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#山中柔太朗
Freesia
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「仁人ってさ、俺のこと好きすぎない?」
付き合い始めて、二週間。
仕事終わりの楽屋で、勇斗はさも面白いことを思いついたように笑った。
「……は?」
「だって、さっきからずっと俺のこと見てるじゃん」
「見てない」
「見てたよ」
「見てないって」
「じゃあ、今は?」
そう言って顔を覗き込んでくるから、俺は反射的に目を逸らした。 勇斗が声を上げて笑う。
「ほら!」
「うるさいな、もう……」
「かわいい」
「……そういうの、やめて」
「なんで?」
わかっているくせに。
勇斗は昔から、俺が困った顔をすると嬉しそうにする。俺が言い返せなくなるまでちょっかいをかけてきて、最後には自分で笑い出す。付き合う前からそうだったのだから、恋人になったからといって急に変わるはずもない。
ただ、ひとつ違うことがある。 今は、こいつが俺の恋人だということ。 その事実を思い出すたびに、どうしても調子が狂う。
「……勇斗」
「ん?」
「近い」
「うん、近いね」
「……だから」
「嫌?」
その聞き方はずるい。 嫌なわけがない。むしろ、もう少し近づいてほしいと思っている自分がいるから、余計に困るのだ。
俺が黙っていると、勇斗は少しだけ笑って、それから、いつもより柔らかい声で言った。
「俺は、もっと近くにいたいけど」
一瞬、何も考えられなくなった。
「……っ、」
「え、仁人?」
「……なんでもない」
「いや、絶対なんかあるでしょ」
「ない」
「顔、赤いよ?」
「勇斗のせいだろ……!」
言ってから、しまったと思った。 勇斗がぴたりと黙る。 いつもなら、ここでさらに何か言ってくるはずだった。もっとからかって、俺が逃げるまで笑い続けるはずだった。 なのに。
「……俺のせい?」
さっきまで余裕たっぷりだった声が、ほんの少しだけ裏返った。 俺はゆっくり顔を上げた。 勇斗の耳が、赤い。
「……勇斗?」
「いや、だって、そういう言い方するから」
「どういう言い方?」
「……もういい!」
今度は勇斗が顔を逸らした。 その横顔を見た瞬間、胸の奥がくすぐったくなった。
なんだ。 勇斗だって、平気なわけじゃないんだ。 そう思うと、少しだけ嬉しくなった。
「……勇斗」
「なに」
「こっち向いて」
「やだ」
「なんで?」
「……仁人が変なこと言うから」
「変なことって?」
「もう、ほんとに……!」
勇斗が振り返る。 困ったような、照れたような顔をしていた。 俺はその顔が好きだった。
いつも自信満々で、俺を振り回してばかりいる勇斗が、俺の言葉ひとつでこんな顔をする。そのことが、どうしようもなく愛おしかった。
「……かわいい」
思わず口にすると、勇斗の目が丸くなった。
「は?」
「勇斗、かわいいなって」
「……いや、待って」
「何?」
「待って、ちょっと待って」
勇斗は片手で顔を覆った。
「……それ、ずるくない?」
「何が?」
「仁人、そういうこと普段言わないじゃん……!」
「言ってほしいの?」
「そういう意味じゃなくて!」
声が大きくなって、勇斗は慌てて口を閉じた。 その様子がおかしくて、俺は少し笑ってしまった。
「……何笑ってんの」
「いや、勇斗も照れるんだなって」
「照れるよ、そりゃ!」
言い切ってから、勇斗はまた黙った。 俺たちはしばらく見つめ合って、それから、同時に笑った。
なんだか、急に気が楽になった。 俺だけが余裕をなくしているわけじゃない。勇斗だって、俺のことになると簡単に調子が狂ってしまう。 それがわかっただけで、今までより少しだけ、素直になれる気がした。
「……勇斗」
「ん?」
「キス、したい」
今度こそ、勇斗が固まった。 数秒。 本当に数秒だったと思う。 けれど、その間に勇斗の顔がみるみる赤くなっていくのを、俺ははっきりと見てしまった。
「…………え?」
「……だから、キスしたいって」
「いや、聞こえてる。聞こえてるけど……」
勇斗は視線を泳がせたあと、なぜか俺の肩を軽く叩いた。
