お味噌汁を温めていたら
「どうした?そんな暗い顔して」
何か手伝うことある?と私に聞いてくれた。
「いや、何かお役に立てることがあればって思ったんですけど、結局、蒼さんより寝ちゃうし。バカだなって」
「いや、助かったよ?ありがとう。おかげで数時間は熟睡出来たし」
もう一度ありがとうと言われ、頭をポンポン優しく叩かれる。
蒼さんに頭ポンポンしてもらうの好きかも。
「ていうか、美味そう。今日のお昼ご飯なに?」
「今日は、他人丼です!」
「たにんどん?」
「親子丼ではなく、他人丼です。鶏肉じゃなくて、豚肉を使いました」
「へぇー。美味そう」
そういえば、一緒に昼食を家で食べるのって初めてかも。
いただきますをして、二人で食べる。
「うまっ!」
一口食べ、感想を伝えてくれた。
やっぱり美味しいって言ってもらえる方が嬉しいもんね。
私はその後、部屋の掃除をした。
蒼さんから「ゆっくりしていればいいのに」そんなことを言われたが、家賃とか食費とか全部払ってもらっているし、そんなわけにはいかない。
一通り掃除を終えると、夕方になっていた。
もうそろそろ蒼さんが仕事に行く時間だ。
「桜?」
リビングに来た蒼さんに呼ばれる。
「はい!」
どうしたんだろう。
「俺、これから仕事に行く準備をするけど、その前に渡しておきたくて……?」
「はい、これ」
そう言われ、封筒を渡された。
そこには――。
「えっ!どうしたんですか?このお金」
十万円くらいは入っていそう。
「食費とか、あと必要な物買って。例えば掃除する時に足りない物とか、日用品とか。いつも一緒に買い物に行けるわけじゃないから、桜に渡しておく」
確かに毎回一緒に買い物に行けるわけではない。
けれど、こんなに預かっていいのだろうか。
「えっと。あの……」
「あっ、ごめん。足りなかったら言って?」
足りないってことはない。多いくらい。
本当に良いのかな。
私にお金があったらこんなことにはならなかったのに、本当に申し訳ないとしか言いようがない。
「いつも美味しいご飯作ってくれて助かっているよ。健康にも気を遣ってくれているし。ありがとな」
どうしてそんなに優しいの……?
「ん……?ちょっ、桜!?泣いてんのか!?」
感情が溢れて、涙と鼻水が出てきた。
「グスッ、ごめん……なさい。そんなこと…言われたの…初めてで。嬉しすぎますぅ……」
うっうっと嗚咽交じりになってしまった。
「そんなに泣くなよ!?」
蒼さんは困った様子だった。
ご飯を作っても食べてくれなくて、捨てられた時もあって、お金の文句だって言われて、暴言は当たり前だった。
私にとって彼の「ありがとう」という言葉はとても嬉しくて……。
私でも役に立てるんだって思わせてくれた。
結局、お金は受け取った。
もちろんできるだけ節約して、残った分は返そうと思っている。
出勤のため、蒼さんが椿さんになった。
玄関先まで見送る。
「じゃあ、桜。行ってきます。今日はできるだけ早く帰って来ようと思っているから。明日、桜と《《デート》》だから楽しみ」
明日はデート、デート、デート……。
えっ?デートって思っていいの!?
そう伝えられるとすごく緊張してしまった。
「あの、椿さんとデートですか?」
椿さんのカッコ(女装)で行くのだろうか?
私は別に構わないけれど。
私の発言を聞き、椿さんはフフっと笑う。
そして急に私の肩を優しく掴み耳元で
「ごめん。《《俺》》とデート」
蒼さんの声でそう囁かれた。
「……!!!」
声が耳に残る。ゾクゾクして腰が抜けそう。
「じゃあ、行ってきます」
椿さんに戻り、手を振り出かけてしまった。
私はしばらく玄関から動けなかった。
蒼さんとデート、自分が女性であることを今更ながら思い出す。
着て行く服とか……。どうしよう!!!
部屋に戻り、明日着て行けるような服を探す。
ほとんどの服を優人に捨てられてしまった。
昔買ったお気に入りだったワンピースも。
まさか仕事で着て行くようなフォーマルな服装で行くわけにはいかない。
どうしよう。
せっかく誘ってくれたのに、断るわけにもいかないし……。
泣きそうになる。
その時――。
携帯が鳴っていることに気付いた。
誰だろう?着信相手を確認する。
あっ、遥さん!
「はい!もしもし」
<もしもし、桜?今、大丈夫?>
「はい、大丈夫です」
遥さんの声だ。落ち着く。
<あいつ《蒼》もう仕事行ったでしょ?あいつの前じゃ話せないことで、何か困っていることとかないかなって心配になって……?>
なんて優しいのだろう。
「蒼さんはすごく優しくしてくれて。逆に私が迷惑をかけてしまってるんじゃないかって心配になるくらい……」
<そう。それなら良かった>
「明日もデートに誘ってくれたり……」
<そうなの。デート……でぇぇぇぇとぉぉ!!?>
遥さんの声が急に大きくなった。
スピーカーにしていないのに、スピーカーくらいの音量は出ていたんじゃないかと思う。
<あいつが!?>
信じられないといった声で電話越しではあるが、遥さんが動揺しているのを感じた。
「はい。蘭子ママさんから気分転換にって映画のチケットをいただいて。一緒に行くことになりました」
あとは蒼さんがいろいろ考えてくれるって言ってくれたけれど。
<そうなんだ。いやぁ、びっくり。あいつが女の子を誘うなんて……。面白い!>
遥さんは声を出して笑い出した。
あぁ、そうだ。着て行く服がなくて困ってるんだった。
「遥さん、実はちょっと相談があって?」
<なになに!どうしたの?>
「あの、実は……」
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