テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
それから幾つもの季節が巡った。稽古場での偶然の出会いは、いつしか毎日の習慣に変わっていた。
仁人は最初こそ渋々といった様子だったが、気づけば自分から誘うようになっていた。
「今日は詩を読むので、付き合ってください」
そう言っては書庫に連れて行き、古い詩集を開いて聞かせる。勇斗には難解な古語も多かったが、仁人の朗読には、不思議と耳を傾けさせる力があった。
「――で、今のはどういう意味なの?」
「分からないなら分からないでいいですよ。感じるものがあれば、それで十分なんです」
「投げやりだな」
「投げやりじゃないですよ。詩っていうのは、そういうものなんです」
真顔でそう言い切る仁人に、勇斗はいつも笑わされた。
舞踊の稽古にも、時折立ち会わせてもらえるようになった。楽師たちの奏でる旋律に合わせ、仁人が袖を翻すたび、勇斗は素直に見入ってしまう。
「そんなに見られると、やりにくいんですけど」
「悪い、つい」
「……別に、いいですけど」
口ではそう言いながらも、仁人はまんざらでもなさそうに続きを舞ってみせた。
その代わりというように、勇斗は仁人に、黒色の国の話をして聞かせた。草原を馬で駆ける感覚、満天の星の下で眠る夜、遊牧の民に伝わる古い歌――仁人は意外にも、熱心に耳を傾けた。
「今度、馬に乗せてやろうか」
「……本気で言ってます?」
「本気だって。乗馬くらい、王族なら嗜みだろ」
「僕は、そっちの嗜みは苦手なんですよ」
そう渋る仁人を無理やり連れ出し、後日、練兵場の隅で乗馬の稽古をつけてやった。落馬しかけて情けない声を上げる仁人を見て、勇斗は久しぶりに腹を抱えて笑った。
「いや、おかしいだろ、今の悲鳴!」
「うるさいですね! 慣れてないんだから仕方ないでしょう!」
顔を真っ赤にして怒る仁人は、いつもの澄ました様子とは違って、年相応の少年のように見えた。勇斗はそれを、誰よりも近くで見ていることが、少しだけ誇らしかった。
勇斗には誰にも明かせない、もう一つの顔があった。
月に一度ほど、勇斗は人目を忍んで王都の外れにある商家へ足を運んだ。表向きは黒色の国から派遣された交易商だが、その正体は、勇斗の出立に際して黒色の国から付けられた、監視役の男だった。
「相変わらず、大した土産はないようだな」
男は書き付けに目を通しながら、抑揚のない声で言った。年の頃は三十路ほど、鋭い眼光の奥に、抜け目のない計算高さを隠している。
「国境の警備配置と、穀物の備蓄量くらいしか摑めてない」
「それだけでも十分な仕事だ。……だが、お前がそれ以上のものを摑めることも、私は知っている」
男は書き付けから顔を上げ、勇斗をじっと見据えた。
「第二王子と、随分親しくしているそうだな」
「……ただの暇つぶしだよ」
「暇つぶしで、王族の懐に入り込めるなら結構なことだ。存分に利用しろ」
勇斗は、何も答えなかった。継承権を持たない第四王子である自分が、この国で成果を上げれば上げるほど、故国での立場は確かなものになる。それは分かっていた。分かっていたはずなのに、口の中に苦いものが広がるのを感じた。
「……分かってるよ」
短くそう答えて、勇斗は商家を後にした。
夜道を歩きながら、勇斗は自分の中に生まれた矛盾を持て余していた。仁人と過ごす時間は、飾らない自分でいられる、数少ない場所になっている。それなのに、その時間の一部始終が、いずれ黒色の国の利のために使われるかもしれない。
その事実を、仁人はまだ知らない。
翌日、何事もなかったかのように稽古場へ顔を出すと、仁人が待ちかねたように振り返った。
「遅かったですね」
「悪い、ちょっと野暮用で」
「……別に、責めてるわけじゃないですけど」
そう言いながらも、どこか安堵したような表情が見えた気がした。勇斗はその顔を見るたびに、後ろめたさと愛おしさが、同時に胸の中で膨らんでいくのを感じていた。
ある夜、稽古場の片隅で、二人きりで月を眺めていたときのことだった。
「勇斗と話してると、なんか、気が楽なんですよね」
珍しく、仁人がぽつりとそんなことを漏らした。
「王位のこととか、兄上のこととか、周りは色々言ってくるけど……勇斗は、そういうの抜きで話せるから」
「そうか」
「だから、その……」
仁人は少し言い淀んでから、視線を逸らしたまま続けた。
「勇斗のこと、親友だと思ってます。あ、あくまで、友達としてですけど!」
早口でそう付け加える仁人に、勇斗は思わず噴き出しそうになった。
「分かってるよ。俺もそう思ってる」
そう答えながら、勇斗の胸の奥では、男に告げた「暇つぶし」という言葉が、小さな棘のように疼いていた。
この気安さも、この信頼も、本当は誰にも渡したくない。けれど自分は、その全てを故国へ持ち帰ることを、まだ捨てきれずにいる。
二人の間に、少しずつ、言葉にできないものが積もり始めていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!