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そういえばヨルも言っていた。ランナは『最強の聖女』だと。
「ヨルは僕よりも魔力が強いですから。ランナさんに呪いをかけて試したのでしょうね」
確かにモニカもポーラも呪いにかかって夫を溺愛しているが、それだけの理由で最強と言われても困惑する。
アサには確証があるようで、ランナが最強である理由を語り続ける。
「ランナさんのご両親は最強の聖者と聖女でしたね。血筋も完璧です。これで間違いありません」
アサはランナの両親についても調べていた。温厚に見えても目的のために着実にランナに迫り来る怖さが見える。
両親と言われて、ヨルが両親を殺したと言っていた事を思い出した。この様子だとアサとヒルは知らない件だろう。それにまだ真実とは限らない。
その件をアサに問うよりも、ランナには他にも向かい合うべき問題がある。
「血筋ならポーラ姉さんも最強の聖女なのですか?」
「いつの世でも最強の聖女は『世に一人』です。今はランナさんしかいません」
「それなら、モニカさんは?」
ランナは自分以外の聖女が最強である可能性を探っている。アサはモニカを最強の聖女と見込んで娶ったのではないのだろうかと。
「モニカさんはレッドアリア国の聖女です。最強になれる資質はあります」
「レッドリア国?」
ランナは本筋とは別の部分で反応した。隣国のレッドリア国。ヨルを恨んで宣戦布告をしてきた王女・ルアージュの国だ。
「はい。レッドリアは聖なる国。能力の高い聖者と聖女が多く輩出される国です。ランナさんのご両親もレッドリア出身ですよ」
両親とモニカがレッドリア出身というのも初めて知った。王女のルアージュも聖女だと言っていたが、聖なる国のイメージとは程遠い。
アサは隣で肩に頭を乗せて寄り添うモニカの肩を抱く。そのアサの眼差しは優しく愛に満ちている……ように見えるのだが。
「モニカさんは僕の愛で、ここまで育てました。ですが……」
ランナはその先を聞くのが恐ろしい。モニカの前で、天使のような穏やかな顔で、アサが言おうとしている残酷な言葉が予想できる。
「僕が求める力は『癒し』ではなく『殺し』です」
だからランナの能力が欲しい、取り込みたい。そう言われている気がしてランナの瞳も心も体の芯も激しく震える。
アサも本質はヨルと同じ。ヒルとヨルの人格を殺す目的で聖女を愛する。愛を育む行為は、聖女の能力を育む行為と同意なのだから。
……今、分かった。アサがランナとポーラをモーメントの街から連れてきた本当の理由が。それはヒルのためでもヨルのためでもない。
最強の聖女の可能性を秘めた姉妹をアサが利用するためだったのだ。
「ランナさん、どうでしょう。あなたも愛して育ててあげますよ。僕が聖女の能力を最大限に引き出してあげます」
「ふふ、仰る通りですわ。アサ様の愛の力でランナさんもすぐに治癒の能力だって使えるようになりますわ」
アサの誘導も、その隣で笑顔で同意するモニカも、ランナには全てが理解できない。受け入れる気なんて当然起きない。
モニカはアサが他の妻を愛そうが何も感じない。呪いによって正気も倫理も失くしたモニカは、アサの行い全てに同意する従順な奴隷でしかない。
(アサ様もモニカ様も私の味方じゃない。私を味方にしたいだけなんだ)
ランナをここに呼んだのも、モニカの治癒の能力を見せたのも、全てはランナを引き入れるためだと気付いた。
返事をせずにランナは立ち上がる。心を読まれないように平常を装いながら、ゆっくりと後退する。
「ごめんなさい。お邪魔しちゃ悪いので、そろそろ帰ります。失礼します」
アサの返事も待たずに身を翻すと、ランナは早足で出入り口の扉の方へと立ち去っていく。
それからヒルの部屋へと戻ったランナだが、昼になるまで部屋の外には出る気にならない。
7時を過ぎると執事のデイズが朝食を部屋に運んできてくれたが、それ以外に部屋を訪れる者はいなかった。
その後の記憶はない。早起きだったせいもあり、ソファの上で寝そべっていたら眠ってしまっていた。
(……あれ? なんか息苦しい……)
目を覚ましたランナが瞼を開くと案の定。ヒルの熱い唇が重なっていて口呼吸を妨げていた。以前と全く同じ光景だ。
仰向けのランナは右手を振り上げたが、手の平が届く前にヒルが離れて射程距離の外に逃れた。今回のビンタは当たらなかった。
「だーかーら。昼寝はベッドでしろって言ってるだろ、ハニー」
「ヒルくんの先祖の悪魔ってキス魔なの? ダーリン」
悪戯っ子のように笑うヒルのノリにつられて皮肉を返してしまった。
重なり合う形の二人が同時に上半身を起こすと、ランナの体はヒルの胸に抱きしめられる形になる。
「あぁ、ランナ。やっと会えたな。昨日は、あの後どうだった? ヨルに何もされてないか?」
「昨日……」
ヒルは強く熱い抱擁をしながらランナの金髪を撫でたり頬をすり寄せてきたりする。ここまでストレートな溺愛をされると逆に照れがない。
しかしランナは昨日を思い出して涙を浮かべる。
「ヨル様が私の両親を殺したとか言うしぃ……呪いで指輪が黒くなるしぃ……ヨル様が刺されるしぃ……隣国と戦争になるしぃ……」
「え!? なんか半べそで色々すげー事言ってるけど、それ全部本当なのか!? 刺されたのか、オレ!?」
この様子だとヒルは自分が刺された事すら気付いていない。申し訳なさすぎてランナの涙と独白は止まらない。
「ポーラ姉さんは私を叩くし、アサ様とモニカ様は私を誘うし……私は最強の聖女らしいし……」
「ちょっと待て! 一度話を整理しよう、な!? とりあえず深呼吸しろ!」
こういう時には年上の大人らしく対応するヒルが頼もしい。抱擁を解いてソファに並んで座り直すと、ヒルはランナの肩を優しく抱いて無言で待つ。
ランナの涙と呼吸が落ち着いてから、改めて昨日からの出来事を全てヒルに伝えた。
「なるほど……ランナの両親の件はオレにも分からない。ヨルが嘘を言っている可能性もあるしな」
「ねぇ、私たちは、どうしたらいいのかな……」
ヒルは正面を向いて腕を組むと眉間にシワを寄せて真剣に考えている。ヨルの同じポーズと比べると、ヒルは全く威厳がない。
「順に結論だけ言うぞ。ヨルの呪いは解けた。刺された傷は治った。だから次に取り組むべき最優先事項は隣国の件だな」
「ルアージュ様、かなり怒ってたし……戦争、止められるかな」
ヒルは腕を解くと、横を向いてランナの両肩の上に両手を置く。そして顔を近付けて真剣な眼差しで言い聞かせる。
「ランナ。オレと一緒にレッドリア国に行こう」
唐突なヒルの提案に、ランナは目を見開いて金色の満月のように丸くした。