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#男子高校生
はるまき
83
#オッドアイ
月詠 朱猫
52
学校が休みになってしまった以上、学校で会って話すことはできない。本来ならば、電話で話してしまった方が簡単なのかもしれなかった。
同時に。もし、歌が予想した通り――本当に、綾乃が犯人ならば。奇妙な力で、不可能犯罪を成し遂げてしまったというのならば。歌が疑いを向けることはすなわち、自分の身にも危険が及ぶ可能性を意味している。
――でも、もし本当に彼女に特別な力があるっていうなら。電話で話そうが、会って話そうが、きっと危険度は同じ。だったら……。
きちんと会って、本当のことを教えてもらおう。そして、もし彼女が本当に冬香、由衣、楓の三人を殺したというのなら自首を勧めよう。歌はそう決意していた。
それはきっと、クラスで唯一の友達である自分にしかできないことだから。
「こんなところに呼び出して、何?」
話し合った末、綾乃はとあるショッピングモールのフードコートでならいいと言ってきた。綾乃の家から五分と離れていないから、らしい。そこそこ人が多くてうるさい場所だが、家に近いから手間も少ないということなのだろう。
お互いにクリームソーダだけを注文して着席する。綾乃は露骨なほど機嫌が悪かった。呼び出しに応じただけマシだが。
「せっかく学校休みになって、一日映画でも見ようかなーって思ってた時にい。外に出なきゃいけないってだけで面倒くさいんですけど。着替えなきゃいけないし、他にも身支度もしなきゃいけないしー」
「ごめん、綾乃ちゃん。でも、どうしても……その、話が、したかったから」
「話?」
「綾乃ちゃんも、先生から電話かかってきたんじゃないの?もしくは、ニュースで見て知ってるのかな。……楓ちゃんが死んだこと」
そう告げた途端、綾乃が露骨に眉をひそめた。なんだろう、と思って歌は気づく。そういえば、綾乃の前で蓮見楓を“楓ちゃん”なんて呼んだのは初めてだった、と。
いや、結局、本人の前でもろくに呼ぶことができなかった。
名前で呼んでいい、とそう言って貰えてすぐ――その晩に、楓は家で無惨に殺されてしまったのだから。
「あんな女を、下の名前で呼んでるわけ?そんなに仲良くなったのね」
綾乃からすれば、楓は自分を虐めていた集団のリーダーである。そんな相手を親し気に呼んだら、そりゃ機嫌も悪くなるだろう。失敗した、と歌は慌てた。
「な、名前で呼ぶの好きだから、私がそう呼ばせて貰っただけ……!それに、わ、私、本当のこと知りたかったから。その、楓ちゃ……蓮見さんが、いじめについてどこまで知っていたのかなって。浮島さんと、羽柴さんが綾乃ちゃんに酷いことをしていたのは知ってるけど、いつも実行するのはその二人だったでしょ?蓮見さんは、何も知らない可能性もあるんじゃないかって。もちろん、もし知ってて命令してたなら、綾乃ちゃんに謝ってほしかったし……!」
「知ってて命令したに決まってるでしょ。あたしは最初から言ってるじゃない、あいつが全ての黒幕だって」
「も、もしそうなら、証拠を掴まないといけないでしょ?色々話を聞いて、矛盾が出てきたら……そ、そこからいじめの証拠を見つけることもできるかもしれないし」
「……なるほど。まあ、それは一理あるわね」
少しだけ、綾乃は機嫌を直したようだった。歌は罪悪感でいっぱいになる。これではまるで、自分が楓を疑って彼女に親し気に近づいた、かのようではないか。
本当は、楓は何も知らないだろうな、と最初から思っていたのに。
むしろ今回の件、彼女はほぼほぼ全ての被害者だろうなと考えていたし、綾乃に盛大な非があることもわかっていたというのに。
