私は訝しんでいるのだが、どうしても怖くて呉林の言いつけを守っていた。どちらにしても、この状況で動いてみてもしょうがなかった。微動だにしない人々をどかしどかし進んでみても、次の車両の様子を見る勇気は私には無い。
「お願い止まって。止まって、止まって、止まって」
安浦は俯いたまま呪文のように呟きだした。
電車は本来停車するはずの駅を、まるで気付かないかのように通り過ぎて行く。ホームにいる人々も時が止まったかのように微動だにしない。電車のスピードが上がる……。
意志でなんとか抑えていた恐怖が、破壊的で強力な衝撃となって胸を激しく叩きだした。
「お……落ち着きましょう。きっともう少しで何もかも終るわ」
まるで、ジェットコースターと化した電車の中で、ついに呉林もどうしようもない恐怖を覚えた。震える声で言いだす呉林の声を聞いていると、突然、アナウンスが、
「まもなく終電の……」
と放送するのが聞こえる。そして、電車が急ブレーキをかけた。
「きゃーーーー!」
急ブレーキによる衝撃から、呉林と安浦がついに悲鳴を上げる。私は恐怖と衝撃で体が固定できなくなっていた。座席から投げ出されそうで、必死に体を固定するが、意識が朦朧とする。目の前が暗くなる寸前。
「ピー、ピー、ピー」
携帯の音だと解った。
何故か目覚まし機能は今日の午前の8時00分に作動するようになっていた。24時間後の6時00分ではなく……。慌てていたので今朝に作動するようにしてしまい。8と6を間違えたのだろう。そして、私は不安定な姿勢から、恐怖で麻痺した頭で、何かにしがみつくかのように携帯の目覚まし機能を消していた。
…………
気を失ったのか。暗闇から目を開けると、ほんのり明るい光の電車の中だった。隣に顔を向ける。目を固くつむった安浦と呉林がいた。
「おい、起きるんだ! 助かったぞ!」
回りの人々が私に注目したが、気にする余裕がないので、放っておくことにする。みんな目の辺りは暗くなっていない。普通の目元だ。
安浦と呉林は目をゆっくりと開ける。
安浦は嬉しいのか未だに怖いのか、泣き顔をしていて、
「助かったの。あたしたち」
「終わってくれた! 助かったんだわ! ああ、よかったわ!」
そう言った呉林は涙目だが何らかの自信のある顔だった。
私たちは周囲の目を気にせずに、肩を叩いたり手を打ったり喜び合った。
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