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「だから言わんこっちゃない。大丈夫か、レインくん」
「ぅっ……でぇじょ~ぶ。出すもの出したから、さっき、よりも、いい感じ……」
連勤が続いたある日、最後のお客さんを見送った途端に、吐き気に襲われてしまった。とにかく楽になりたくて、トイレにて全部吐き出し、現在5番テーブルのソファで横になっている。
冷たいオシボリを額に乗せ、ぼんやりと天井を見上げていたら、頭の傍に大倉さんが座り込む。
「吐いた後は水分を摂らなきゃ。これ飲んで」
目の前に、何かが入ったグラスを掲げてくれたのだが、吐いた直後なので飲む気になれない。
「悪い……もう少ししてからでいいか。です……」
「ダメ、飲むんだレインくん」
「無理だって言ってんのに、いい加減にしてくれよ」
掲げられたグラスを無視すべく、額に乗せていたオシボリで目元を覆い隠し、小さな反抗をしてやった。
「弱ってる君を無視できるような、俺じゃないから」
ギシッと音を立ててソファから立ち上がったのを、耳で聞いた次の瞬間、両肩を掴まれ押し付けるように唇が強く合わせられた。
「うぅ、ん……っ!?」
自動的に流し込まれる甘酸っぱいモノを、必死になって飲み込む。大倉さんから与えられるものが意外と美味しくて、抵抗するのをすっかり忘れてしまった。
「んっ…はぁはぁ……な、何するんだ、アンタ。吐いたばかりの人間の口を塞ぐとか、汚ねぇだろ」
一応口はゆすいでいたけど、飲み物を無理やりに飲ませたいからって、こんなことをされたら困る。
「レインくんは汚くないって。それに、どうしても飲んでほしかったから」
「だからって、さっきのは強引すぎんだろ」
「今、飲んだもの、戻しそうになってる?」
瞳を嬉しげに細めながら頭を撫でてくる大倉さんの言葉で、ふと我に返った。
「……いや、全然。むしろサッパリしたかも、です」
少し苦味の強いレモネードだった。日サロのオネェ店長が言ってた、喫茶店時代に出していたという、大倉さん特製のレモネード。
「それは良かった。しかもレインくん、顔色もだいぶマシになってきたよ。これで一安心だな」
「ありがとう、ございます、です……手間かけさせちまって、ホント悪ぃ…って、あれ?」
いきなり、泥のような睡魔が襲ってきて、目の前がゆらゆらと揺れ始める。
吐き疲れたところに、日頃の疲れがプラスしたんだろうか。それとも大倉さんが飲ませてくれたレモネードの美味さのせいで、いきなり気が抜けちまったのか。
「帰らなきゃなんねぇのに…これ、じゃ…ぁ」
「やっぱり、相当疲れがたまっていたんだね。大丈夫、俺が送ってあげるから、安心して眠るといい」
大倉さんの声が、その後も何か言ったみたいなんだけど、全部聞き取る前にあっさりと眠りに落ちた俺。握りしめた大倉さんのてのひらのあたたかさが、安心感を誘ったせいかもしれない。
「男はオオカミだって、知らないワケでもなさそうなのに、俺の手を握りしめたまま眠るとか、相当俺を信頼しているんだね、レインくん」