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6月の夢路
透明な地面の先へと進むと、やがて空間がゆっくりと変形を始めた。
まるで誰かが無理やり引き伸ばしたかのように、天井が高くなり、空気が粘つき始める。
その中心に、ぽつんと一つだけ“時計”が置かれていた。
木の机の上に、何の装飾もない古い置時計。
ガラスの蓋にはひびが入り、時を刻む音は聞こえなかった。
だが、6人の視線は自然とその針へと吸い寄せられた。
「……動いてない」
nakamuがそっと呟いた。
短針と長針はぴたりと重なり、どこにも向いていない。
まるで“どの時間も選ばない”という意志のようだった。
「止まってるわけじゃない。止まることを選んでるんだ」
きりやんが静かに前へ出て、時計に指先を触れた。
その瞬間、空気の密度が変わる。
目の前の空間が、波のようにゆらぎ始めた。
「動かしたら……どうなると思う?」
シャークんが問いかける。
ポケットから取り出した白紙のカードには、なにも映らない。
さっきまで浮かんでいた数字や文字の影も、今は完全に消えていた。
「針を動かせば、何かが戻るかもしれない。あるいは、もっと深く迷い込むか」
broooockは時計の針をじっと見つめながら言った。
その表情は、静かで、それでいてどこか悲しげだった。
「誰が、動かす?」
その問いに、全員が視線を交わす。
しばらくの沈黙。
やがて、スマイルがゆっくりと手を伸ばした。
彼の指が、時計の針をそっとつまみ、音もなく少しだけ動かす。
――カチリ。
小さな音とともに、空間全体がきしんだ。
その瞬間、床に描かれた円形の模様が淡く光り始める。
時計の背後にあった壁が、静かに開いた。
現れたのは、**“鏡の部屋”**だった。
天井も壁も床も、すべて鏡。
反射された6人の姿が、無限に広がっている。
けれど、その中に――“ひとりだけ余計な影”があった。
「……誰?」
nakamuの声が、かすかに震える。
7人目の“誰か”が、鏡の中にだけ存在していた。
顔は見えない。
ただ、その姿は、誰よりも自然にその場に立っていた。
まるで、最初からそこにいたように。
「この空間は、時間じゃない。記憶の順番が崩れてるんだ」
きりやんの言葉に、broooockの表情がぴくりと動く。
彼の胸の奥で、何かが少しだけ動いた。
鈍く、重い感覚。
ずっと忘れていた誰かの笑い声のような気配。
「その子……俺、知ってる気がする」
broooockは鏡に近づく。
その手がガラスに触れる直前、鏡の“中の誰か”がわずかに首をかしげた。
それだけで、全員の背筋が凍る。
「……鏡の中は、俺たちの過去じゃない。**“なかった未来”**だ」
スマイルの声が低く響く。
6人が歩いてきたはずの道。
それとは別の、選ばなかった可能性。
そして、その中に“忘れたはずの誰か”が取り残されていた。
時計の針は、もとには戻らなかった。
それは、ただひとつの方向にだけ、ゆっくりと進み続けていた。
“もう選びなおせない”ということを、黙って告げながら。
つづく
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