――私、いっつもこうだな。……調子良いことばっかり言って、人に合わせて。駄目なことも駄目って、はっきり言えなくて……。
テーブルの下。膝の上で拳を握りしめる。
気弱で、臆病で、自主的に何もできない自分がいつも嫌だった。だからこそ、確固たる自己と自信をもっている綾乃に惹かれたというのもきっとあるのだろう。
誰かに任せてばかり、頼ってばかり、期待してばかり。そんな自分だから、このようなことになってしまったのだろうか。
もし楓に連絡先を渡すのではなく、歌自身であの晩電話をかけていたら。少なくとも昨夜、楓があんな死に方をすることはなかったのではないか、なんて。今はそんなことを思ってしまうのである。
「は、蓮見さんは」
それでも。
今日は、自分なりに勇気を振り絞ってこの場にいるのだ。殺人犯かもしれない相手を、止めるために。それでも自分と綾乃の間には、確かに絆があると信じたがゆえに。
自分でなければきっと、綾乃を止められないと思ったがゆえに。
「蓮見さんは。本当に、知らなかったって……言ってた。それで、もう一度、あ、綾乃ちゃんに謝って話し合いたいって言うから……でも、会って話すのはお互い気まずいかなと思って。そ、それで電話番号を渡したの。勝手に、ごめん」
「ふん。まあ……あんただろうと思ったけど。実際、電話はかかってきたしね。……それで?」
「え?」
「それで、歌。あんたはどう思ったわけ?まさか本当に、蓮見楓は無実だと思ってんじゃないでしょうね?」
有無を言わさぬ口調。綾乃がこういう言い方をする時は決まっている。彼女は欲しい答えがもう決まっていて、それ以外の返答は絶対に許さないと思っている時の言い方だ。
やっぱりそうなんだろうな、と歌はため息をつきたくなる。一度思い込んでしまうともう、そこからロックが外せない。誰がなんと言おうと、それ以外の真実なんて欲しくない。
人はいつだって、本当の真実が欲しいなんて言いながら、結局自分に都合の良い真実だけを求めるイキモノだ。この少女はひときわその傾向が強いと言える。
「……思ってる」
その一言を振り絞るだけで、結構な勇気がいった。
「蓮見さんは……楓ちゃんは。真正面から、ちゃんと人の眼を見て話ができる人だった。そんな卑怯な手を使う人には見えなかったし……馬鹿にも思えなかった」
「馬鹿?」
「うん。だって、そうでしょ?友達に命令させて、自分の手は汚さないなんてことをしても……疑われるのは必至。そんなことも分からない人には思えなかった。どうしても綾乃ちゃんが邪魔だったなら、きっともっと卑怯で、それでいて絶対バレない方法を思いつくんじゃないかって。そして……目の前の人は、それくらいの賢さはあれど、人を傷つけて平気でいられる人でもないって」
『無論、証拠もないのに断罪するような真似はするべきではないし、裁きは法に任せるべきです。何より、私はきちんと野間さん自身の口から本当のことが訊きたい。……直接対峙するのはまだ怖いけれど、もう……怯えて逃げていていい段階ではないでしょうから』
何より、彼女は冷静だった。
友達を殺した犯人を許しがたいと思いつつも、綾乃をそうだと決めつけないだけの落ち着きを保っていた。
彼女は違う。本当の本当に、いじめに加担なんてしていないと、歌はそう思ったのだ。
「もし、浮島さんと、羽柴さんと……楓ちゃんが同じ人に殺されたんだとしたら。もし、三人に罪があったのだとしたら。それはきっと、綾乃ちゃんにひどいことをしたからだと私もそう思うけど。でも、楓ちゃんは……実際のところ、何もしていないのに誤解されて殺されちゃったんじゃないかって思うの」
傍を、大盛のチャーハンをお盆に乗せた母親と小さな男の子が通り過ぎていく。なんだか、涙腺が緩みそうになった。母親の後ろ姿がなんとなく、楓に似ているように思えてしまったから。
