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題名 ただ好きだったはずなのに_。
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ヒロイン
桜井 瑠奈「サクライ ルナ」
1年5組 好き パフェ
身長 158,2㎝
ヒーロー
国見 英「クニミ アキラ」
1年6組 好き 塩キャラメル
身長 182,8㎝
放課後の体育館。バレーボールが床を叩く高い音と、選手たちの荒い呼吸が混ざり合う。
私はその熱気の隅っこで、ファインダー越しに彼——
国見英を追っていた。
効率を愛し、無駄を嫌う彼。
その視線がどこを向いているのか、何を考えているのか、誰にも悟らせない。
そんな「掴めなさ」に惹かれ、気づけば私は「一人のファン」になっていた。
(シャッター音)
レンズの中で、彼がふっと前髪を払う。
その瞬間、心臓が痛いほど跳ねた。
「……ただ好きだっただけなのに」
ポツリと、誰にも聞こえない声で呟く。
最初は、ただの憧れだった。コートで光る彼を応援しているだけで幸せだった。
けれど、いつからだろう。彼が他の女の子と一言交わすだけで、目の前が真っ暗になるほど嫉妬してしまうようになったのは。
オタクの境界線を越えてしまった私は、もう、彼の純粋なファンではいられない。
だから今日、このカメラをバッグにしまったら、私は「桜井瑠奈」という一人の人間に戻るんだ。
練習が終わり、夕闇が廊下を飲み込む頃。
私は部室から出てきた国見を呼び止めた。
「国見くん」
「……あ、桜井さん。まだいたんだ」
相変わらずの、抑揚のない声。
その無関心さが、今の私には鋭いナイフのように刺さる。
「私、もう明日から練習見に来ないね。……カメラも、もうやめるから」
精一杯の笑顔を作ったつもりだった。
けれど、国見の瞳がスッと細められた瞬間、その余裕は一気に崩れ去った。
「……なんで」
「え……?」
「なんでやめるの。……俺のこと、好きだったんでしょ」
国見が一歩、踏み込んでくる。
長い影が私を覆い、逃げ場を奪う。
背中が冷たい壁に当たったときには、もう彼の顔が目と鼻の先にあった。
「好きだったよ。……でも、オタクとして好きだったはずなのに、もう……苦しくて、耐えられないんだよ」
絞り出した声が震える。
すると、国見は私の頬に手を添え、親指でゆっくりと唇をなぞった。
「勝手に過去形にしないでよ。……効率悪いこと嫌いな俺が、わざわざ君のカメラの向きに合わせて動いてたの、気づいてなかった?」
「……え?」
「君のレンズ越しじゃない視線が欲しくて、ずっと待ってたんだけど。……ねぇ、瑠奈」
初めて名前で呼ばれた。
その声は、いつもよりずっと低くて、独占欲に満ちていて。
「ファンとか、もういいから。……俺だけのものになってよ。……返事は?」
夕闇の廊下。
「推し」だったはずの人の体温が、レンズを通さず、ダイレクトに私を支配していく。
好きだったはずなのに。……いや、今この瞬間の「好き」は、これまでの何百倍も熱く、私の胸を焦がしていた。
国見 side
体育館の入り口、いつもの場所に、いつものレンズ。
視界の端でカメラを構える桜井瑠奈の姿を、俺は一秒たりとも見失ったことはない。
(シャッター音)
効率を求める俺にとって、バレーボールは仕事に近い。無駄な動きはしないし、無駄な熱量も使わない。
けれど、あの子のレンズが俺を捉えている時だけは、少しだけ話が別だった。
どうすれば、あの子のファインダーの中で俺が一番綺麗に見えるか。
どう動けば、あの子の指がシャッターを切りたくて堪らなくなるか。
俺は無意識に、あの子という観客のためだけに「最高の国見英」を演じていた。
「……あ、目が合った」
あの子が小さく呟く。レンズ越しに視線をぶつけると、彼女の肩が愛らしく跳ねる。
その反応を見るのが、いつの間にか俺の密かな愉悦になっていた。
あの子は俺を「推し」だと言い、崇拝している。
けれど、俺はあの子を「ファン」の一人だなんて、一度も思ったことはない。
俺が欲しいのは、レンズ越しの羨望じゃなくて、剥き出しの独占欲だ。
だから、練習後の静まり返った廊下で、彼女が「もう辞める」と告げた時。
俺の中の何かが、音を立てて冷えていくのが分かった。
「……なんで」
声が、自分でも驚くほど低く沈む。
カメラをバッグにしまい、もう俺を追わないと決めたようなあの子の瞳。
逃がすわけない。そんな効率の悪い結末、俺が許さない。
一歩、距離を詰める。
壁際まで追い込み、彼女の逃げ道を腕で塞いだ。
「ただ好きだったはずなのに、もう……苦しくて、耐えられないんだよ」
震える声でそう言った彼女。
俺はその頬に指を添え、柔らかい熱を確かめる。
そう。俺が欲しかったのは、その苦しそうな、俺のことしか考えられない顔だ。
「……勝手に過去形にしないでよ」
俺が君をどれだけ見ていたか。
君が思っている「推し」が、どれだけ君の視線に飢えていたか。
今さら教えてあげても、もう遅い。
「ファンとか、もういいから。……俺だけのものになってよ」
耳元で囁くと、彼女が小さく息を呑むのが伝わる。
「ただ好きだったはずなのに」なんて言わせない。
明日からは、そのレンズの代わりに、俺の体温で君を縛り付けてあげる。
「返事は? ……『はい』以外、聞く気ないけど」
俺は、震える彼女の唇を、深い口づけで塞いだ。
これはファンサービスでも何でもない。ただの、一人の男としての強欲だ。
ただ好きだっただけなのに fin