「……仁人、そういうのはさあ……!」
「……嫌だった?」
そう聞いた途端、勇斗の表情が変わった。
「違う!」
今度は、さっきよりずっと大きな声だった。
「違う、そうじゃなくて! 嫌なわけないじゃん!」
「……うん」
「うん、じゃなくて……!」
勇斗は深く息を吐いて、それから、恥ずかしそうに笑った。
「……俺も、したいよ」
その声があんまり優しかったから、俺はもう一度、好きだと思った。
「……じゃあ、してもいい?」
勇斗は俺を見た。 さっきまであんなにからかっていたくせに、今は自分から近づくことさえ少しためらっている。 それでも、逃げようとはしなかった。
「……うん」
小さな返事。 勇斗がゆっくりと顔を近づけてくる。 俺は目を閉じた。 唇が触れる直前、勇斗が小さく息を呑むのがわかった。 それから、ほんの一瞬。
触れるだけのキスだった。 離れたあとも、俺たちはしばらく動けなかった。
「…………」
「…………」
「……やば」
先に口を開いたのは勇斗だった。
「……うん」
「いや、ほんとに、やばい……」
「……勇斗、顔赤い」
「仁人もだから!」
思わず笑った。 勇斗も笑おうとして、けれど途中で照れくさくなったのか、俺の肩に額を押しつけてきた。
「……もう、ほんと無理」
「何が?」
「仁人が、思ってたよりずっと……」
そこで言葉が途切れる。
「……ずっと?」
「……なんでもない」
俺は少しだけ考えてから、勇斗の背中に手を回した。
「……好き?」
勇斗が顔を上げた。
「……は?」
「俺のこと」
「……っ、好きだよ!」
あまりにも必死な声だった。 俺は笑ってしまった。
「……俺も好き」
そう言うと、勇斗はまた黙った。 そして今度は、俺の顔を見たまま、小さく笑った。
「……もう一回、してもいい?」
今度は、勇斗からだった。 俺が頷くと、勇斗は少しだけ安心したように息を吐いて、もう一度、そっと唇を重ねた。
二度目のキスは、さっきよりほんの少しだけ長かった。 それでも、離れた瞬間に目が合うと、二人そろって笑ってしまう。
「……なんか、全然かっこよくできないね」
勇斗が言った。
「別に、かっこよくなくていいよ」
「……仁人って、たまにすごいこと言うよね」
「そう?」
「そうだよ」
勇斗は笑いながら、俺の手を握った。
「……好きだなあ、ほんと」
その言葉に、また胸が熱くなる。 何度言われても、きっと慣れない。 これから何度キスをしたって、きっと慣れないのだと思う。
「……勇斗」
「ん?」
「もう一回、したい」
言った瞬間、勇斗の動きが止まった。 それから、みるみるうちに耳まで赤くなっていく。
「…………仁人さあ!」
「…何?」
「いや、ほんと、そういうとこ……!」
勇斗は俺の肩に顔を埋めた。 俺は笑った。 今度は、俺が勇斗を照れさせた。 それがなんだか嬉しくて、愛おしくて、しばらくの間、俺たちはそのまま笑っていた。
――恋人になったからといって、急に何もかもが上手になるわけじゃない。 何度だって照れるし、何度だって戸惑う。 それでも、俺が一歩近づけば、勇斗も近づいてくれる。 勇斗が手を伸ばしてくれたら、俺もその手を握り返せる。
たぶん、俺たちはこれからも、そんなふうにして恋人になっていくのだと思う。
「……ねえ、仁人」
「ん?」
「帰る前に、もう一回だけ」
俺は笑って、勇斗のほうへ顔を向けた。
「……うん」
その返事を聞いた勇斗は、今度こそ、照れながらも嬉しそうに笑った。
最後までお読みいただきありがとうございます!余裕ぶっこいてるように見える🩷さんも実は余裕がなくて、そこを💛さんにいじられちゃう図が好きです。そして結局🩷さんの流れに乗っちゃう💛さんが好き。
コメント
3件
めちゃくちゃ可愛かったです…✨ 照れちゃう🩷さんも、それをみて、少し余裕がでる💛さんも、どちらも読んでいて尊い…となりました!✨
うわあ……めちゃくちゃ良かったです。仁人さんが勇斗さんに「好きすぎない?」って言われて照れてるのに、後半で勇斗さんが逆に「ちょっと待って」ってなる流れ、大好物です。お互いに少しずつリードが変わる感じがリアルで、最後の「帰る前にもう一回」にはこっちまで温かい気持ちになりました。お二人の初々しい空気感、何度でも読みたいです。