「ねえ、綾乃ちゃん。綾乃ちゃんじゃ、ないよね?楓ちゃんにまであんなひどいこと……綾乃ちゃん、そんなことできる人じゃないよね?いくらいじめが許せないからって、人のことをあんな風に滅茶苦茶にして殺したりとか、そんなこと考えないよね?」
実行可能かどうかは、あえて度外視した。この世の中にはきっと、歌が知らないような特別な技術や魔法がたくさんある。密室殺人や不可能犯罪だってできるのかもしれない。少なくとも、楓が死んだのはそうとしか言えないような状況であったのだから。
無論、殺したいと思っていたからといって、実際にそれを行動に移さなければ何も問題はないのだ。想像の中ならば、人は強盗だろうと強姦だろうと虐殺だろうといくらでも許されている。妄想の中だけならば誰かを傷つけることもないのだから。実際、多くの人は憎しみや欲望を抱いても、それを想像の中だけに留めておくことができるからこそ犯罪には至らない。理性という、抑止力が働くのである。
ただ。
目の前の少女はきっと違う。歌はもう、そう思ってしまっている。この少女ならばきっと、本気で実行したいと思ったらその時――そんな理性の蓋など蹴り飛ばして犯罪に手を染めてしまうのではないか、そんな危うさがあるのだ。ましてや、証拠を残さずに殺す方法をもし手に入れてしまったなら、綾乃でなくても理性で我慢できる人間は少ないのではなかろうか。
そして一人殺すことができてしまったなら、きっとあとはもう止まらない。自分自身ではもう、止まれないのだとしたら。
「……ふふ」
やがて、綾乃が肩を震わせて笑った。かたかたかた、と目の前のメロンソーダのコップが揺れる。
アイスクリームが、どろり、と溶ける。
「あんたが裏切者じゃないかもしれないって、今ちょっと見直したところだったのに。やっぱりそうなのね、歌?あんた、あいつらに懐柔されて、あたしを売ろうとしたわけえ?」
「え!?そ、そんなこと、あるわけ……!」
「実際、蓮見楓が無実だと信じ込んでるじゃない。あるわけないでしょ、そんなこと。あの女はあたしをいじめた浮島冬香と羽柴由衣の親玉!全ての黒幕!絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対……全部知っててあたしを嘲笑ってたに決まってるの!つまり有罪!有罪以外には、あり得ないからっ!」
がんっ!とテーブルを拳で叩いた。そこそこ騒がしい、昼時のフードコート。多少騒いだだけで、周囲の人が振り返ってくるなんてことはなかったが。
「殺したいと思ったって?決まってるじゃない。本当は一回や二回じゃない……何十回何百回と生き返らせて、永遠に苦しめて殺してやりたかったほどよ!あたしが受けた苦しみは、屈辱は、この程度のものじゃなかったんだから!あんな風に簡単に死んだだけで晴らせるほど、あたしの苦痛は軽いもんじゃなかったんだから……!」
「あ、綾乃ちゃん、それって……」
鬼のような形相。
縋るようにクリームソーダのコップを握って歌は綾乃の顔を見つめる。エアコンがきいた室内。暑いわけでもないのに、じわり、と手に汗が浮かぶ。
「ま、まさか本当に、綾乃ちゃんが殺したの?三人を……あんな残酷なやり方で殺したの!?」
歌の問いかけに。
綾乃は、肯定としか思えない笑みを浮かべてみせたのだった。
コメント
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はじめアキラさん、第23話読了しました。綾乃ちゃんのあの「絶対」の連呼、本当にゾッとしました…。歌ちゃんが勇気を振り絞って「楓ちゃんは無実だと思う」と言い切った場面、すごく胸が詰まりました。自分を責めながらも友達を止めたい一心で向き合う姿勢、切なくて応援したくなりました。綾乃ちゃんの怒りの根深さもひしひしと伝わってきて、次の展開が気になります。