コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あなたはパスタが好きですか?」
3話
人は、簡単に騙される。
美味しいと嘘をつけば、相手は喜ぶ。微笑めば、安心する。
求められる言葉を口にすれば、誰も疑いもしない。
…そう思っていた。
彼は、僕を追っている。
最初に気づいたのは数年前だった。仕事帰りの駅のホーム、カフェの窓際、
休日のショッピングモール。目立たないように振る舞っているつもりなのだろうが、僕はすぐに分かった。
あの男は、僕を疑っている。
5年前の、あの事故。
いや、世間的には「事故」とされているが、彼はそれを「事件」だと思っているのだろう。
そして、その犯人が僕であると確信している。
少しだけ、笑いそうになった。
──そんなに執着するなんて、よほど暇なのか、と思った。
僕はさりげなく目線を外し、何食わぬ顔で彼女と頼んだバジルパスタを飲み込んだ。
彼の名は、篠宮 圭吾(しのみや けいご)。
探偵という肩書を持ち、何年も僕を追い続けている男。
年齢は僕より少し上か、あるいは同じくらい。だが、彼はどこか大人びている。
疲れたような目をしていて、いつも無駄のない動きをする。探偵という職業が染みついているのだろう。
篠宮が僕を疑い始めたのは、5年前のある事故がきっかけだった。
──川辺で起きた転落事故。
夜、人気のない橋の上で、一人の男が欄干を越えて転落し、命を落とした。
当時の警察の見解は「不運な事故」。飲酒の影響で足元がふらつき、誤って転落したのだろうという話だった。
しかし、篠宮だけはそうは思わなかった。
彼は現場に残されたわずかな痕跡、証言の不一致、監視カメラの死角など、細かい点を拾い上げ、
「これは仕組まれたものではないか」と考えた。そして、その可能性を探るうちに、僕にたどり着いたのだ。
これは、僕がやった。無防備によりかかっていた男を発見した。
カメラに映っていないことを確認し、水を飲ませたが、男に暴言を吐かれた。
再び眠った男を、何となく、突き落とした。あまり面白いものでは無かったが。
今までにこんな事件は起こしているが、
ボロを出したことも、誰かに疑われることもなかった。
…僕は篠宮の考えがどこまで確信に変わっているのか、興味があった。
彼は僕のどこを「疑わしい」と感じたのか、 どこまで真実に近づいたのか。
彼は粘り強く僕を追っているが、決定的な証拠は何一つ見つかっていないはずだった。
なぜなら、僕は「痕跡を残さない」ことに関しては、人一倍慎重だったからだ。
・・・
「なぜずっとついて来られるのですか?」
僕は、店から出ても後ろから着いてくる篠宮に話しかけた。
篠宮は一瞬だけ視線を逸らし、夜の静かな路地を見渡した。そして、低い声で言う。
「あなたが、少し興味深い方だからです。」
僕は微笑を深めた。
「光栄ですね。」
「何か後ろめたいことが?」
「いいえ。」僕は首を振る。「ただ、他人に興味を持たれるのは慣れていませんので。」
「そうでしょうか。」
篠宮はゆっくりと私の顔を観察するように見つめた。彼の目は、まるで鋭いメスのように私の皮を剥ぎ、奥を覗き込もうとしているようだった。
しかし、それで何が見えるというのか。
僕は、もっと深く、篠宮の内側を覗いてみたくなった。
「篠宮さん。」
僕は落ち着いた声で言った。
「これ以上、僕の後をつけるのはやめていただけませんか?」
「……なぜです?」
「気持ちが悪いので。」
篠宮は微かに目を細めた。
「そうですか。」
「ええ。」僕は一歩引いた。「失礼ですが、僕は普通の会社員です。事件のことはお気の毒ですが、
こうしてつけ回されるのは迷惑です。」
篠宮は答えなかった。ただ、じっと僕を見ていた。
──この男は、簡単には引かない。
僕は、彼をどうにかする方法を考えなければならない。
このまま放置するのは、あまりに面倒だ。
ならば、次の一手を打つとしようか。
僕は最後にもう一度微笑を見せ、その場を去った。