数日しか経ってないのですが、思ってたよりも早く
脚の状態が良くなりましたのでやはり異人館街へご一緒させて
いただきたいと思います。
まだ大丈夫でしょうか? 可能でしたらぜひ宜しくお願いします』
私は自分の作った無難な文章をこれでもかというほど何度も読み返し、
メールで送った。
コメント
1件
第31話、読み終えました! 島本さんが主人公のPNまで知っていて、しかもあの日のことを赤裸々に話してくれた場面、すごく胸にきましたね…。嫉妬していたんだ、と主人公が気づくところが可愛くて、ちょっと切ない。それでいて「選択された側」という言葉に、主人公のほっとした気持ちがにじんでいて、じんわり温かくなりました。 最後の、メールを送るまでの迷いもリアルで、思わず応援したくなります!次が気になる…!