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放課後の図書館は、いつもより少しだけ騒がしかった。
試験が近いせいか、ページをめくる音のほかに、人の気配がある。
蓮はいつもの席に座りながらも、落ち着かない様子でノートを見つめていた。
その横顔を、翔太はそっと見ていた。
「…..どうした?」問いかけても返事はない。
翔太はノートを開き、ペンを動かす。
『今日は集中できない?』
蓮はペンを受け取って、少し迷ってから書く。
『声を出す練習をしてる。けど、上手くいかない。』
翔太は一瞬、ペンを止めた。
“声”という文字が、少し滲んで見えた
『どんな感じ?』
蓮は少し笑って、首を傾げる。
『自分の声がわからない。響きが怖い。』
翔太は考えるようにノートを見つめ、それから書いた。
『聞いてもいい?』
蓮の手が止まる。
一瞬、息を呑んだように肩が揺れた。
しばらくして、蓮は小さく頷いた。
そして、ゆっくりと唇を開く。
「…..しょう、た……」
かすれた、小さな声。
それでも確かに、翔太の胸に届いた。
翔太は何も言えずに、ただ目を見つめた。
その声は不安定で、震えていて、でも懐かしかった。
「…..俺の名前、ちゃんと聞こえたよ」
翔太が静かに言う。
蓮は少し戸惑いながら、視線を落とす。
『…..変じゃなかった?』
翔太は笑う。
『全然。むしろ、久しぶりで……ちょっと安心した。』
蓮の目が少し潤む。
でも泣かない。ただ小さく笑う。
その笑顔が、どんな言葉よりも強く響いた。
翔太はノートを取り、
『また聞かせて。いつでも。』
と書く
蓮は静かに頷いた。
「…..うん」
それは、小さな音”の約束だった。
外では雨が降り出していた。
図書館の窓を打つ音が、二人の沈黙を包み込む。
その静けさの中で、
“聞こえない世界”に、確かに温かい声が灯っていた。