「帰りましょうか?」
二人で車に乗ろうとした時、私は蓮さんを呼び止めた。
「蓮さん」
「どうしました?」
蓮さんは私の声に立ち止まってくれた。
「あの、後ろの席に来てください」
蓮さんは何も言わず、後部座席へ座ってくれ
「後ろを向いてください」
私が彼にお願いをすると、後ろを向いてくれた。
「愛……!?」
私は何かできることはないかと思い、蓮さんの肩のマッサージをすることにした。男性らしいがっしりとした肩、こんなにしっかりと触れることは初めてだ。
「私は何もできないから、車の運転も。だから、蓮さんの疲れがとれるようにマッサージをします」
誰かにマッサージをするといった経験はあまりない。友人が疲れたと言っている時に、揉んであげる程度だ。
一生懸命やっているつもりだが、効いているのだろうか。
「私なりに考えたんですが、ダメでしたでしょうか?」
蓮さんはずっと無言だった。
「ダメなんかじゃないです……」
蓮さんの耳が赤くなっているのが見えた。
「蓮さん、暑いですか?車のクーラー強くしますか?耳が赤いです」
彼は、手で自分の顔を押さえていた。
「いや、嬉しすぎて……。恥ずかしくて」
彼の顔を横から覗いてみると、珍しく紅潮していた。
「蓮さんでも恥ずかしいことってあるんですね。そして、肩が凝ってますよ。運転とか、疲れましたよね。仕事のし過ぎもあるかも。特にこの辺りが……」
凝っていますと伝えようとした時ーー。
彼は、後部座席をフラットの状態にさせた。
「きゃっ」
座席が急に倒れる反動によって、私の体制も不安定になる。
私がケガをしないように私の背中は彼の手で守られていた。
私は、仰向けの状態で横になってしまった。
正面には、蓮さんの顔があり、車の中で、押し倒された状態になっている。
あまりの距離の近さに、今度は私の顔が赤くなった。
「可愛すぎて、我慢ができなくなりました」
「えっ?」
私の上にいる彼をまっすぐ見つめているが、視線を逸らしたい。
しかし、彼の体制と私の体制は変わらず膠着状態のままだった。
私は男性経験がないため、こういった時、どうしていいのかわからない。
普通なら、ここでキスとかするのかな。
でも、彼は何もしてこない。
先日、私があの人に襲われたから、きっと彼は気を遣ってくれているのだろう。
私にあの時のことを思い出させちゃいけないと思っている。そんな気がした。
蓮さんとあの人は全然違う。
目の前にいる人は、私の大好きな人。
だから押し倒されても怖くなんてなかった。
「すみません、ちょっと外に行ってきます……」
私は彼の首に両手を伸ばし、彼がどこかに行ってしまうことを止めた。
「愛……?」
「私は、蓮さんのことが好き。だから何をされても怖くないです」
ドクンドクンと心臓が鳴っていることがわかる。
「……。我慢しようと思いましたが、やっぱりやめます」
そう言って彼は、私の頬に軽くキスをした。
「……!」
頬に唇の感触が一瞬残る。
私は緊張のあまり、動けなくなった。
「ん……!」
私の唇に彼の人差し指があたる。
そして耳元で
「本当はこれ以上のことをしたいんですが、周りに人も多いですし、続きはあとでしましょうか?」
そう囁いた。
彼の吐息と低い声で、ゾクゾクしてしまう。
彼は私の身体を起こして、車の座席を元に戻した。
そのあとは、普通の彼だった。
帰る時間の方が短く感じ、あっという間に都内に帰ってきてしまったのがわかる。
「明日はどんな予定なんですか?」
明日は日曜日、大学は休みだが夕方からアルバイトが入っている。そう彼に伝えた。
「蓮さんは?」
「俺も基本的には、土日が休みです。明日は特に予定がありません」
なぜこんなに楽しい時間は過ぎるのが早いのだろう、もう私のアパートに着いてしまった。
もっともっと一緒にいたい、そう思ったけれど、彼に迷惑がかかってしまうから。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
そう言って車を降りようとしたが
「あの……」
自分の気持ちを抑えきれなかった。
「今日、また蓮さんのお家に行っちゃダメですか?夕ご飯、作らせてください。もし……。もし良かったら」
最後の方は小さい声になってしまった。
返答がないため、迷惑だったと思い、取り消そうとすると
「嬉しいです。俺も本当はもっと一緒にいたくて。でも、迷惑なんじゃないかって思って。愛が良かったら来てください」
蓮さんも同じ気持ちなんだ。
「ありがとうございます!」
しばらくしても。車は出発しなかった。
「蓮さん……?」
「夕食の後、もし良かったら俺の家に泊まりませんか?」
彼が恥ずかしそうに話す姿がとても可愛らしいと思ってしまった。
「蓮さんが良かったら……。じゃあ、あの、私、着替えとかすぐ持ってくるので、ちょっと待っていてください」
そう伝えアパートに一旦帰り、泊まる準備をする。
彼女として泊まるってことは、もしかしたら……。
そんなことを考えながら準備をしていると、着替える服や下着が全く決まらない。
待たせてはいけないと思って、大きめのカバンに必要だと思われるいろんなものを詰め込む。
「お待たせしました」
「いえ。では行きましょうか?冷蔵庫に何もないので、スーパーに寄って行きましょう」
こうして私は人生で初めて、彼氏の家へお泊りをすることになった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!